第33話 希お嬢様の苦悩
久保生徒会長が校舎に向けて歩き始める。
彼女の後についていけば、生徒会室まで迷わず行くことができるようだ。
その前に。
「小夜」
「なんでしょうか、希様」
「ハイヤーの運転手と話つけておいて」
「わかりました」
「私の名前で契約してもいいから」
「そこは、我が社の名前でやります。護衛の関係で経費が出ますので」
そこまで話すと、彼女はきびすを返し、ハイヤーに向かう。
……経費が出るって……小夜、私の護衛業務をどこまで大きい仕事にしているんだろう……。
校舎の方に視線を向ければ、生徒会長とクリスがこちらを見て唖然としていた。
私と小夜の友達らしからぬ会話を聞いて、驚いたみたい。
「彼女は、後で追いつくと思いますから、行きましょう」
気にせず、引き続き案内するように促し、生徒会長の横に並んだ。
「ノン……ああ、失礼しました。……佐々木さんと山崎さんの関係って……」
彼女は、小夜が戻るのを見て、立ち止まっていた。
しかし、私が気にしていない様子を感じ取ったのか、引き続き歩き始めている。
「小夜との関係は……、中学時代からの友達です」
「友達、なのですか……お嬢様と従者かと思いました」
……えっ?そう見えるの?
ああ、ハイヤーの確保とか、小夜にお願いしたからかな……。
確かに、そう見えるかも。
本当は、私が話をつけることなんだけど、あの子、自分でやりたがるから……。
小夜も社長令嬢なのに、私の世話をするのが好きってことだから、本当に不思議。
彼女は「希様が大好きだから」って言うけど、それだけじゃない気はしてる。
「……でも、なぜ私のことを『お嬢様』と思ったのでしょう?」
「それは、貴女がアイダコーポレイションのご令嬢ということを知っているからです」
「えっ?」
「学校側の資料を閲覧できますから」
そうか、学校は、私が「相田 希」ということを知っている。
ユウ兄様との同居にも将来の妊娠についても、寛容なこの学校。
学校側の資料に書いてないはずがない。
……いろんな意味で、「要注意人物」なのだから。
「……とはいえ、安心してください。資料には、親の名前しか記載されてませんから」
「……そうなんですか」
「相田 徹……この名前を知らない関係者は、いないですよ」
「関係者」って、何?
学校関係者、業界関係者、ネット関係者、投資関係者、株式関係者……。
「関係者って……?」
「……私も、貴女とほぼ一緒の立場……と、言ったらわかりますか?」
「……?」
彼女は、話を続ける。
「私の祖父は、『セディオン』という会社で会長をしてます」
セディオン……家電の量販店だ。
東京秋葉原の店舗に、友達と連れ立ってドライヤーを買いに行ったことがあった。
そうか、業界関係者ってことね。
生徒会長の家族の企業のトップをしているから、自ずから詳しくなるのか……。
……って、そんなことはないよ?私、そこまで知らないんだけどな……。
私の場合は、お父様の紹介される場合が多いから、そのときは困らない。
さらに、両親に連れられて行った食事会のときは、相手から名乗ってくれるし。
まだ学生ということで、そこまで大人のひとの顔は覚えないんだよね……。
学校の生徒で業界関係者の子供の場合、昔は覚えていた。
けれど、小夜と出会ってからは、彼女が教えてくれるため、そこまで覚えていない。
今回も、私がクリスと話し込んでいなければ、生徒会長の人となりを耳打ちしてくれただろう。
「私は、財界の食事会にて、貴女と会ったことがありましたので、再会の抱擁を」
私の方を向いて、笑いかけてくる。
さっきも「はじめましてではありませんよ」とか言ってたよね……。
私、本当に彼女に失礼なことをしているのかもしれない・
「……すみません、いつお会いしたのか、覚えてなくて」
本当はこういう時、話を合わせる必要があるのだろう。
でも、生徒会で長い付き合いとなる彼女相手に、やり過ごせる自信がなかった。
「……本当に小さい頃でしたので、お気になさらぬように」
「ありがとうございます」
彼女が優しいひとで、本当によかった。
しかし、彼女は、佐々木に名前が変わることが「夢」で、それが叶ったということを知っている。
……と、いうことは、ユウ兄様に出会った後に、何らかの形で、話しているということになる。
うーん。
そして、彼女は私に「財界の食事会」で出会ったと言っている。
小学生時代に、よく出席したことは覚えているのだけど……。
各企業の大人たちには、たくさんの子供たちを紹介されていたから、全部を覚えていない。
アイダコーポレイションの令嬢である私と仲良くなってもらおうと、殺到していたから。
その子供たちも、いい子ばかりではない。
大人が思うほど、子供は社会に従順ではないのだ。
親の意に反し、私をイジメてくる男の子も多かった。
なので、私は、何人かの顔馴染みの女友達と、一緒にいることが多かった。
活発で、行動起こすときは率先して、私たちを先導したマキちゃん。
一番年下で、普段は大人しいけど、変なところで頑固なハルちゃん。
年下の私たちを、いつも見守ってくれていた物知りななーちゃん。
……基本的に、しっかり者のなーちゃんのところに集まることが多かった。
なので、両親も、私を彼女のところに預けていた。
でも、なーちゃんとは、原因は何か忘れたけど、怒らせてしまって、そこから会っていない。
たまに会う、マキちゃんやハルちゃんから、彼女の様子は聞いていた。
彼女も私も、お互いに会いたいと思いながら、時は過ぎ、中学生に進級した。
……それからは、各自忙しくて、食事会に出席できなくなり、会う機会がなくなった。
……3人とも元気にしてるかな……。
この3人以外に、ユウ兄様のこと、話をしていないと思うのだけど……。
なぜ、生徒会長が知っているのだろう。
久保 遥と名乗っていた。
まず「ハルちゃん」が候補に上がるけど、彼女は年下。
マキちゃんとなーちゃんと呼ぶ要素が、「くぼ」「はるか」のどちらにもない。
……3人の本名も、どんな企業の関係者かも、知らないのは、致命的。
私自身、聞かれるのが嫌だったし、彼女たちもそう思うだろうから、聞かなかった。
3人とも私と同じ気持ちだったみたいで、聞いてこなかった。
ああ、名前だけでも、聞いておけばよかったよ……。
「希様、話をつけてきました」
小夜の報告により、考えるのを止める。
3人とまた会いたい気持ちはあるけど、手がかりがあまりにも少ない。
それよりも、今から出会うであろう生徒会メンバーと、どんな付き合いをするかの方が大事。
引き続き、生徒会長の後を歩きながら、小夜の報告を聞く。
クリスも気になっているようで、近くに寄ってくる。
「ありがとう。で、あのハイヤーの詳細は?」
「本来は、ソーイングという会社に頼まれていたとのことです」
小夜が運転手から聞いたことをまとめると、こうなる。
ソーイングという会社の依頼で、広島駅からサンビツ重工業までを往復するのが、本来の仕事だった。
往路12時半から13時半、そして復路16時から17時という時間設定。
13時半から16時までは、自由なのだが、トランクにはソーイングの方々の荷物が乗っている。
そのため、この車以外は、サンビツ重工業周辺で待機している。
そして、この車の今現在の依頼主は、ロバート・ニコラス・アンダーソン。
ソーイングの日本統括部長にあたるひとで、個人的に追加依頼をしたようだ。
13時半から16時まで、16時にはサンビツ重工業に戻ってくることを約束させられたようだ。
この追加依頼、間違いなく、クリスのためでしょうね。
アンダーソンさんとクリスの関係までは、聞いてないみたい。
それを聞いて、小夜は運転手にクリスと私を、サンビツ重工業まで送る依頼をした。
アンダーソンさんは、クリスが鈴峯女学園で降車すると思っているようだ。
しかし、クリスは、鈴峯女学園の後、私とユウ兄様が住む土橋で、降りるつもりだったらしい。
さらに、彼女は、そのことを誰にも伝えていないため、ここに齟齬が生まれている。
ちなみに、ハイヤー会社側のお客様情報を引き出せたのは、小夜がヤマサキ綜合警備の令嬢であるため。
運転手を通じて会社に連絡してもらい、社長に快く協力してもらったみたい。
……この子、何をしているのだろうか……少し怖い。
「小夜、ソーイングってどんな会社なの?」
「はい、アメリカの企業で、主に航空機を製造しています」
「航空機?」
「はい、空港にたくさんある、ジェット機製作の代表的な企業です」
……うーん、そこの日本統括部長か……。
小夜のやり方は、時にトラブルを生むことがある。
今回の場合、彼のクリスに対する心意気を無にしそうなので、出来るだけ穏便に対処したい。
外国有名企業の部長で、ユウ兄様の関係しているサンビツ重工業と繋がっているなら、特に。
直接話してもいいのだけれど、骨が折れそう……。
そういえば、その統括部長が気にしているクリスって、何者なんだろう?
「クリス、アンダーソン日本統括部長とは、どんな関係なの?」
「……『日本統括部長』の意味はわからないですが、ロバートは、パパの友人です」
「クリスのパパの働いている会社の名前は、わかる?」
「……確か、ソーイングって言ってました……」
ニコニコしながら答えてくれた。
クリスにとっては、優しいオジさんって感じなのだろうか。
……ということは、アンダーソンさんとクリスの父親は、同じソーイングの社員。
あと1つ、何かが繋がれば……。
「そういえば、クリスって、ユウ兄とどこで知り合ったの?」
「パパが家に連れて来てくれて、一緒に遊んでくれました」
クリスの父親は、ユウ兄様とも面識があるようだ。
外国の方が、他人を家に連れてくるなんて、心を許してないと、有り得ないということを、お父様から聞いたことがある。
……これは、何とかなるかもしれない。
「クリス、貴女のパパにメールできますか?」
「……多分、大丈夫だと思います」
「要件は……そうね、『ササキ ユウの妻が話をしたいと言ってます』でお願い」
「わかりました」
本当は、直接電話をしたいところなんだけど、今の時間は仕事中。
同僚が、「日本統括部長」という役職ということは、クリスの父親もそれなりの大物の可能性が高い。
本来なら、彼付きの秘書に連絡して、アポを取らなければならない案件だろう。
でも、クリスが、そんな事情を知っていると思えないし、秘書の番号を知らないに違いない。
メールならば、手が空いたときに見ることができる。
ましてや、今日は愛娘の引っ越し初日。父親なら連絡を待っている……はず。
ユウ兄様が広島に居ることは、知っているだろうから、彼の名前に喰いつくだろう。
更に「妻」という言葉を使うことにより、「結婚したの?」と思わせる。
本当は婚約者だけど、インパクトがある方が絶対いい。
「送りました」
屈託のない笑顔で、報告してくれた。
後は、返信を待つだけ。
……ついでに、クリスの処遇についても話しておきましょうか。
彼女の頭に父親の雷が落ちるのは、決定事項になってしまうけど、仕方がないよね。
「希様、心配のし過ぎかと思いますが」
「そうかなー」
「優様は、その統括部長とも既知のはずですよ」
「……なら、尚更、迷惑かけられないじゃないのよ」
小夜が控えめに発言してくる。
言いたいことはわかるし、「大きなカード」を使えば、簡単だ。
私の父に連絡入れて、アイダコーポレイションの伝手で事を治める。
クリスがお世話になる予定のユウ兄様は、実質次期社長が内定している。
……少なくとも、現社長のお父様は、そのつもりだ。
社長権限で、ユウ兄様を「外部取締役」に就任させたみたいだ。
本人の知らないところで。
報酬は「私」ってところなのだろうか。詳しいことは知らない。
……ユウ兄様にはまだ、このことを伝えるつもりはないけど。
……アイダコーポレイションの取締役がーって、事が大きくなりすぎるので、近々で治めたい。
一番楽なのは、クリスの父親が、アンダーソン部長に連絡入れて、事情を説明してくれることなんだけどなぁ……。
そこまで上手くいくかどうかは、ユウ兄様の信頼度次第かもしれない。
……ユウ兄様が、会社のどのポジションにいるのかは、わからないし。
ああ、ユウ兄様からの返信もないし、相談すらできないよ……。
いろいろ考えている間にも、階段を上り、廊下を歩いていく生徒会長の後をついていく。
彼女は、廊下の突き当りのドアの前で立ち止まった。
「佐々木さん、山崎さん、スミスさん、ここが生徒会室です」
大きな引き戸が印象的。
「視聴覚室」
……あれ?突き当りの部屋ではないの?
「……視聴覚室?」
「ああ、その隣の準備室を生徒会室にしています」
生徒会は「視聴覚準備室」を改良して使っているみたいだ。
当然ながら、視聴覚室より小さい。
「大きい会議は、視聴覚室で開催することが多く、その関係でここが生徒会室になったようです」
親切にあらましを説明してくれた。
生徒総会をするにあたり、必要なものをいちいち持っていくよりは……と、いうことなのだろう。
それを考えた生徒会長は、ずいぶん面倒くさがり屋なんだろうけど、実現してしまうのは、凄い。
さらに、1代で戻ることなく、そのまま続くと言うのも、驚いてしまう。
過去の生徒会室が相当遠かったのか、はたまた部屋が無くなったのか……。
そんな生徒会の歴史を馳せる。……って、どうでもいいことかも。
今の生徒会室は、この場所。以上。
歴史を感じさせる風貌をしていたから、ついつい考え込んでしまった……。
そんな私に関係なく、生徒会長は、トビラを開ける。
「みんなー、新しい副会長、連れて来たよー!」
……えっ?副会長って?……聞いてないんだけど……。
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