第2話
王国へ向かう馬車が、のどかな平原をゆっくりと進む。馬車の中は決して乗り心地の良いものではないが、そんな中でもディーネは席を独占するように寝転がっており、悠々と寛いでいた。
そんな彼の前の席には、一人の女性が座っている。いかにも武人然とした、ポニーテールの美しい女性だ。自由奔放なディーネを注意するかと思いきや、彼女は手元の書類に目を落としながら、優しい声でディーネに話しかけた。
「隊長。今回の任務なのですが、本当にこの作戦で問題ないのでしょうか? 一度も見たことの無い人間になりきるなど、容易ではないと思うのですが」
そう、隊長という台詞からも分かるように、彼女はディーネの部下である。今回の任務のサポートの為、直々に呼び出されたのだ。
ディーネは目を瞑りつつも、彼女の疑問に…
「…グゥ」
…寝言で返した。
女性は顔に手を当てつつ、あきれたようにため息をつく。
「…隊長。狸寝入りはお止めください」
「あ、バレてた?」
むくりと起き上がるディーネ。どうやら先ほどまでは寝たふりをしていたようだ。
「いつも隊長は目的地まで寝たふりをしていますからね。嫌でも分かりますよ」
「さっすがフィル、心が通じ合ってるね。まさに以心伝心ってやつだな」
「あなたの悪ふざけの賜物では無いでしょうか」
フィルと呼ばれた女性は、澄ました顔でさらりと毒を吐く。二人のやりとりからは、単なる上司と部下とは思えない何かを感じる事が出来た。
彼女の本名はフィリス・アメリア。ディーネがトップを務める暗部においての部下であり、普段は秘書兼暗殺者としてその腕を振るっている。
「それよりも質問に答えてください。本当に上手くいくのでしょうか?」
「愚問だぞフィル。出来るか出来ないじゃない。するんだよ。それが俺たち暗部の任務だ」
ディーネは自らの服のポケットを探る。出てきたのは『
「隊長、それは…」
「ああ、今回なりすます奴の荷物さ。どうやら勇者達は、皆こういう板きれを持っているらしい。何の魔法効果も掛かっていない、なんともお粗末な物だが、彼らはこれで個人を特定するらしいからな」
「顔さえ偽装してしまえば侵入は容易に出来そうですね…その服装と偽装魔法もその為ですか?」
ディーネの服装はボロボロの学生服に変わっており、国王と会っていた時とは顔も変わっている。偽装魔法によって、学生証に貼り付けられた写真の人物と同じ顔になっているのだ。
「まあな。このガクセイフクとかいうやつ、ボロボロの癖してやけに着心地がいいんだ。いっそのこと私物にしちまいたい位だぜ」
「この板にしても、材質はなにやらよく分からない物で出来ている…技術があまりにちぐはぐな印象を受けますね、隊長」
ディーネは彼女の言葉に手をヒラヒラとさせる。
「あー、その隊長ってのはもうやめろ。こっからはコイツの名前、『薫』ってのを使いな。その方がシナリオに真実味が出る。あと敬語も」
「はい、わかり…わかった。カオル」
彼らの言うシナリオというのは、この『古谷薫』という人物が王国に戻る合理的な理由のことである。いきなり逃げ出した人物が帰ってきては、さすがに怪しまれてしまうだろう。その為、彼らは一芝居打つことに決めたのだ。
『薫』は逃げた先で魔獣に襲われ、そこで流れの女冒険者に救出してもらう。そしてその後安全な場所まで護衛してもらい、この世界に怖じ気づいた『薫』は情けなくも仲間の元へ戻る…という計画だ。完璧とは言い難いが、少なくとも怪しさは薄れただろう。
今回フィリスは、『薫』を助けた女冒険者役だ。その為、装備も冒険者然とした物に変わっている。
「よしよし、その調子だ。あとはボロを出さないようにする、それだけでいい。そうすりゃ勝手に情報が集まってくるさ」
再びごろりと寝転ぶディーネ。馬車の窓から心地よい風が吹き込み、彼らの髪を揺らす。
「そういえばカオル。国王から人工宝具が下賜されたぞ。今回の任務で使っておけとのことだ」
「徹底するの早いな…」
フィリスの口調に戸惑いつつも、彼女から差し出された人工宝具とやらを受け取るディーネ。
「なんだこいつは? 腕輪? それにしてはデカいけども」
彼に手渡されたのは、やや大きめのゴテゴテとした装置である。腕に取り付ける為のアタッチメントが付いており、装置本体もなにやら可動ギミックが仕込まれているようだ。
「腕に取り付けて操作することで、専用の鎧を身に纏うことが出来る物だ。一定の戦力を発揮することが出来るが、逆に言えばそれだけしか出来ない。一定の戦力まで下げるためのリミッターだと思ってくれていい」
「なんだよそれ。無用の長物じゃねぇか。いらねぇって突っ返しといてくれ」
「国王様からの伝言で『使わなかった場合は給料を減らす』とのこと」
「わー宝具を貰えてうれしいなぁ!!」
ややヤケクソ気味に叫ぶディーネ。
「そして追加で伝言。『壺の分は給料から天引きしとく』だと」
「イヤー!! 俺の生活費がぁ!!」
今度は頭を抱えて馬車をゴロゴロと転げ回る。まさに滑稽だ。
馬車の揺れが車外にも伝わったのか、馬は落ち着かない様子で嘶く。操ってい御者―彼も暗部の一員だ―は、人知れずため息をついた。
「はぁ…こんなんでやっていけるのかねぇ?」
見上げた空は、どこまでも青かった。
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