07:「こんなところで兄さんがやられるなんて、絶対うそですっ!」

 ラザと呼ばれた男は、謁見の間の紅いじゅうたんの上を進んでいく。

 じゅうたんの脇には、無数の爬虫類人レプティリアン衛兵が立っている。

 一番多いのは、そのトカゲのような種族だ。

 が、同盟あるいは従属種族である昆虫型人インセクトイドあるいはグレイ・タイプの兵士たちも、次いで立ち並んでいる。

 全員が微動だにせず、錚々たる威厳を玉座に座る皇帝に添えていた。

 玉座の前でラザは、身長5メートルにも及ぶ巨大な体躯を折り曲げた。皇帝の前にひざまずき、その頭を地面にこすり付ける。

 帝前の礼が終わった。

 と、皇帝はマントの中から、指揮剣を抜き放った。

 『時は来た。太陽系における我らの計画を完遂せよ。委細は承知しておろうな?』

 皇帝は、剣を振り下ろし、ラザを差す。そのジェスチャーと、テレパシーで彼らは会話していた。

 『は、お任せくださいませ。必ずや、かの惑星を我ら、オリオン帝国エンパイアの洗脳下におさめてごらんに入れます。仮にそれが叶わぬならば……邪魔立てする連中もろとも、塵に帰しても構わぬとのご命令でした』

 皇帝は、無言でうなずいた。彼はマントで体中を覆い、頭には兜を装着している。その表情は窺えない。

 『この銀河系は、われわれ爬虫類人レプティリアンが創造したもの。他のあらゆる存在は、すべて我らの家畜、我らの所有物である。太陽系の者どもに足かせをはめ、我らの前にひざまずかせよ。もし失敗した時は――』

 皇帝は、指揮剣をラザの首もとに置いた。

 ラザは自ら、その剣に指先を触れ、撫でる。

 『帝国浸透軍クルセイダー上級部隊長ラザの名に賭けて……万が一、陛下のご意思に反した時は、この首をかき切られても異存はございません』

 チラ、と横目で謁見の間の壁を眺める。そこには、任務に失敗した爬虫類人レプティリアンの生首が飾られていた。 

 やはり、皇帝の表情は窺えない。

 が、彼はラザの忠誠に満足したらしく、指揮剣を鞘に納めた。

 『忠誠を誓う限り。そなたの父なる皇帝と、母なる神の知性が、そなたを導くだろう』

 皇帝は自分自身と、それから、玉座の後ろに設置されている壁一面の異様な機械を指し示した。

 それこそが、爬虫類人レプティリアン皇帝一族が使用している人工知能AI

 その知性は、全オリオン・グループを構成する知的生命体すべての知性を合計しても、適わないといわれるほどの超高度なものだった。  

 『はっ、必ずや、父母のご恩に応えてごらんにいれます』

 ラザは一礼し、謁見の間を後にした。

 

 『ふっ……陛下も、人使いの荒い』

 皇帝の住まう軌道要塞から離れる。もはや、ラザの周囲は星空だ。

 皇帝の聞き耳も届かなくなったと確信を持てたところで、彼はそうつぶやいた。失敗すれば命はない――そのわりには、余裕のある笑みを浮かべている。

 『しかし、ここまで我々の手を煩わせるとは……実に面白い惑星だ。とりかかってみるとしよう。既に、現地に傀儡もじゅうぶん作ってあるのだから』

 ラザは、宇宙空間にじかに浮遊していた。

 そのまま目をつぶり、精神を集中する。すると、彼の体は瞬時に掻き消え、数百光年離れた太陽系へと一瞬で移動した。


 数時間後――和也と妹が、まだ東京駅に向かって一緒に歩いていたころ。

 東京某所の地下、秘密結社ヤタガラスの拠点内部。

 年配の構成員と、背丈の低い構成員が廊下をすれ違った。

 背丈の低いほうは、全身を外套につつんでいる。

 いくら秘密結社とはいえ、顔も見えないというのは怪しげな状態だった。 

 その彼または彼女が、年配のほうに会釈する。すると、

 「その格好はどうしたんだ? 外出する任務かね」

 こくり、とうなずく。

 「なら、地上の人間に素性を悟られないよう、気をつけなさい。いつものおせっかいだろうがな」

 忠告して、年配の構成員はすれ違う。基地の奥へ歩き去っていく。

 その時、彼の体から膨大な熱量が発された。

 「――!?」

 奇妙に体が熱い――そのことを悟った直後、彼の意識は脳みそごとどろどろに融解した。ほどなく水分が蒸発し、カラカラの粉状になったあと、発火を始める。

 「……ふっ」

 外套の人物は笑った。

 そして、炎を足で踏み消す。

 まだ、騒ぎを起こすわけにはいかない。なぜなら、これから基地の人間を皆殺しにするのだから――騒がれれば、抵抗されてしまう。

 「ふふっ、ふふふふ……! 我にとっては、このていど容易いこと。これでいいのだろう? ラザ=ゼユー殿」

 つぶやくと、どこからともなく、声が響いた。

 『あぁ、そうだ。君の真の力を制御し、存分に示せばいい。そうすれば、彼も――コードネーム『ロ-00』、組織で最強の戦士である彼も、君に注目せざるを得なくなるだろう。その後で、煮るなり焼くなり、君の自由にすればいいのだ。彼さえ倒せば、君に敵はない』

 外套の人物は、ラザの言葉を聴いているのかいないのか、割り込むように独り言をはじめた。

 「あぁ、その通りだ……。貴殿のような、知恵あるものの声を得られて、我は幸運だ。さて、どうしてやろうか……ふふっ、ふふふふふふっ!」

 外套姿の構成員は、不敵に笑う。

 そして、多くのヤタガラス構成員が集まる大広間へ向けて、よどみなく歩みを進めていった。

 広間の扉が、開きもしないうちに。

 中にいた構成員たちは、一瞬で体を蒸発させられ、肉片ひとつ残すことはなかった。

 

 「……兄さん、兄さんっ!? 目を開けてくださいっ、兄さん!」

 妹は、兄を地面に寝かせていた。

 気を失った彼を、こんどは妹が抱っこし。

 高度一万メートルから素足で落下してきたのだ。彼女が降り立った時、地面にはちょっとしたクレーターができた。が、当の彼女は捻挫さえしていない。

 その上。

 核爆弾の、ほとんど直撃を受けたというのに、妹は無傷だった。それは、身体強化フィジカルエンハンスメントを極限にまでかけていたからだろう。

 爆発力だけではなく、彼女の肉体は放射線もはじき返しており、妹は障害を起こした様子もなかった。

 しかし、兄は――

 「ああ、こんなに黒焦げにっ! 兄さんっ、にいさぁんっ! 一緒にお休みしてくれるって……私とデートしてくれるって、言ったじゃないですかぁ! こんなところで兄さんがやられるなんて……ウソっ。絶対うそですっ!」

 体をすすけさせ、兄はピクリとも指を動かさなかった。妹は、彼の胸にすがりつき、あふれる涙で汚した。

 「ああああぁぁぁぁぁぁぁっ……! 兄さん、にいさぁぁぁぁぁぁーんっ!」

 「落ち着きなさい」

 はっ、と妹は泣き止んだ。視界の端に、靴を履いた足が映ったのだ。

 見上げると、そこに現れたのは金髪の女性だった。

 「あ、あなたは……!?」

 女性は、胸から小型の端末を取り出し、妹に画面を見せ付ける。そこ表示されていたのは、地球と人工衛星が図象化されたマーク。そして「SGP」という文字。

 「私は、秘密銀河計画SGP所属、瞬間移動能力者テレポーターにして遠隔交信能力者テレパスにして治癒能力者ヒーラー軌道守護者オービタルガーディアン、ラウラ・アレクサンデルよ」

 と、女性は威圧的に告げた。碧眼が、兄と妹を冷たく見下ろしている。

 「『ラウラ』って……じゃあ、貴方はさっきの!?」

 「ええ、そうよ。さっきまで、交信していた。基地から、ここまで瞬間移動テレポートしてきたの」

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