第35話 伝説の生徒会長
私は、副会長を引き受けることになってしまった。
まんまと久保生徒会長と裕子にはめられた形。
……裕子、今度会ったときは、ケーキでも奢ってもらうからね……
そんなことを思うしか、私に抵抗手段はなかった。
ため息をつく。
先程用意された、紅茶に口をつける。
ダージリンかな。美味しい。
凛、お茶も美味しく入れることができるとは、彼女は、何でも完璧なのか……。
仕方ない。これからの予定を考えよう。
「……副会長に立候補するということになるんだろうけど、何をすればいいの?」
「4月22日の金曜日に投票があります。選挙期間は1週間前の15日からですね」
私の隣にいつの間にか陣取った凛が、淡々と説明する。
副会長以下の役職は、在校期間は問われないこと、編入すぐでも立候補できること、最低限生徒会長の推薦は受けるが、基本的に誰でも推薦は取れるので大差がないことなど。
……ほぼ、武蔵野女子学園と同じ要項だった。
「15日までに必要事項を記載した、立候補受付書を生徒会に提出することになります」
「では、今、書こうかな……」
「希さん、まだ新学年のクラスが決まってないので、それは無理です」
「そうか……残念」
「でも、私は、希さんがそこまでやる気になってくれて、嬉しいです」
彼女は喜んでいるけど、回避できないことなら早い方がいいと思っただけなんだよね……。
決して、副会長に関して、やる気があるわけではないんだけど。
「……希様、当選、確定……」
葵は葵で、そんなことを言ってくる。
……まだ、わからないから。
有力な対立候補がいるかもしれない。むしろ、いて欲しい。
「……小夜ちゃん、裏工作、完璧……」
……そこの姉妹、ブイサインをするんじゃない……。
「入学式と始業式で、何か目立つようなことをすればいいでしょうか……」
小夜は「希様がするなら」とか言いながら、すでに乗り気のようだ。
私に何をさせるつもりなの?少し発言が怖い。
「……うん、これでノンが私の後継に……私の受験シーズン安泰ですね……」
久保生徒会長は、自分の机でゆっくり紅茶を啜っている。
後継って何?振り向くと、微笑みを返された。
トントン
そんな中、生徒会室のトビラをノックする音が響く。
「どうぞ」
久保生徒会長の声で入って来たのは、2人の女の子。
1人は2つ結びで、頭の左右から長いしっぽが勢いよく跳ねている。
もう1人は、両頬をやっと覆うくらいの短い髪をしていてボーイッシュな雰囲気だ。
どちらも緑のカーデガンにグレーのスカート。
この出で立ちで、彼女たちが中等部の人間だということがわかる。
ちなみに、凛と葵も3月までは中等部所属なので、一応同じ服装をしている。
ただ、中等部生徒会は、秋に引退しているため、こちらを手伝っているみたいだ。
……彼女たちの首には、水色のリボンが光っているので、新三年生のようだ。
「遥さん、来てのお楽しみって……何?」
「……我々もいろいろ忙しいのですから、勘弁頂きたい」
片方の子は、両しっぽをぴょこぴょこさせて、満面笑顔だ。
もし、犬のしっぽが付いているなら、ブンブン振っているかのように。
対して、ボーイッシュな子は、いたって冷静だ。
むしろ呼ばれて迷惑しているようだ。
「
久保生徒会長は、クリスを指し示す。
ようやく自分の話になったと思ったクリスは、軽く頭を下げた。
「……あーっ!外人さんだー!」
犬の子は、クリスに向かってダッシュ。
「こらっ!心春っ!……」
ボーイッシュの子は、声では止めようとするものの、そこから続かない。
どうやら、金髪の子を見るのが、珍しいようだ。
「コハル」と呼んでいるところから、こちらが舞、クリスの目の前まで来て、じーっと見つめている方が、心春という子になるのかな……。
「……スミス・クリスティーナと言います。よろしくお願いします」
「……しゃべった!」
クリスの流暢な日本語による挨拶に、心春は歓声を上げている。
「スミスさん、日本語上手いですね」
「クリスは、小学1年から日本にいるから、問題ないみたいですよ」
感心している凛に、これまた近くに移動してきた小夜が説明する。
「編入手続き?なぜ今、なんだ?」
「ええ、スミスさん、4月から中等部に通い始めるみたいだから」
「……生徒会につなぎとめておこうってことか……」
「……目立つ子は、早めに唾、つけておきたいでしょう?」
「……アンタってひとは……」
久保生徒会長と舞が、何やら話をしている。
話の内容がきな臭い。
とはいえ、広告塔として、目立つ子を取り込むという考えは、嫌いではないかな。
「中等部の子たちも来たので、改めて自己紹介をお願いしましょうかね」
久保生徒会長が、周囲を見回した後、私と小夜を見据えて、そんなことを言ってくる。
「おい、遥。自己紹介って、何のためにやるんだ?」
舞が、不思議そうな顔をしている。
彼女たちは、私が副会長になることを知らないので、当然の反応だろうね。
「ああ、この2人、今日から編入して来たんだけど、ウチに入ってくれるから、ね」
久保生徒会長は、2人に、私と小夜を紹介する。
「佐々木 希です。よろしくね」
「山崎 小夜。よろしく」
初対面とはいえ、同じ学校の後輩。
私は軽く会釈し、小夜はぶっきらぼうに挨拶をする。
「
犬の子は、相手が年上で初対面でも、丁寧語関係なしの自己紹介だった。
……小夜が少し気に障ったかのような表情をしている。
私に対していつも丁寧語で接してくる彼女は、人一倍上下関係に厳しい。
友人に接するかのような言葉を発する心春に対して、「希様の前で、中学風情が生意気」とか思っているみたいだ。
私は気にしないんだけどね……、この子、かわいいじゃない。
「……
ボーイッシュの子は、先程の口調を変えて、丁寧に応対してきた。
本当は「佐々木 舞だ」「よろしく頼む」と言うところを、気を付けているらしい。
ん……?佐々木?ユウ兄様と苗字が一緒だけど、親戚とかかな……?
「ほーら、心春!先輩に失礼だろう……すみません、コイツ、いつもこんな口調なので……」
「……えー、なんで?舞、離してよー!」
心春の頭を下げさせて、取り繕うとする舞に、その意味も解っていない心春。
どうやら、舞は、小夜の様子を察知して、何とか雰囲気を良くしようと努力しているみたいだ。
……心春がかき回して、舞がフォローに回る……そんな2人の関係を垣間見ることができた。
小夜の気分を逸らすために、話題を変えてあげようか……。
ユウ兄様の親戚かどうかも気になるし。
「佐々木さん?」
「……何……でしょうか……」
声をかけると、少し驚かれた。
「私は特に失礼なことをした覚えがないのに、なぜ?」って顔をしている。
「同じ『佐々木』では、紛らわしいので、下の名前で呼んでもいい?私に対しても呼んでいいから」
「私は構いませんが……いいのでしょうか?」
「良いも悪いも、私は『ノゾミ』と呼ばれた方が落ち着くから」
「ああ、そういう……。「佐々木」はクラスでも何人かいることが多いから、自然と下の名前で呼ばれることに慣れますよね。わかりました、希先輩」
……私、佐々木になって3日だから、少し違うかも……。
それに、今まで周りにそこまで「相田」も「佐々木」もいなかったからなぁ……。
勝手にユウ兄様の親戚かもと思ってたけど、「相田」姓が被るときと同じみたい。
むしろ、慣れるほど多いという舞の周辺の「佐々木」姓に驚くよ。
「舞と区別するため、みんなも私を、『佐々木』以外の名前で呼んでくれると助かります」
……久保生徒会長と、心春以外は、すでに「ノゾミ」呼びだったりするんだけど、気にしない。
「……で、心春と舞。ノンに、副生徒会長になってもらうことにした」
「……えっ?うそー!編入したばかりで、いきなりは無理だよー!」
「こらっ!心春!……でも、希先輩には悪いけど、私もそう思う……」
舞は、私をチラッと見て、申し訳なさそうにしている。
心春の言葉は、砕けすぎてるけど、言ってることは、真っ当だ。
現に、私自身もそう思っている。
武蔵野女子では、ある程度顔が知れ渡っているけど、ここでは新顔だ。
そんな否定的な2人に対して、久保生徒会長は、いい笑顔をしている。
まるで予想通りの反応で、それを変化させることを決めつけているみたいに。
……それはそうとして、久保生徒会長は「ノン」呼びにすることにしたんだね……。
呼ばれていたことはあったから、違和感はないけど、思い切り間を詰められた感じだよ……。
「ウチの生徒会選挙において、家柄が結構影響することは、2人ともわかっているでしょう?」
「まあ、そうだな……心春も、こんなどうしようもないヤツだが、結構なお嬢だし」
「……まーいー、私が会長になれたのは、私自身の資質!」
「……世界に羽ばたくレジ袋製造会社のお嬢がそれを言ってもな……」
「……いや、堂々と誇れないー、レジ袋なんて、さ……地味すぎて」
「希先輩、山崎先輩ー。コイツの親の会社、日本のレジ袋生産、一、二を争っているんです」
……レジ袋製造業……。
確か、日本では3社しか生き残っていないので、「一・二を争う」と言われても微妙かも。
とはいえ、その3社で日本のレジ袋の供給を担っているのだから、凄いことには違いない。
「……で、遥。それと希先輩が、どう関係あるんだ?」
「……希ちゃん、どこかのお嬢様なの?……ゥデッ!痛いです、山崎じぇんぱい……」
とうとう小夜のげんこつが飛んできたようだ。心春は頭を擦っている。
「……なんとノンは、『アイダコーポレイション』のご令嬢なんだよねー」
久保生徒会長は、まるで自分のことかのように、言い放つ。
これを、世に言う「ドヤ顔」というヤツなのではないだろうか。
「……またまたー、遥さん。そんな誰でもわかるようなウソ、つかないでくださいよー」
心春ちゃんが、笑顔で反論する。
先程、小夜に殴られて悶絶していたはずだけど、回復は早いようだ。
「アイダコーポレイションの社長は相田 徹ですよー、苗字が『相田』じゃないじゃないですかー」
一女子中学生からお父様の名前が出て来ることに一瞬驚く。
……でも、ニュースや新聞を見ていたら、それなりに出て来る名前でもあるので、そんなものなのかも。
「相田 希って、あの『伝説の生徒会長』じゃないか。そんなひとが、こんなところまで来るわけが……」
舞は、私と久保生徒会長を交互に見ながら、混乱している。
……「伝説の生徒会長」って、いったい何のことかな?
「希さん、アナタが中等部生徒会長をしていた時代に編入してきた生徒が、新聞部と結託して物語を作ったようで……、鈴峯女学園中等部では、有名な話になっているのですよ」
私の表情を読み取ったのか、的確に説明してくる凛。
この子、小夜と違う面で優秀すぎるんだけど……。
「私も会長も編入書類を見るまで、『佐々木 希』が『相田 希』とは気づいてませんでした。彼女たちが失礼すぎることを言ってますが、許してもらえますか?」
後輩たちのために小声で平謝りしてくる。
……それは、良いのだけど、どんな物語になってるのだろうか……。
すごく気になる。
「まあ、この用紙を見ていただければ、真実かどうか、わかりますよ」
久保生徒会長は、机の上に1枚の用紙を置く。
心春と舞は、静かに注目している。
私も気になるので、彼女たちの後ろから覗く。
武蔵野女子学園 生徒No.158247 佐々木 希
配偶者:佐々木 優と婚約するため、生徒手帳に記載している「相田 希」から変更
3月9日 名前変更申請 3月15日 学園長承認
3月9日 妊娠優遇措置申請 3月15日 学園長承認
備考:
申請者 相田 徹 本人との関係:父
佐々木 優の自宅からの通学のため、申請者の希望により変更
それは、私の名前変更と妊娠優遇措置の許可証明だった。
確かにこれなら、私が「相田 希」であること、父が相田 徹であることを証明できる。
学園長の印も押されていて、偽物とは言い難いものだった。
「……えーっ?マジで伝説の会長、ノゾミなのー?」
心春は、振り向いて私と目が合うなり、そう叫んだ。
「……ってことは、鬼の執行者、サヨは……痛い痛い、痛いからー」
小夜は、すでに心春にアイアンクローを決めていた。
「……ちなみにもう1人『仏のユッコ』は、現・武蔵野女子学園高等部生徒会長のことです」
すかさず、凛が補足を入れてくれる。
「……私に、ユッコさんの代わり、勤まりますかね……」
おずおずと、自己主張少なげにつぶやく少女。
……凛、そこでいきなりぶっこむの止めて。
本当に止めて、ね……。
誰が伝えたかわからないけど、私は「伝説の生徒会長」ということらしい。
逆らう者は許さない、壁になるヤツはなぎ倒す「鬼の執行者・サヨ」
財政管理はお手の物、経費というアメとムチを使い操作する「仏のユッコ」
その2人が絶対君主と崇め、2人以上の能力を持つ「会長・ノゾミ」
この3人が生徒会に所属して、様々な出来事や無理難題を解決していく。
そんな痛快物語「武蔵野生徒会・中等部編」は、ここでは知らないひとがいないくらい有名なのだそうだ。
本来なら、作り物として冗談半分で伝わるところなのだけど……。
部活動でのつながりや編入者、さらに教師から伝わる話から、どうやら限りなく真実らしいということに気づき始める。
そんなこともあり、ますます人気となったようだ。
「そうかー、ノゾミとサヨがいるなら、当選確実、だね!」
小夜から解放されて、確信を持って叫ぶ心春。
むしろ、有名な「鬼の執行者・サヨ」にいたぶられてご満悦のようだ。
そんな中、
「……佐々木 優……ユウ兄ちゃんが婚約……?えっ?ウソー」
私は、そんな舞のつぶやきを、聞き漏らすことは、できなかった……。
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