第41話




「……私は今、とてもこう言いたい。『ドナドナ』と」


「ふふふ……奇遇だねムクロ。ドナドナの意味はわからないけど、僕も全く同感だよ」


「ふふふ……」


「あはは……」


ガタンゴトンと揺れる馬車の中、暗い表情で笑い合う二人の男女。幌の開いた馬車の筈だが、なぜか二人の周りだけ雰囲気が薄暗い。こう書くとなんだか悪巧みをする光景に見えなくもないが……。


「何やってるのよ二人とも……」


「骸ー、薫ー。帰ってこーい」


「あらあら、これはもうダメみたいですね」


残念ながら、暗い表情をしているのが骸と薫……もといディーネの二人組なので締まらない。水樹に春斗、そして奏が呼び掛けるも、彼らの不気味な笑い声が途絶える事はなかった。


「ふふ、賑やかでいいな。結構な事だ」


そう言って微笑みかけるのは、御者台に座り馬を駆っているS級冒険者アメリア……もといフィリス。内心で落ち込んでいるディーネを見てフフフと嗤っている事は誰にも言えない秘密だ。


因みにメリエルはこの旅に着いて来ていない。彼女自身は来る気満々だったが、場所が場所の為王国の騎士である彼女は着いて来ることが出来なかったのだ。


「この世界は、腐っている……うぷっ」


「ほらほら、その状態で下向いてると更に辛くなりますよ?」


 そう言いつつ吐きそうになった骸の背をそっと撫でる奏。何のことはない、ただ骸は乗り物酔いをしていただけであった。暗い雰囲気を出していたのも、ただ酔ってテンションが低かっただけである。


「ほら薫も。外の景色見て落ち着こう?」


「う、うん。有難うミズキ」


(別に酔ってる訳ではないがな)


水樹に背を撫でられるが、実はディーネは酔っていない。此方は行く先を聞いて、ただテンションが低くなっただけである。ある意味骸より酷い。


長閑な街道を進んで行く馬車の中で、ディーネは先日、王国から下された命令の事を思い出していた。







◆◇◆






「え、アルテリア法国?」


「ああ。カオル殿達の派遣先はそこに決まった」


報告作業を終えた後、夕暮れの頃に城へ戻ると、ディーネの部屋にはメリエルや水樹など、宇野の件に関する関係者が集まっていた。


ドアを開けた途端、当たり前の様に迎え入れて来た彼女らを見た時は、流石のディーネも驚愕した。確か自身の部屋には、しっかりと鍵を掛けていた筈だが……。


その辺りを追及すると藪蛇になりそうだったので、疑問は心の中に仕舞っておいたディーネ。賢明な判断である。


「へぇー、法国って言うからには宗教的な国なのかな?」


「らしいわね。なんでもスレイ教ってとこの大本山らしいわよ。詳しくはよく知らないけど……」


素知らぬ顔でアルテリア法国について尋ねるディーネであるが、この世界の人間であり暗部である彼がその情報を知らない筈がない。勿論のこと演技である。


「スレイ教は、過去に魔王を打ち倒した勇者を讃え、さらに勇者を送り込んだ神の事を信仰している集団ですな。世界各地にスレイ教の信者がおります故、小国と言えど侮れない影響力があるようです」


「成る程、キリスト教みたいなモンなんだな」


「私達も勇者だから……信仰……貢物……ふひひ」


「あらあら、欲望が漏れ出てますわよ骸」


やや混沌とし始めた状況から目を逸らしつつ、アルテリア法国について想いを馳せるディーネ。


実はディーネ、過去に何度か法国の神官やスレイ教の信者とトラブルを起こしており、その為アルテリア法国関連の事を苦手としているのである。


勿論、仕事に文句は言えないが、出来る事なら関わりたくないと言うのが正直な心情だ。


(そこらの信者位なら良いんだが、上の方になると揃いも揃って勇者中毒フリークだからな。話が通じないったらありゃしない)


苦み走った感情を押し殺しつつ、表面ではニコニコと笑う。


「うーん、まあ凄い国っていうことは分かったよ。でも、どうしてそこに?」


「ああ、他に良い候補がないというのもありますが、一番の理由は身元がバレた時に一番都合がいい国だからですな。最悪勇者と名乗れば、悪いようにはならないでしょう」


「……名乗っていいの?」


「最悪、ですぞムクロ殿。あちらもそう簡単には信じないでしょうが、時間稼ぎには使えるでしょう。それだけ勇者の影響が大きいのです」


ただし、名乗ったものが勇者でないと分かれば死ぬよりも酷い責め苦が待っているでしょうが……と続けるメリエル。


「というか今回は場所が場所の故、私は付いていくことが出来ないのです……!! クソッ、アルテリア法国め……!!」


メリエルは歯噛みしながら見当違いの憎悪をアルテリア法国に向ける。


「残念だったわねメリエル! 薫はこの私がちゃんと面倒を見てあげるから安心しなさい!」


「貴様ァ!!」


「……また始まった」


「もう、懲りないお方達ですわね」


譲れない戦いという名のキャットファイトが繰り広げられる。それも、何故かディーネのベッドの上で。


「薫、止めるように言わないのか?」


「言っても止まらないだろうし……」


「ああ……」


ディーネの返しに悟ったような声を上げる春斗。彼女らが何か言った程度では止まらないというのは、彼も実感済みである。


「大体、あなた最近薫にひっつきすぎなのよ! 隙を見せれば腕を組んだり、体を寄せたり……見苦しいと思わないの?」


「ええい、少しくらい良いだろう! こちらにはアドバンテージが少ないんだ、譲れ!!」


「誰が譲るもんですかこの万年発情女!」


「何をー!!」


 激化していく戦闘。この調子では剣まで抜きかねないと判断したディーネは、ため息を付きながら、嫌々ながらも彼女らの仲裁に入ることにした。


 結果、彼の胃痛が悪化したのはまた別の話である。





◆◇◆





(……ん? おかしいな。命令について考えていたはずなのに、いつの間にか話が変わっている)


 先日のストレスを思い出してしまったディーネは、顰めっ面で腹を押さえる。ここ最近の彼の悩みは、キリキリとした腹の痛みだ。普段なら鎮静の魔法で痛みをなんとかするのだが、衆人環視のこの場では難しい。


後でフィリスになんとかしてもらおう、という事を固く誓いつつディーネは腹の痛みに耐える。


「薫、本当に大丈夫? ほら、水あるわよ」


「ごめん、本当にありがとう……」


腹痛の原因は他でもない水樹であるが、今はそんな事言ってもいられない。ディーネは差し出された革袋を受け取り、水を流し込むのであった。

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