第3話
フリアエ王国の上層部から下層部まで、全ての公務に就く者は現在、様々な雑務に忙殺される日々を送っていた。原因はただ一つ、勇者達の召喚にある。
『魔王』という明確な脅威に対してのカウンターとして異世界から召喚された少年少女達であるが、その召喚には多くのコストを払うことになった。具体的にいってしまえば国家予算の半分以上と言ったところだろうか。その甲斐あってか、呼び出せた人数は四十人ほど、その大半が強大な力を持っていると成果は上々である。現在のままでは魔王に太刀打ち出来ないが、この先戦力を強化していけば世界最強の戦力となることは間違いないだろう。
それこそ、現在最強の国家であるラグナール帝国にも。
が、強大な戦力とは持っているだけで様々な問題を引き起こす物であり、それは勇者達にも言えることである。フリアエ王国の上層部が悩んでいる事は、まさにその問題である。
先週、勇者の一人である男子生徒が訓練中に脱走した。実地演習と銘打って、勇者達を森林地帯で魔獣討伐に当てていた最中の話である。護衛につけていた騎士が目を離した隙に、人知れず脱走したのであろう。その手際の悪さから、突発的に行ってしまったものである事は想像に難くない。実際、調査隊が彼の物と思われる血痕を発見している。おそらく魔獣辺りに襲われた際の出血だろう。
脱走した男子生徒、古谷薫は力を受け取ることが出来なかった召喚者の一人である。上層部からしてみれば戦力の低下には繋がらない為、そこまで重大な問題としては見ていなかったのであるが、それはあくまで戦力としての問題である。
勇者達は強大な力こそ持っているが、あくまでまだ子供である。生徒一人が行方不明になったという情報を耳にしただけで錯乱する生徒が居たくらいだ。この上彼が死亡したなどと情報を流してしまえば、ろくな事にならないということは想像に難くない。その為、現在フリアエ王国は隠蔽工作に走っているのだった。
◆◇◆
フリアエ王国の騎士団団長、および勇者達の統括者として任命されたメリーラン・ハルベルトは、部下からの報告にため息をついた。
「そうか、見つからなかったか…」
「申し訳ありません、団長」
彼が部下に命じていた任務は、脱走した生徒の捜索、および遺品の回収だ。万一にも再び勇者達が森林地帯を探索したとき、脱走した生徒の死体が転がっているという事態にならない為、事前に回収するという役目である。
「いや、いい。第一、魔獣に食われた可能性の方が高いしな。念のためといった要素の方が高いのは確かだ」
そう言ってから、自らの発言のドライさに気付く。日々の上層部からの圧力に擦り切れて、いつからかその生徒の死を疑わなくなってしまっていた自分がそこに居た。全く、なんと言うことだろうか。彼の生存を願うべきだろうに、その彼が死んでいる前提で捜索させていたとは。
「団長?」
「…いや、ご苦労だった。下がっていてくれ。任務を続行させるかは追って伝える」
彼の命令に従って下がる部下。部屋に一人となったメリーランは背もたれに体重を預け、天井を見上げてため息をつく。
なぜここまで自分が苦しまなければならないのか。それもこれも全て勇者達が来てから一気に負担が増えた為だ。彼らが居なければここまで国は混乱しなかっただろうに。彼らが来なければあの少年は―
半ば責任転嫁しがちな自らの思考を、頭を振ることで追い出す。どうやらストレスでどこかおかしくなっているようだ。幸いにして今日はそこまでやらねばならない仕事は溜まっていない。少しばかり仮眠を取っても問題ないだろう。
そのまま目を瞑り、いざ夢の世界へと旅立たんとした時、彼の部屋のドアがノックされる。
「…だれだ?」
自らの眠りが妨げられた事に、やや不満げな声を出すメリーラン。
『その、
メリーランは思わず自らの顔を覆った。訪ねてきたのは、なんと先ほどまで話題にしていた勇者の一人ではないか。なんとも面倒な偶然が起こってしまった物である、と心の中で思わず悪態をつく。
「…どうぞ」
いつまでも返事をしない訳にはいかない為、その不機嫌な声色を隠そうともせずに返事を返すメリーラン。とても国賓の立場である勇者への態度では無いが、彼の心情を考えればこの程度は許されて然るべきだろう。
「失礼します…」
入ってきたのは美しい少女だ。肩の辺りまで伸びた、ウェーブの掛かった茶髪に、パッチリとしたその目。学生服を着ていても分かるそのメリハリの付いたスタイルは、男の視線を掴んで離さないであろう。
召喚された時に強力な能力を授かった事もあり、彼女は召喚された者達の中でも上位の立場にいる。そんな彼女がメリーランの元に一人で何をしに来たのか。勿論色っぽい話では無い。仮にそうであればメリーランももっと上機嫌になっていたであろう。
「あの、古谷君のこと何ですが、その…」
そう、彼女はことあるごとに行方不明になった生徒の情報をメリーランに聞いてきていたのだ。彼が失踪したと聞いたときに、一番取り乱したのも彼女である。なぜ彼女がしきりに彼の事を気にかけるのかは分からないが、おそらく男女の何かがあるのだろう。メリーランはそう当たりを付けていた。
「残念ながら、今日も進展はない。何かあれば報告するから、部屋に戻っていなさい」
「…はい…」
このやりとりもほぼ毎日交わしている。初めの内は哀れに思っていたメリーランも、最近ではもはや呆れすら感じるようになっていた。この後は肩を落とした花谷がすごすごと帰って行くのがいつものテンプレートである。彼には最早その姿が幻視出来るようになっていた。
そう、いつものテンプレートならば。
「だ、だだだ団長!!」
ノックもせずに入ってきた先ほどの部下が、慌てたような大声を出す。メリーランも花谷も目を見開いて彼の方を向いた。
「なんだ一体。騒々しいぞ」
「す、すいません!! ただ、緊急の報告だったもので…」
乱れた呼吸を整え、彼が言葉を発する。
「伝令です!! 捜索対象であったフルヤ・カオルの生存を確認しました!! 冒険者の協力を得て、王国へと帰還した模様です!!」
「なんだと!?」
部下の言葉は、そこに居る者達の目の色を変えるには十分すぎる物だった。
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