第34話 後輩的意趣返し

 広島市西区 井口いのくちにある鈴峯女学園。

第3校舎3階奥、視聴覚室の隣にある生徒会室前。

廊下の窓からは、クリーム色をした隣の校舎が見える。

眼下には、樹木とベンチが設置されている。

中庭があるみたいだ。


 私と小夜、そしてクリスは、久保生徒会長の案内で、この部屋にたどり着いた。

廊下から見るこの部屋の風貌は、歴史を感じさせる。

だけど、その部屋の名前は、「視聴覚準備室」。

……せめて、部屋の名前、変えておこうよ……。

小さいことだけど、そう思ってしまう。



「みんなー、新しい副会長、連れて来たよー!」


 そんな中、生徒会長が、トビラを開けて、そう叫んだ。

……えーっ!そんなの聞いてないんだけど……。

反論しようと思ったけど、それを許してくれなかった。

私と小夜に体当たりして、抱き着いてきた少女がいたから。


「小夜ちゃん……、希様、待ってた……」


……栗色の髪をしたミディアムヘアの少女、坂本さかもと あおい

毛先が内向きカールしていて、唇ぷっくり。

容姿は、男受けしそうな、小悪魔少女だ。

ただ、必要なこと以外は、言葉を発しないので、人を選ぶ性格をしている。

私たちより1つ下で、1年前から鈴峯に編入していた。


「葵、元気してた?」

「葵、久しぶりです」

「はい、葵は、元気……」


 私にもぶつかってきたはずなのに、葵は、小夜と2人で抱き合っている。

実際、彼女は小夜の幼馴染で、付き合いが長い。

さらに「小夜大好き」なので、彼女の瞳には、小夜しか映っていないみたい。

小夜も小夜で、葵の「けしからん肉塊」が好きなので、久しぶりに堪能しているようだ。


葵の中では、小夜は絶対君主。


小夜が私に仕えているような態度を取っていても、それは変わらない。

あくまでも葵にとっては、小夜が全て。


……1年前から、ここに編入していたのだって、小夜から頼んだこと。


 私が、ここに編入するつもりだったことと、関係があるはず。

今ならわかるんだけど、当時は思いつきもしなかった。

「葵は、頭がいいからすごいな」とくらいにしか、思っていなかったから。

今思えば、広島に縁もゆかりもない彼女が、急に編入したいとか言い始めること自体、無理がある。

……一応、私は小夜の親友であるため、彼女にしては、気にかけてくれてはいる。

小夜がその場に居なくて、私が居る場合は、こちらに優先権が移るようだ。


「貴女が、佐々木 希さん、ですか」

抱き合って再会を喜んでいる2人を微笑ましく眺めていると、1人の少女が話しかけて来た。


「私は、垣根かきね りんと言います。よろしくお願いします」

「佐々木 希です。こちらこそよろしくお願いします」


 垣根さんは、私より背が小さく、小柄で可愛い女の子。

前髪は今流行のパッツンヘア。

肩まである髪も軽くウェーブが入って、まるでお人形さんみたい。

私より小柄な子ってめったにいないから、思わず抱きしめたくなる。

制服のリボンが、葵と一緒の白。新一年生のようだ。


武蔵野女子と鈴峯は、リボンの色によって学年を見分けることができるようになっている。

久保生徒会長の学年のリボンは黄色、私や小夜の学年は赤色、葵や垣根さんの学年は白色。

色は、卒業するまで固定される。


「佐々木さんのことは、葵にたくさん聞いてます」

「……」

「……葵は、山崎さんとべったりしたいから、私に任すって言ってました」

「……はあ、あの子らしいね……」

「学校について、何か疑問に思ったことがありましたら、私にお聞きください」

「ありがとうございます」


 葵ー、私も貴女と久しぶりに会うんだよね……この差は何?

わかってたけど、釈然としない。

彼女から見れば、小夜以外の他人に対する、最上級の特別待遇なんでしょうけど。

……まあいいや、私は垣根さんに癒されるから。


「たくさん聞いてる」って、どこまでのことを、彼女に話しているのかな、あの子。

……後で聞き出す……ああ、葵から聞くよりも、彼女から聞いた方が早いかも。

あの子、小夜の前以外では、必要なこと以外、話してくれないから……。


……垣根さんの口調は分かりやすく、テキパキしている。

彼女は、風貌に似合わずしっかり者のようだ。


「垣根さん」

「……ああ、佐々木さん、『凛』と呼び捨てでいいですよ」

「……では、私も名前で呼んでもらえると嬉しいかな……」


お互い笑顔で談笑する。




パンパン




「……仲良く談笑してくれていることについては、いいけど」

久保生徒会長が手を叩いて、皆の談笑を止める。


「……葵ー、凛ー、佐々木さんと山崎さんに書類を書いてもらってー」

そう指示を出すと、生徒会長は、奥の机に腰かける。


「では、希さん、山崎さん、スミスさん、こちらへ」

「……こちらへ……」


 凛ちゃんは、私たちをイスに座らせる。

……葵ちゃんは、相変わらず必要な言葉しか話さない。

そして、紙を配られる。編入確認書と書いてあった。


「これに記入をお願いします」

「……わ、私はー?」


「ああ、スミスさんは、もう少し待ってて。中等部の生徒会長が用紙を持って来るから」

「はい、わかりました」


クリスには、別の用紙が用意されるらしい。

引き続き、凛ちゃんから、説明を受ける。


「住所と連絡先、保護者の勤務先と連絡先が間違っていないか、確認願います」


編入確認書。


 すでに何項目かには、印字されていた。

私の名前と生徒番号、親の名前と住所、連絡先、勤務先の名前と電話番号。

寮に住むなら、それだけで良いみたいなんだけど……。

私も小夜も寮ではないので、それに加えて、記入する必要がある。

新居に住むなら、住所を記入することになるけど、私は下宿扱い。

小夜はどうなるんだろう……。

下宿の場合は、下宿先の責任者の名前と住所、連絡先、勤務先の名前の記入が必要。


私の場合は、ユウ兄の名前と住所、連絡先、勤務先の名前とその電話番号の記入となる。


佐々木 優……

広島市中区土橋……

……そういえば、勤務先の正確な名前や住所、よくわかってないなぁ……。


「希様、私とほぼ一緒なので、写すといいですよ」

書き終えた小夜が見せてくれる。


「そういえば……、優様のお勤め先は、サンビツではなく、エヌ・ツー・ダブリュ、ですので」

「……うぇっ!そうなの?」


「はい、あくまでもサンビツの工場内で働いている、協力会社ですので」

「えー……」


早く言ってよぅ……。

「サンビツ」と記入する前でよかった。

小夜の記入した用紙を参考にする。


榎本 あかり

広島市中区土橋……

エヌ・ツー・ダブリュ(株)

広島市中区江波沖町……


 榎本 あかりちゃんは、小夜の同居人。

私にとってのユウ兄様みたいに、小夜にとっての保護者となる。

親戚ということで、ひとりっ子の小夜にとっては、姉のような存在とか。

住んでいるところも、偶然にも同じマンションで、小夜と私にとっては、助かっている。

昨日、初めて会ったけど、お嬢様のようなひとだった。

小夜と同じように、何処かの会社の社長令嬢なのかもしれない。


……えっ?エヌ・ツー・ダブリュ?


さっき小夜が言ってたユウ兄様の勤務先も、エヌ・ツー・ダブリュだったよね……。

あかりちゃんって、ユウ兄様と同じ会社で勤務してるんだね……。


だからかぁ……。

昨日、あかりちゃんが帰ってきたときに「希様、そろそろ帰った方がいいですよ」と言ったのね……。


最後に、記載事項に間違いがないことを保証するため、自分の名前を書いて……。


いろいろ思うところはあったけれど、無事記入し終わった。


 凛が、記入内容を確認している。

記入事項に指を這わせている。

彼女は相当しっかり者なのかもしれない。

さらに作業が早い。

確認がおわったのか、立会人の所に「垣根 凛」と記入した。


 小夜の用紙には、葵が対応している。

先程の行動がウソのように、真面目に対応している。

オンとオフがしっかりしていないと、小夜が嫌がるから、当然か……。


2人は、記入後、久保生徒会長に提出、彼女が最終確認をして、印を押した。


「これで、編入手続きは終わったわけですが」


生徒会長が部屋中を見回す。

そして、私と小夜の近くまで、寄ってきた。


「お2人にお願いがあります」

「何でしょうか」

「佐々木さん、山崎さん、生徒会に入ってもらえないでしょうか?」


笑顔を保ちながら、それでいて真剣な表情で、見つめてくる。


「……私は、希様次第です。希様が入るなら、私も入ります」


小夜が判断を私に委ねてくる。

それは、卑怯じゃない?ああ、ニコッと笑ってるよ、この子……。


「では、佐々木さん、いかがでしょうか」

「……生徒会には、元々入るつもりでいたから、いいですよ」


 生徒会長の表情が柔らかくなった。

1番の核心だったのかもしれない。私の返事で安堵したようだ。

生徒会に入ることは、武蔵野女子でも生徒会をしていたので、気にしていない。

ユウ兄様にも、すでに伝えているので、時間的制約もない。


……できれば、18時には、家に帰って夕飯を作りたいけど……。


「で、久保さん、お聞きしてもよろしいですか?」

「はい、何なりと」

「……先程から言っている『副生徒会長』って、何でしょうか?」


生徒会室に入るときに、彼女が言った「副生徒会長」。

あきらかに、小夜ではなく、私を見て言っていた気がする。


「……ああ、あれね……コホン」

ワザとらしい咳払いをして、私と向き合う。


「佐々木さん、副生徒会長、してくれませんか?」

「……」

「私と一緒に、この鈴峯女学園を作っていきませんか?」


 うわー、このひと、しれっと頼んできた……。

そして、この逆らうことができない、この「目力バッチリ」の笑顔……。

遠い昔、私たち3人が絶対服従だった、なーちゃんの笑顔を彷彿してるよ……。

昔から、この系統の笑顔には、弱いなー、私。


……自分でも、なぜだかわからないが、断る気力を失ってしまう。

近い将来、この笑顔を持つセールスマンに、高い壺や布団とか、買わされるかも……。


そんな不安がよぎる。


 そんなときは「主人と相談してみます」そう返そう、そうしよう。

……とはいえ、なーちゃんの言うことを聞いていれば、いい方向に行ったのも事実。

経験則で自分の知り得ないところで、流されているのかもしれない。


「……副会長って、勝手に決めていいものなのでしょうか?」


 武蔵野女子では、生徒会の役職は、信任投票で決めていた。

1年生のとき、私は生徒会長有力候補だった。

中等部で生徒会長だったこともあり、みんなは、引き受けてもらえると思っていたみたい。

でも、私は鈴峯に編入したかったので、会計をやっていた子に擦り付けて来た。


……私が推薦して、応援演説もすることを告げると、ため息をついていたけど……。

……ごめんね、裕子ゆうこ、あのときは悪かったって……。


今、彼女は、武蔵野女子の生徒会長1年目をこなしている。


私の見る目は確か……、確か過ぎた。


 なんてったって、「希様送別会」を生徒会予算で開催するという離れ業をやってのけたのだから。

いくらなんでも、個人の会を「公イベント」に伸し上げるって無理あるでしょうに。

しかも、卒業式が終わってすぐとか。私ならしないわー。


「……選挙があるけど、貴女なら、相手候補も逃げ出すでしょう」

「……それは、わかりません……よ」


私の答えに、彼女は微笑んでいる。


「貴女の人となりと家を知ると、恐れ慄くまであります」

「……隠すことは?」

「……苗字が、佐々木に代わっているから、可能かもしれませんが……期待できません」


……そうか、ここは広島。

全国、いや世界有名企業の社長令嬢ってだけで、尻込みされるかもしれない。

生徒会長は、一度机に戻り、1枚の封書を持って戻って来た。


「それに、今朝、こんなものが届きましたが……読みますか?」


 彼女が見せてくれた封書は、大変見慣れたものだった。

武蔵野女子中等部時代に、よくお目にかかった、郵送用封筒。

「鈴峯女学園 高等部 久保 遥様」と、宛先が書いてあった。

送り主は……、「武蔵野女子学園 高等部 橋本はしもと 裕子ゆうこ」とある。


……ここにきて、生徒会長・裕子からの手紙。


 嫌な予感しかしない。

隣りに寄って来た小夜も、苦笑いをしている。

一緒にいる葵は、裕子と同級生なので、無言なりにも、何か思うところがあるのかもしれない。

私の送別会を、学校行事にしてしまうほどの子だ。

このタイミングで、久保生徒会長宛の手紙……内容がすでに想像できる。

 

 久保生徒会長が封を開け、まず読み始める。

しばらくすると、軽く吹き出す。

そして、手紙を見せてくれる。


 最初は、軽い挨拶だった。

今回編入する「佐々木 希」が、いかに凄い人物か、紹介されていく。

紹介というより、企画のプレゼンテーションをするような文が並んでいた。

「佐々木 希」の中等部生徒会長時代に起きた出来事や、それをどう乗り切ったのか、簡単に書いてある。

さらに、裕子自身も、佐々木 希の企みにより、生徒会長をやるしかなかったこと。

圧倒的な選挙戦を繰り広げて、相手候補を篭絡して、今では自分の右腕に仕立て上げてくれて助かっていること。


裕子……最後の方は、私を上げるのか、下げるのかわからないことになってる……。

締めの言葉で「このひと、絶対に会長向きなので、後継者にオススメです」って……。


「……希さん、書いてあることは、本当ですか?」

「ん?作り話……かな……」

「希様、ウソ、だめ」


いつの間にか人数分のカップを用意して、紅茶を入れながら、凛が質問してくる。

誤魔化そうとするも、私の所業を知っている葵が、許してくれなかった。


普通に考えると、実現不可能でしょうよ。

中等部時代の私は、というか、小夜は、かなり無茶してたからね……。


「橋本さんは、就任当初から、貴女のことを持ち上げてましたから」

久保生徒会長が、私の知り得ないことを言ってくる。


「いつも手紙で『希様なら』『希様のように』とか、書いてあるのだから、どんなひとかと……」

「会長、希さんの名前を聞いても、そんなこと一言も言ってませんでしたが」

「『佐々木 希』と『相田 希』と『希様』が私の中で繋がらなかっただけ」


 久保生徒会長は、そこまで言うと、苦笑する。

そして、少しの時間、目を瞑り、口を閉ざす。

彼女の中で、何かを思い巡らせているようだ。

そんな様子を、私、小夜、凛、葵、そしてクリスまでが見守っている。

この空気を壊してはならない、誰もが察知したようだ。


しばしの沈黙の後、彼女は目を開ける。


「……橋本さんの推薦もあるようですし、佐々木さん、ぜひお願いします」

「はい、わかりました……」


私は、自然とそんな答えを、口にしていた。

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