05:成層圏で核爆弾処理
「えっ、ちょっと兄さん?! いったい何をっ」
妹は、嬉しそうな顔で驚いた。
「こうするのさっ」
兄は、妹を抱えたままで跳躍する。
そのまま、着地することはなかった。兄は、空中をロケットのようにどんどん飛翔していく。
「ええええっ!? にににに兄さん、こんなことまでお出来になるんですかっ!?」
「当たり前だ。伊達に、世界を救う器とか言われちゃいないよ」
そのおかげで、休みを奪われ厄介な仕事を押し付けられてるんだけど――と、小声で付け加える和也。
「に、兄さんの特技は、剣で切ることじゃあ?」
「そりゃ、得意なのはそうさ。でも、別にそれだけじゃない。
「そ、そうなのですね。実際にこうして見せられると、勉強になります」
「うん。じゃ、飛ばすぞ」
「きゃああっ!?」
和也は重力に抗って自分の体を空に上昇させる。
「歯を食いしばれ、妹ちゃんっ」
「はっはいいいいぃぃぃぃぃ~~っ!」
音速にこそ達しないものの、地上のどの列車より速い速度で、二人は飛翔した。成層圏までのおよそ10000mの道のりも、あっという間につめられていく。
「おい、名前知らないけどテレパシー寄越したアンタ! 聞こえるか?!」
和也がつぶやく。
と、応答があった。
『そういえば、名乗っていなかったわね』
そこで、会話が途切れる。
返事がこなかった。
「……おい、どうした?」
話の流れ的に、名乗られるのかと思っていた和也は、一瞬動揺する。
(テレパシーが途切れた……だと?!)
しかし、それは杞憂だった。
『貴方に名乗る必要はないわ』
「……はぁぁっ!?」
彼は、肩透かしをくらって、叫んでしまった。
『ヘリを破壊したのは褒めてあげるけど……その程度、できる人間は他にもいるし。たとえば私とか』
「いや、だからお前誰だよっ?」
『――強さを示していない人間に、名乗ってもしかたないでしょう。名乗ったところで、すぐに死んでしまうんだから』
「死んでたまるか! 絶対に休みをとるぞ! 俺は、休みだけを楽しみに、ここまで重労働に耐えてきたんだから!」
和也が必死に訴えると、妹も「うんうん」とうなずく。
兄妹ともに、閉鎖的な秘密結社の地獄の労働環境は、じゅうぶん味わっていた。
「別に知りたくないが、呼びかける時面倒だ。あだ名でも偽名でもいいから教えろよ」
『仕方ないわね……。『ラウラ』よ』
「ふぅん……そっか」
英語圏の名前か、と和也は察する。
(この高慢な態度……。きっと、ムカつく顔してるんだろうな)
しゃべり方と人種から、大雑把に外見を想像してみる和也。金髪で、腰に手を当ててこちらをにらみつける――そんな、かかわりたくない女性像が、彼の中に浮かんだ。
「……兄さん、なに他の女の事を考えているんですか? 私とデート中なのにひどいですっ」
「……え? なんで分かるの妹ちゃん!? 妹ちゃんって、そういう能力使えたっけ?」
「ただの女の勘です!」
ぶぅっ、と頬を膨らませる妹。
(ていうか、デートじゃなくて仕事中になっちゃったと思うんだけど……)
その辺りのことを話すと、余計に面倒になりそうだと悟り、和也は妹との会話を打ち切った。
「おいラウラさんよ。ほんとに爆撃機の位置は合っているんだろうな」
『当然でしょう。私の情報が誤っているとでも?』
「疑っちゃ悪いか? 俺は、
とくに、名前さえすんなり教えてくれない、攻撃的な女は――という言葉を、和也は喉奥に飲み込んだ。
『……』
ラウラは黙りこむ。
「さすが兄さん! 返しがお上手ですねっ。私たちのお休みを奪った悪魔女に、一矢報いてやりましたっ!」
「そこまでは言ってないぞ!?」
妹は、嫉妬もあるのかやたらにひどい言葉を使っていた。あわてて、和也はフォローを入れる。
(逆恨みとか怖いしな……うぅ)
もしウソ情報を教えられたら――と想像してしまう。
和也は、東京ごと核の炎に沈められるのはゴメンだった。
「……ま、まぁ、ヘリのほうは実際と合ってたし、いちおう信頼するよ。ただ、今は場合が場合だ。失敗したときがヤバすぎる。念には念を入れて、爆撃機のすぐ近くまで行くことにする。俺の進路、合っているよな?」
『……えぇ、合っている。そのまま直進しなさい。このままだと、約30秒で、貴方の視界にも入るわ』
ラウラの指示に従い、方向はそのままに兄妹は飛んだ。
やがて、成層圏まで到達する。
どこまでも晴れ渡り、いちめん雲も陸地もない真っ青な世界が、兄妹の前に開けた。翔破にかかった時間は、ものの数分ていど。
『貴方たち。成層圏は生身ではつらいわよ。分かっているんでしょうね』
「対策はできてるぞ」
和也が発動していた超能力は、飛翔するための
自分と妹の体のまわり、空気中の分子の位置を
移動中の強力な向かい風も、成層圏の低温も、すべてカットされている。二人は、髪の毛さえ乱れていなかった。
「うわぁ、大きいですねこの飛行機。うちの高校のグラウンドくらいありますよ」
「むしろ、高校の校舎が飛んでるみたいな感じだな」
少年と妹は、秘密結社ヤタガラスの任務(要人護衛、工作活動、潜入実地訓練など)で、高校に通っていた。
「ま、どんなにでっかくても関係ない。ぶった切ってやる!」
和也は、要塞のように巨大なB-52爆撃機に併走した。刀を振るおうとする。
……が。その前に、予想外のことが起きた。
「なっ!?」
B-52は、機体下部から爆弾らしきものを投下した。
それが核爆弾、なのだろう。自由落下し、みるみるうちに小さくなる。
「うぉぉっ、ヤバいっ……! あれを先にどうにかしないと……っ!」
「兄さん、こっちのおっきぃのは私が片付けます。兄さんは爆弾を何とかしてください」
「! わ、分かった。頼むぞ、妹ちゃん」
「頼まれましたっ。兄さんのためなら、私はなんだって一生懸命やっちゃいますっ」
と、妹は勇敢に笑った。
兄は舌を巻く。
何しろ、高校一年生の少女が、要塞のような爆撃機を「片付ける」と簡単に言ってしまうのだから。
兄は、両手のひらを「お椀」のような形にした。妹は、兄の手のひらを蹴って、爆撃機の真上に飛び移る。
「行ってください、にいさ~~~~~んっ!」
爆撃機に運ばれ、妹の姿が消える。
軽く手を振り返してから、和也は急降下した。
「まったく……余計なもんお漏らししやがって。頼む、間に合ってくれ!」
爆弾の、自由落下速度は遅くない。
とはいえ、高速に飛行できる和也は、比較的かんたんに爆弾に追いつくことができた。
「よしっ、追いついた! ……のは、いいんだけど、これどうすればいいんだ? 下手に切ったら、爆発しちゃいそうだけど、そしたら……」
さすがに、核爆発のゼロ距離直撃を食らって、元気でいられる自信は――あまり――ない。
和也はもどかしくくちびるを噛んで、
「な、なぁラウラさん。爆弾に追いついたけど、これどう料理すればいいのかな」
と、問いかける。
『……』
が、返事はなかった。
「ちょっ、さっきの会話まだ根に持ってんの? 悪かったって。頼むから教え――」
『違うわ。子どもじゃないんだから、根に持ったりしないっ。ただ考えていただけよ』
「ほっ……」
和也は、胸をなでおろす。
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