第39話
その場で報告を行うのはリスクが高いとの事で、結局国王への報告は自由の利くフィリスが後に行うと決定。ディーネは『薫』としての擬態魔法を再度掛け、先程の魔法の合図に応えた所偶々『冒険者アメリア』と遭遇したのだというシナリオを立てた。
まあ彼にとって負担だったのは、言い訳を考える事より水樹、メリエル両名の異常なまでの心配を躱す事にあっただろう。開口一番ディーネ生存の喜びから始まり、真っしぐらに彼の懐へ飛び込んで来たのだから溜まったものではない。避ける訳にもいかず、手を広げて彼女らを迎え入れたところ丁度彼の鳩尾に彼女らの肘が刺さったのは不幸な事故だった。後のフィリス談によると、それはそれはとんでもない形相だったという。
ワルキューレの反応が消失した事に関してだが、これについては凶悪な魔獣が出現し、不意を打たれたディーネは気絶。ワルキューレはわからないが、何がしかの手段で討たれたのだろうとディーネが説明した。
水樹達はこの説明ですぐに納得させることが出来たが、他のワルキューレ達は例外だ。元よりディーネに不信感を抱いている彼女達が、彼の説明を鵜呑みにするはずがない。
とはいえ、これにフィリスの説明も加われば彼女らも納得せざるを得ない。ディーネとフィリスの協力関係が発覚していない以上、彼女の言葉は太鼓判として十分機能しうるものだった。
その後、水樹達の方で起こった出来事も説明。一通りの情報交換が終わった後、彼らは足早に王都へと帰還する事を決定する。宇野の件や、魔獣の暴走を王宮へと説明する必要があったからだ。
勿論、宇野を騙していた人物の正体が魔人という事は、未だ水樹達には気付かれていない。彼が使った『デモナイズ』の呪文も、禁呪ではあるが人が使える範疇の呪文である為、正体を探るための決定的な証拠にはなり得ないだろう。
そして、あの日から数日の時間が流れるーー
◆◇◆
外出の許可を取り、城下町に繰り出したディーネ。勇者達の外出には基本的に申請が必要となり、彼もその御多分に漏れず三日ほど前から申請をしていた。遅いと思う事なかれ、これがお役所仕事という物である。
ただ、彼の外出への障害となったのは日数だけではない。どこから聞き付けたのか、彼の外出を聞き付けた水樹がディーネに詰め寄ったのだ。
曰く、「休日暇なら付き合ってあげる」と。
……まあわかりやすい事で結構だが、要するに「一緒に行きたい」と言っているのである。もう少し素直になれとディーネも思わざるを得ないが、どちらにせよ断られる運命には変わりない。なんとか言葉を選んで彼女にお引き取り願おうとしたのだが、ここからが難題だった。
そこから始まったのは怒涛の質問責め。「誰と行くのか」「何故自分を連れて行かないのか」「何処へ行くつもりなのか」……etc。非常に不毛なこの問答は、二時間に渡る激闘の末なんとかディーネが勝利を収めた。
とまあそんな訳で、現在ディーネは非常にストレスが溜まっているのである。であれば、そのストレスを解消する必要があるが、残念ながら地球より文明レベルの低い異世界において、娯楽というのはあまり一般的ではないのも事実。
ならば、彼のストレス解消法とは。
「ングッ……ングッ……ングッ……プハァ!!」
「……ディル。少し飲み過ぎではないのか?」
……そう、『酒』である。
手軽に酔う事が出来、しばし俗世のことを忘れられる酒は、庶民の数少ない娯楽の一つだ。ディーネ達は暗部ということもあり、普段はまず嗜まないのだが、この時ばかりは話が違った。
「飲み過ぎな事があるもんか! あいつらの『お守り』には、酒瓶が何本あろうと足りゃしない! 毎日ストレスが溜まる一方さ!」
「やれやれ、これは大分酒精が回っているな……その調子で機密を暴露する事が無ければいいのだが」
足がつかないよう、ディーネの事をディルと呼び、共に安酒を煽っているのは勿論のことフィリスである。
因みに今日の設定は『駆け出しの冒険者ディルとその門出を祝う一流冒険者アメリア』である。当然の如く『冒険者ディル』としての擬態も施し済み。特徴のないショートの茶髪に、あどけない顔立ち。いかにも夢を抱いて田舎から上がってきた少年という雰囲気を漂わせている。
最も、臨時の身分証としての役割としての価値しか無い為、『冒険者ディル』がこれ以上出世する事はないが。
ディーネの顔はすっかり赤くなり、既に出来上がってしまっている事を如実に伝えている。呂律も回っておらず、これでは駆け出し冒険者というより只の呑んだくれとしか言い様がない。
「本題に入る前の息抜きという事で付き合ったが、これは無理にでも止めるべきだったかな? ほら、流石に飲み過ぎだぞ」
「あっ……こら、かえせぇー」
ディーネの手から無理矢理ジョッキを取り上げるフィリス。のっそりとした動作でそれを追いかけるも、目標のジョッキは彼の手が届かない場所へ。情けなくも伸ばした手は空を切り、ヘタリとテーブルの上に横たわった。
「むう……せめてあといっぱい」
(……なぜ彼女が隊長に女装させたのか、その理由が今ならわかりそうです)
トロンとぼやけた目で恨めしそうにフィリスを見るディーネ。だが、そんな事程度で彼女は揺らがない。いや、内心結構グラッグラだったが。もう少し彼が甘え上手であればきっと堕ちていたのは彼女の方だっただろう。
肝心のディーネがこの状態では、やりたいことも出来ないのが現実だが、このまま彼の痴態をみすみす見逃すのも惜しい。そう考えるフィリスだったが、まさか面と向かって録画の魔道具を使うわけにも行かない。泣く泣く自らの心を押し殺しつつ、酒精を取り除く為の魔法を発動する。
「『詠唱:除去流動』……これでどうだ?」
「……ああ、最悪の気分だよ」
いくら一瞬で酔いが覚めるとは言え、残念ながら記憶や真実は消えてくれない。数瞬前の自らの痴態を思い出しつつ、赤く染まった顔を押さえるディーネ。
(……まあこの羞恥顔だけでも見る価値はありますか)
内心下衆な事を考えつつ、しかし顔には一切出さないフィリス。なんとも狡賢い部下である。
「さあ、酔いが覚めたのならそろそろ行こうか。報告の時間だ」
「……やっぱあと一杯」
「駄目だ。ほら、早く立て」
「わ、わかった、わかったから引っ張るな!」
抵抗するディーネの襟を無理矢理引っ張り、グイグイと引き摺る。去り際にいくらかの硬貨を置いていくことも忘れない。
「くそぉ、もっと現実を忘れていたかった……」
「贅沢を言うな。私も色々とストレスが溜まっているんだぞ」
「そりゃ年だろ」
「何か言ったか?」
「何でも無いです!!」
騒がしい客だった。後に酒場の店員はそう語っていたという。
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