第26話 結婚発表会の裏側

ユウ兄様に抱きしめられているものの、一向に眠気が来ない。

不意に昼の出来事を思い返す。



★★★



 うみ姉様ねえさまが帰ったのは、11時半くらいだったと思う。

時間空かずして、黒いショルダーカバンを提げた小夜が、やって来た。

海姉様の訪問に気づいた彼女は、帰って行くのを虎視眈々と待っていたようだ。

どうやって、そこら辺りを探っていたのかは、あえて聞かないようにしている。

私の警護関係で、必要なツールでも使っているのだろうと、勝手に納得することにしていた。


「生・希様エキス、吸収!……グエ!」


 ドアを開けて迎えた瞬間に抱きついて来た彼女の頭に、チョップをお見舞いする。

これは、小夜と会うとき、いつも決まってしている事だ。

小夜自身も、私に阻まれることをわかってやっていることなので、気にしてない。


「……痛いです」

「ごめんごめん」


 私は小夜の頭を擦る。痛そうだが、ご満悦のようだ。

私と小夜が待ち合わせして、顔を合わせたときに小夜が抱き着いてきて、私が制止する。

制止という名の制裁をした後、小夜を慰める。

ここまでが、私と小夜、2人で決めている「挨拶」なのだ。

……決めている……少し語弊がある。決まってしまったと言った方がいいかも。




 中等部2年クラス替えで初めて会ったとき。

小夜は、いきなり私に突進してきたのだ。

当然、その様子に危険を感じた私は、彼女に突きをくらわすことになった。

今思えば、初対面の子に突きはないわーと思うけど、そのときは必死だった。

私の突きを左肩に食らい、倒れ込む彼女。大声を出して泣き出す。


「……ごめんなさい、痛くして、ごめんなさい」


危険を感じたとはいえ、彼女は私と同じ背くらいの、ツインテールの女の子。

私は思わず、謝りながら彼女の頭を撫でて、宥める。


「……グスッ……痛かった。けど、許す……」


ぐずりながらも、小夜は許してくれた。

そんな彼女が、とてもかわいく思ってきた。

突きをしてしまった罪悪感も、そのときはあったのかもしれない。

新学期、クラス替えなので、友達作りは先手必勝!


「私は、相田 希。友達になってくれたら、嬉しいな」

「私の名前、山崎 小夜。友達になる」


 このときは、偶然彼女が突っ込んできたところに、私が勘違いして撃退してしまったものだと思っていた。

けれど、次の日もその次の日も、同じように突進してくる。

1度だけ、撃退することを止めたとき、彼女に抱きしめられた。


「相田さん、物足りない……」

「えっ?」

「攻撃されて、痛くして、ヨシヨシしてもらうまでが、いい」

「……」


 ここで、撃退されることも、彼女が望んでいるということに気づく。

おかしいでしょ、絶対変だよね。

始めのうちは、疑問に思っていた私だったが、結局、彼女の要望に応えていくことになっていった。

結果、武蔵野女子での、朝の風物詩と言われるまでになっていくのだが、それはまた別の話。



「で、小夜。そのカバンには、何が入っているの?」


 彼女が提げてきた黒いカバンが気になる。

小夜はニコニコしている。この顔は、何か企んでいるに決まっている。

洋室の床に座り込み、カバンの口を開ける。

中から出したのは、長い棒みたいなケースと弁当箱くらいの大きさのケース3つ。

どれも黒く、皮っぽい感じがする。


「じゃーん」


小夜がワザとらしく擬音をつけて、ケースから取り出す。

それはビデオカメラだった。長いケースからは三脚を取り出している。


「これを何に使うの?」


カメラ。

撮影ならスマホで事足りる。

映像でも、ある程度ならスマホでいい。


「希様のあられの無い姿を撮って、優様にプレゼントします」


いや、彼女はウソを言っている。

私のあられの無い姿を撮った後、彼女自身で所持するはず、絶対に。

カメラを取り上げ、私の背中の後ろに隠す。


「小夜、貴女は、ユウ兄様にプレゼントせずに、自分で持つだろうから」

「……バレましたか」

「長く付き合ってるとわかるよ」


彼女は残念そうに項垂れる。

しかし、彼女が本当にしたいことが違っているということもわかっていた。


「……で、本当は、何をしようと思ったの?」

カメラを彼女に返しながら聞いてみる。


「はい、優様の会社で希様の映像を流すと、面白いかと思いまして」

「具体的には」


「優様の会社には、彼を狙っている女狐が多いです」

「そうなの?まあ、ユウ兄様は格好いいから」


「容姿よりも、彼は、基本的に『天然たらし』なので、質が悪いのです」


そこまで言い切ると、小夜はメモ帳を取り出す。

何枚か捲り、読み始める。


「現状で1番近い佐伯さえき 由美ゆみ、彼女は危険人物です。同期入社で佐伯と同じ年の狭山さやま 輝美てるみ、その他……」


彼女の話というか、報告が続く。

佐伯さん、狭山さんの他、10人くらいの名前が上がった。

ただ、佐伯さんが相当リードしているため、ユウ兄様に言い寄っている女性ひとは現状いないようだ。

一時期は佐伯さんと付き合っているという噂があったようだが、事実は違うらしい。


「そんなにいるんだ……」


 ため息が出る。そんな彼女たちに私が割って入った。

彼女たちから見て、私はどう映るのだろう。


10代の小娘、親のコネで割り込んだ泥棒猫……。


……とはいえ、彼女たちは、ユウ兄様と、正式に付き合っているわけではない。

少なくとも、彼女たちの誰かを好きであるならば、婚約届に名前を記入しないはずだ。

私との結婚に二の足を踏んでいるのも、見た感じだと、私が未成年だから、ということなのだから。


「……そんな彼女たちに知らしめなければなりません」

「……ユウ兄様が、私の物だと、お知らせする……そういうこと?」


「ハイ」

「やりすぎじゃないかな?」


「そんなことはないです。希様のお姿を見せつければ、完膚なきまでに叩き潰せるでしょう」

「それを、やりすぎというんだけどな……」


 とはいえ、彼が会社内で、そこまでモテるのなら、やらないという選択肢はない。

小夜は、三脚を伸ばし、カメラをセットしている。

カメラにコードを何本かつけて、いつの間にか取り出していた機械に接続していた。


「その機械は?」

「記憶媒体兼、無線送受信機です。これがあると、遠くへ映像を飛ばせます」


意味がわからない。


「希様、ちょっとノートPC、お借りしますね」


返事を聞かずに操作を始める。パスワード、なんで貴女、知ってるのよ。

起動して、少しマウスで操作した後、コードを取り出し、先程の送受信機と接続する。


「よし。こちらの準備は完了しました」


 小夜はご満悦だ。私は、ノートPCを覗き込む。

そこには、青い服を着た集団が、机に座っているところが映っている。

遠くから映しているからなのか、詳細の判別は難しい。

それでも、音声は聞く事ができるようだ。


「こ、これは何処?」

「優様の会社の食堂ですね」


そう説明すると、考え込むようにして画像を見つめている。


「ほら、あの真ん中の辺りにいるのが、優様だと思われます」


確かに、あの髪形、横顔は、ユウ兄様だ。

隣に、彼と仲良さそうに話している女性を見つける。


「あの女性が、佐伯 由美です。噂が出るのもうなずけますね」

少し寂しい気分になる。今、この時間は私の傍にいなくて、彼女の傍にいる……。


……でも、残念。彼は、8年前から、私のものよ……

そんな気持ちで、彼女を睨みつけた。


「そして、希様。12時半から、この食堂で、優様の『結婚発表会』があるようです」

「えっ?そうなの?」


 結婚発表会。結婚。相手は多分、私だ。

ここで、私以外の誰かと結婚なんてことは、考えたくない。

会社で発表するという意味。

「俺は結婚します」と言っているようなものというのは、社会人でなくてもわかる。


「ああ、小夜はその様子を私に見せてくれるために、こんなこと……」

「いいえ、それだけではありません」


彼女は即座に否定した。相変わらずニコニコしている。

それだけではない?そういうことだろう……。


ピンポーン


家のチャイムが鳴る。


「佐々木様、お届ものです」


 外から男性の声が聞こえる。

知らない男……。本当に配達員かどうか、確かめる術がない。

ここは、居留守を使うべき、そう判断する。


「希様、待っていたものが届いたようです。彼は普通の配達員ですから、心配いりません」

「そ、そうなの……?」

「ハイ、私の部下が、彼の素性を確かめています。この辺りを担当している配達員、妻帯者です」


 妻帯者かどうかまで、どうやって調べているのだろう。

というか、連れ合いがいない場合、「彼氏なし」「彼女なし」とか言うのだろうか。

いろんな意味で、恐ろしい。


待たせるのも悪いので、ドアを開けて、荷物を受け取る。

中には、学校の制服が入っていた。


「希様、制服に着替えて下さい」

「えっ?なんで?」


「制服姿で撮影しますので」

「撮影って、何?」


「発表会で生放送します。皆の前で自己紹介するのですから、正装で迎えるのは当然です」


発表会?先程、小夜が説明してくれた、ユウ兄様の「結婚発表会」のことなのは、わかるけど……。

生放送なんて、聞いてない。


「早くしないと、時間が来てしまいます」

「時間?」

「ハイ。45分に映像切り替える予定です」


 時計を見ると、12時30分。PCの画像では、佐伯さんの司会が始まっていた。

わたくし、佐々木 優は、結婚することになりました」

そんなユウ兄様の声も聞こえる。拍手の音がする。

そんな彼は、照れくさそうにしながら、台から下りようとしている。

が、佐伯さんのアナウンスにより、止められていた。


「奥様の名前と、年齢、学校名を教えて下さい」

「相田 希、16歳、4月から鈴峯女学園に通う予定だ」


 佐伯さんの質問に、しっかりと答えるユウ兄様。

彼の言葉に「相田 希」という名前を聞いて、安心する。

この「結婚発表会」は、ユウ兄が私と結婚することを報告するための会だと確信したからだ。


PCの前から離れて、服を脱ぎ始める。時間はあまりない。

先程来たばかりの箱から制服を取り出し、紺のスカートとブラウスを着用する。

ブラウスの襟に黄色のリボンネクタイを通し、上から紺のブレザーを羽織る。

3つの大きなボタンを閉めて、着替え完了。

そして、三つ編みを解き、簡単にブラッシングをする。


「希様、よく似合っています」


似合っていますって言うけど、そんなに変わらないって。

そう思いながらも、誉められるのはまんざらでもない。


「さあ、希様、ここに座ってもらえますか」


私を壁の前に座らせて、彼女はカメラの操作を始める。

左右が眩しいと思ったら、いつの間にか簡易型ライトが設置されていた。


「ふう、なんとか間に合いました」

小夜はご満悦である。45分まであと3分。本当にギリギリだった。


「希様、時間までゆっくりしていてもいいですよ」


そんなことを言ってくるけど、残り時間ないんだけどなぁ……。

とりあえず、PC画面を眺める。


「そんな奥様は、アイダコーポレイションの社長令嬢、1人娘であられます」

「「「「わーーーーーっ」」」」


 佐伯さんが私のことを紹介して、周りが沸いている。

何か、不思議な光景だ。

アイダコーポレイションの紹介まであり、食堂が異様な雰囲気になっている。


……私、ここで生放送するの……?


離れてはいるものの、このたくさんのひとの前で発表するなんて。

胸がドキドキしている。


「希様、スタンバイ、お願いしまーす」


小夜がのっている。今更止めることなんて、不可能だろう。


「3、2、1、ハイ」

「最後に、皆さま、お近くのテレビ画像に、注目願います」


小夜のカウントダウンと、画像の佐伯さんの指示がシンクロする。

小夜の頭の上に、いつの間にか「ON AIR」のランプが。

いつそんなもの作ったの、本当に貴女ときたら……。

笑ってしまう。おかげでリラックスできた。


「皆さま、こんにちは」


カメラのレンズをしっかり見つめる。


「佐々木 優の嫁の、希です」


かまないように、落ち着いて、言葉を続ける。


「昨日、ユウ兄のお嫁さんになりました」


ユウ兄のお嫁さん……

いざ、言葉にすると、感慨深いものがある。

涙が出そうだよ、8年間、長かったなぁ……。


わたくしの夫、佐々木 優を、これからもよろしくお願いします」


レンズの向こうには、ユウ兄様の仲間たちがいる。

そう思うと、自然に軽く頭を下げていた。


「……希様、まだ時間があります。もう少し、何かないですか?」

「ぅえっ!?……何話せばいいのよー」


終わった気分だったので、小夜の突っ込みに慌ててしまった。

折角、上手く締めたと思ったのに。

少し考えて、ユウ兄様に伝えたいことにしてみた。


「今夜は、餃子だよー餡を作って皮巻いて、たくさん作るからねー」


そう言いながら、餃子を包む真似をする。

これで、映像的にも伝わったはず。

……小夜、そんな生暖かい目で見ないでくれる?


「……ユウ兄にい、早く帰って来てね、待ってるよー」

これは、ユウ兄様も見ているはず。自然と手を振っていた。


「あっ、そうだ」

不意に疑問に思ったので、聞いてみよう。


「ユウ兄、結婚発表会をしてるって聞いたけど、プロポーズ、まだなのー?」


小夜が驚き、おでこに手を当てている。俗にいう、頭を抱えているポーズ。

えっ?私、何かやらかした?気にせずに言葉をつなげた。


「ユウ兄も、結婚する覚悟を、決めてくれたみたいなので、おとなしく、待ってまーす」


言い終わった瞬間、「ON AIR」のランプが消えた。

生放送終了らしい。


PCの画面では、皆で文句を言っているようで、思わず笑ってしまった。

それと同時に、こちらの映像が届いていたこともわかり、一仕事終えた気分になる。


「……優様、ご愁傷様……」

小夜が呟いたようだけど、気にしない、聞かなかったことにしよう。



★★★



「フフフ」


 思い出し笑いが、ついつい出てしまった。

あの後、ユウ兄様は大変だったのだろうか。

今度、聞いてみようかな。


「それにしても、今日も、お疲れ様」

私は、彼の寝顔を見つめながら、1人、呟く。


「早く、プロポーズ、してくださいね」


いろいろあった、佐々木家の夜が更ける……。

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