04:「お休みをよこせええええぇぇぇぇぇっ!」

 ヘリコプターのわずか数メートル手前にまで接近し、そして。

 「お休みをよこせええええぇぇぇぇぇっ!」

 声の勢いに比べて間の抜けた内容の叫びを発しつつ、和也は霊刀を振るった。

 普通なら、刀を振っただけで金属の塊である機体が切断できるはずもない。

 が、和也は普通ではなかった。

 秘密結社ヤタガラスで労働基準法無視の訓練を受けまくった成果か、彼は超能力サイキックを身につけている。それも、超一流のものだ。

 「超能力サイキック」と名のつく全ての現象は、能力者の内部に眠る「創造クリエイションエナジー」を利用して行われる。

 それは、この宇宙に存在する全ての被創造物――物質、エネルギー、情報、はては空間と時間まで、全てを意思の力によって改変しうる力。

 そのエナジーは、人間の頭頂部――すなわち紫色神経叢パープルニューロプレクス(サハスラーラ・チャクラ、第七チャクラとも言われる)に存在し、常に光を放っている。

 和也の創造クリエイションエナジーは紫色神経叢パープルニューロプレクスを下り、藍色神経叢インディゴニューロプレクス(第六チャクラ)にまで到達する。

 第六チャクラは、「霊性」を司る器官。

 超能力サイキックに慣れた和也の第六チャクラは、脳内で開発され切っている。今回も、やすやすと超能力サイキックを発動させたのだ。

 「ヘリの機体を、刀で真っ二つにする」――

 一見、有り得ない妄想のようなイメージを、和也は百パーセント、一片の疑いもなく信じきる。

 彼の強烈な意思を触媒にして、創造クリエイションエナジーは、実際の現実を変化させる。

 まるで、世界をふたたび創造し直すかのように。

 「せいっ!」

 刀が振り下ろされた。

 彼のイメージどおりに、霊刀「オボロミユツ」の切断力は大きく強化されている。

 ヘリの機体を構成する金属分子の、強固な分子間力が、薄い刀一本によって打ち砕かれる。どんどん、刀がヘリに入り込んでいき……

 ついには、豆腐のように簡単に真っ二つにされてしまった。

 回転翼が千切れ飛び、さらには機体全体が轟音をあげて爆発する。

 埃が目に入らないよう、手で覆うという余裕を見せながら、彼は駅のホームに着地した。

 服が汚れたというほかは、彼にはなんの損害もない。その埃も、さっさと手で払ってしまった。

 「……さて、こんな雑魚にはかまってられないんだ」

 和也は、空を眺めた。

 肉眼では、何も見つけることはできない。なにしろ、「それ」は成層圏にいるのだから。

 テレパシーで送られてきたイメージを、和也は心の中で見る。

 そこには、高高度を高速で移動する巨大な爆撃機「B-52」の姿があった。

 兄妹を、日本の首都を、まとめて滅ぼすだけの破壊力をその機体の内に孕んで……。


 他方。

 自分の胸を抱えて、妹は地面にうずくまっていた。

 「うぅっ、もう……もぉっ、恥ずかしいですねっ!」

 残り一機の攻撃ヘリコプターが、あまりにも小さなその妹を照準の中に捉える。

 ……が。

 しぶしぶといった表情で、妹は立ちあがった。胸を両腕で隠し、

 「まったく……。エッチな敵さんですっ。いいでしょうっ。貴方みたいな鉄の塊なんか、腕なんか使わなくて充分です。私の足で、メチャクチャにしてさしあげます――よっ!」

 妹は、駅舎の屋根から勢いよく跳躍した。

 ちょうどその時、機関砲が火を噴く。

 が、彼女の上昇スピードに、照準がついていけない。彼女の軌跡をなぞるように、追いかけるのが精一杯だ。

 妹は、上昇の頂点に立つと、体を一回転させた。

 かかとをヘリに向かって突き出し、綺麗に筋肉のついた脚をまっすぐ伸ばす。

 「兄さんとデートっ! させなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーいっ!」

 魂の咆哮と共に、彼女のかかとがヘリの回転翼に接触した。

 高速回転する翼に人間の体が当たれば、ひき肉になってしまいそうなものだが……。

 妹は、そんな自殺行為をするわけもない。

 彼女の脚は、切り刻まれるどころか、逆に回転翼にぶち当たって、その動きを止めてしまった。

 身体強化フィジカルエンハンスメントによって、妹の体は非常識的なまでに強化されている。皮膚の硬度は、一時的にダイヤモンドさえ上回るほどの頑丈な装甲と化していたのだ。

 もろい音を立てて、回転翼がひしゃげる。

 もちろん、妹の蹴りはそんなもので止まらない。機体の外壁を貫き、内部の部屋を抜ける。ついには、機体下部まで貫通した。

 「フフっ……!」

 かかとから、地面に着地する。

 重厚な金属に大穴を開ける快感に、妹は微笑んだ。

 短めのハーフパンツからは、彼女の脚の肌が7割がた露出している。健康的な小麦色の肌は、ヘリを蹴りつぶした直後とは思えないくらい、傷ひとつなかった。

 「……だから言ったじゃないですか。貴方なんか、足だけで充分。お手手で逝かせてあげる必要もありませんね」

 あわれな敵の姿を見て、妹はからかうように言った。

 ヘリは即座に爆発はしなかったものの、すでに翼を失っている。飛行能力をなくして、煙を上げながら地面に落下。轟音を上げて爆発し、結局は即死と大差ない結末を迎えたのだった。

 「ふぅん……?」

 妹は、首をひねる。

 (ヘリの中を貫いてあげた時、一瞬なかの様子が見えましたが……あれは自衛隊の制服でしょうか?)

 秘密結社ヤタガラスは、非公式に日本の自衛隊や警察、官僚組織などの上に立つ、闇の権力機関でもある。

 妹も、自衛隊の人間と出会う機会があったのだ。

 「なぜ自衛隊が、敵性宇宙人バッドエイリアンとやらに従って、私たちを狙うのか……理解に苦しみますね。うーん……?」

 トントン、と自分の頬骨をたたく妹。

 「まぁ、私が考えてもしょうがないですね。そんなことより、今は――」

 「おーいっ、妹ちゃーん!」

 「!? あっ……ヤダぁっ。にぃさぁんっ♡」 

 兄が百メートルほど先で手を振るのを見つける。まじめな声だったのか、急に甘えた声になり、妹はさっそく駆け寄った。

 

 「……さすが妹ちゃんだな。ヘリ二機を素手でやっちまうとは。しかも初実戦て」

 「兄さんこそ、実力に見合った確実な倒しっぷり。お見事ですよっ♡」

 兄の腕をとり、妹はスリスリと頬をこすりつける。

 「お、おいおいっ、埃ついてるから汚いぞ?」

 「汚くなんてありませんよ、兄さん」

 「……まったく。ずいぶん甘えん坊だな」

 和也は、妹の頭を軽く撫でた。

 「んふふっ♡」

 と、妹はニコニコ微笑む。

 「……って、悪いがこうしている場合じゃないんだ。まだ爆撃機が残ってる。しかも核搭載でな」

 「そういえば、そうでしたね」

 「ずいぶん余裕あるな……」

 「兄さんの顔を見たら、そんなこと忘れてしまいましたよ」

 平然と言ってのける妹。下手をすれば、東京ごと灰にされてしまうというのに――和也は、思わず苦笑した。

 「ほっとくわけにはいかないぞ? 核爆弾なんて、絶対阻止しなきゃ」

 「兄さん……!」

 正義の味方然とした兄を、妹はキラキラした目で見上げる。

 「――でなきゃ、休日どころじゃあないからな」

 兄は、少々深刻な顔で、眉間にしわを寄せた。

 「……や、やっぱり休日が第一ですよねっ! でも、あんな遠いところにあるもの、いったいどうやってやっつけるんです……?」

 「距離は関係ないさ。俺たちは、どこでも行ける」

 「……へっ」

 妹は、間の抜けた声を発した。急に、兄が妹の体を背中から抱っこしたのである。

 いわゆる、「お姫様抱っこ」だ。

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