第40話




『……なるほど、確かに報告受け取った。まさか魔族が出張ってくるとはな。見間違い、という可能性は?』


「翼と角が生えて、尚且つ俺と対等に渡り合える青肌の人類がいるって言うなら見間違いかもな」


『わかった、真実ということだな』


フィリスの取った宿屋にて、盗聴などの確認をした後に国王、ヴァルゼライドへの魔話を繋げる。どれほど遠くに離れていようと、魔力さえあれば声を相手に届ける事が出来る術式は、この世界において非常に重宝される。


それ故、この術式に対する対抗手段も多くあるのだが……脇の甘いこの王国の事だ。抜け道を作ればそうそう見つかる事はない。


『これで魔王の復活はほぼ確定した……ということで間違いないだろう。全く、次から次へ問題が山積みだ』


威厳のある風貌とは裏腹に、疲労した雰囲気を漂わせるヴァルゼライド。ディーネは彼の『問題が山積み』と言う言葉を耳聡く聞き付け、質問を飛ばす。


「と言うと?」


『つい三日前の話だがな、デリュージョン共和国の頭だった、穏健派であるパラス首相がクーデターにより殺された』


「はぁ? あの無駄に臆病な爺さんがか?」


ディーネの頭に思い起こされるのは、常に青褪めた顔をした痩せぎすの壮年男性だ。兎にも角にも臆病で、常に護衛を侍らせている姿が印象に残っている。聞いた話では、寝てる間もベッドの横に待機させているとか。


『その臆病も、真正面からの武力には無力だったということだろう。それより問題なのは、臨時の議会によってトップに立ったのが急進派代表のチェッカーマンということだ』


「怪しい、どころじゃなく百パーセントそいつが黒幕じゃねぇか。議会は……期待するだけ無駄だろうな」


『ああ。報告では、パラスの他に穏健派の有力議員も何人かやられたという話だ。全く、七面倒な話だよ』


「確かに。急進派の奴ら、未だに帝国が持ってった土地の奪還を政策に加えてやがるからな」


 デリュージョン共和国とは、帝国の隣に位置する、帝国や王国とは又違った共和制の国である。その性質上、君主制の両国とは度々衝突することも珍しくない。


 今でこそ小康状態にあるが、お互いの先代君主の時代には帝国と共和国は戦争状態にあった。その際、帝国が共和国と隣接している土地をいくらか接収しており、それ故当時の政権を握っていた急進派は今でもその場所の奪還を考えているのだ。


 そして再度急進派が政権を握ったと言うことは、当然政策も攻撃的な物となる。魔王関連で忙しいこのご時世に、なんと面倒な事か。


「魔王出現の一報でも入れたら? 案外ビビって何もしてこないかもよ?」


『そもそも我らの言葉を信じないだろうがな……それに、奴らは伝説の存在を信じようとしていない。根本的に話し合いで済ませるのは望むべくもないだろう』


「だよねぇ……言ってみただけなんでお構いなく」


 ため息をついて腕を組むディーネ。情報局のトップとしてはすぐにでも共和国の内情を調べたいところだったが、王国から動くことの出来ないこの状況がもどかしい。


「何人か追加で人員を送り込んだ方がいいか?」


『そうしてくれ。本来なら暗殺も頼みたいところだが、流石に状況が悪い。当分は手を出すなよ』


「あいよ。追加の情報はこんなもんか?」


『ああ、そういえもう一つ伝え忘れていたよ』


 ヴァルゼライドは思い出したかのように背後の空間を指さす。


『花瓶分、給料から天引きだ』


 それだけ伝えた後、プツンと途切れた通信。唖然とした表情のまま固まるディーネに、フィリスがフォローを入れる。


「……隊長」


「……なんだフィリス」


「給料アップの件よろしくお願いします」


「せめて慰めろや!!」


 現実は非情である。






◆◇◆






 ディーネ達が報告をしている頃、水樹、骸、奏、春斗の四人は騎士団長メリーランの部屋で先日の報告を受けていた。


「宇野君の処遇が決まった。彼は当分の間謹慎処分となり、他人との接触が禁じられる事になるだろう。事実上の監禁だな」


「やはり、ですか」


 春斗が呟く。確かに、魔の力に溺れた者へ対する処分としては問題のある物では無いだろう。それどころか寛大な処置とも取れる。これが勇者という立場で無ければ、裁判もひとっ飛びに死刑までなっていた可能性すらある。


「まあ、これでも結構減刑された方なんだ。初めは禁呪を知られたことが問題視されて、それを知った君たちまで死刑にしようなどと言う輩もいたからね」


「それは……」


 一高校生にとって、政治の裏の話を聞くのは気が重くなる物だ。しかし、勇者という身分ではそれらからも逃れることは出来ない。


「勇者という立場が君達への厳しい処分を防いだ……だが、それでは納得しない者も多くてね。ここにいる君達、次いでここにいないカオル君にも処分が下される事になった」


「私たちにまでですか!?」


 予想もしていなかった自分たちへの罰。禁呪の存在を偶々知っただけなのにあまりに理不尽だ、という感情が心の内に沸き上がる。


「ああ。といっても、表向きは海外留学だみたいな物だ。勇者という存在を大々的に裁く訳にもいかなくてね」


「そんな……納得いきません!!」


「……これは君達を守るための処置でもあるんだよ。我々王国の内部事情に付き合わせるのは大変心苦しいが、分かってくれ」


「それは……俺たちに身の危険が迫っているということですか?」


 春斗が質問すると、メリーランは渋い顔をして頷く。


「言いにくいが、勇者反対派はまだまだ存在していてね。我々の手で庇えるのも限界がある……すまない」


「……いえ、お気持ちはわかりました。俺は決定に従おうと思います」


「ちょっと春斗!?」


「ん、私も問題ない」


「ええ、私もですわ」


「骸、奏まで……!!」


 次々と決定に従う事を表明する一同。一人だけ取り残された水樹は、なおも不平を口にする。


「皆はそれでいいの!? 私たち何もしてないのに、それでも罪を着せられてるんだよ!?」


「俺だって悔しいに決まってる!!」


 水樹の声をかき消すほどの春斗の声量。水樹さえも怒りを忘れて、怒りを露わにした彼を見る。


「……大声を出してすまない。だが、俺たちを守るための判断だ。それを無碍にして、あまつさえ他の奴らも危険に晒すのは本意じゃ無い」


「……その、悪かったわよ。私も変に意地張っちゃって」


 ひとまず収まった険悪な雰囲気に安堵するメリーラン。自身のせいでこうなってしまったと思えば、心労も人一倍であろう。


「それでは、皆さんに行って貰う場所ですが――」

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