第25話 痴女じゃないもん

……温かい?


 目を開ける。天井が見えた。しかし、薄暗い。

オレンジの豆灯が、何とか周囲の様子を映し出していた。

隣からは、愛する男性ひとの、心地よさそうな寝息が聞こえてくる。


……そうか、とうとう、ユウ兄様と結ばれたんだ……。


そのときの記憶はない。

でも、身体に少々違和感がある。アソコに何か入っている感覚……。


いや、何かが違う気がする。

落ち着いて、記憶をたどっていく。

……

……

……

どうやら、彼の話を聞きながら、意識を失っていたらしい。

そして、身体の違和感は、彼にいろいろ触られて、おかしくなっている後遺症のようだ。

期待していたことではなかったため、ため息をつく。


まだ初体験、していないのかぁ……


 現状がわかって落ち着いてくると、あることに気づいた。

パンツが湿っている。触ってみると、ヌルッとしていた。

風呂でいろいろあったときに、誘導されて触ったものと似た感触。


 そういえば、ユウ兄様にいさまに「私がどんな様子だったか教えて」と頼んだような気がする。

何が起こったのか、よくわからなかったと、彼には言ったけど、意識自体はあった。

朦朧としていて、何がどうなったのか、詳しくは、わからなかったのだ。


ただ、次第に、何とも言えない感覚になっていったことは事実。

私自身では、抑えきれない感情と欲望、衝動……。


湧きだしてくる「彼が好き」という感情。「もっとして」という欲望。

くすぐったいという感覚と、似て非なる、勝手に身体が動いてしまう制御不能に陥る衝動。

加えて、「発散」するために、私は大声で叫んでいた。


 昔、友人宅で皆が集まって鑑賞した、大人の営みのビデオでの、女性の叫び声。

それを見たときは、まさか私がそんな声を発するだなんて、思ってもいなかった。

この女性ひとは、他の人に聞かれて、恥ずかしくないんだろうか……、そんな感想を抱いていた。

なのに、彼女たちと同じように、叫んでいた。


この家がマンションの1室で、全体まで聞こえそうで。

今思い返すと、とても恥ずかしいのに、あのときは、抑えきれなかった。


 さらに、何か出ちゃいそうな感覚になったので、必死に我慢する……。

湯船の中とはいえ、おしっこを漏らすのは、嫌。それも彼の目の前で。

その感覚を、彼に言うわけにもいかないので、踏ん張っていたけど、無理だった。


放出したと思った瞬間に、頭の中が真っ白になった……。


 私が私自身の身体を制御できない。

こんな初めて体感した感覚は、とても気持ちが悪かった。

それもあって、意識が明るい中で、知りたかったんだけど……。


今度は、気を失ってしまったようだ。


結局、わからずじまい。少し悔しい。


 とりあえず、このまま放っておくと、良くない。

事後にしっかり洗い落としておかないと、猛烈なかゆみに襲われるらしい。

友人の何人かから、経験談として聞いている。

雑誌によると、強力な酸性のため、肌がかぶれるのだそうだ。


……私も、ようやく彼女たちと並ぶような経験ができたんだ……


少し嬉しくなるものの、でも違う、そう思い直す。


まだ、エッチはしていない。


 惜しいところはあった。

お尻に触れた、あの長くて固いものがそうなんだろう。

あれが、私を突き刺せば、晴れて初体験なんだけどなぁ……。

ユウ兄様のいけず……。

彼を責めながらも、そのことを思い返すと、心根が温かくなる。


いけない、これは、繰り返してしまう……。


 そんな気持ちを断ち切るように、私は行動を起こした。

彼が起きないよう、細心の注意をして、布団の中から脱出する。

フラフラしそうなところを、グッと堪えて、浴室に向かった。


 湯船には、お湯が入っていなかった。

仕方ないので、シャワーの蛇口をひねる。

程よい温水に身体全体を晒す。気持ちいい。

どうやら、少し汗をかいていたようだ。

本日3度目のお風呂。自分でも呆れてしまう。

ボディーソープを身体中に付けて、入念に洗うつもりでいた。


……あっ、髪、どうしよう……


 髪は三つ編みのまま。このままでは濡れてしまう……。

ユウ兄様が寝ている横で、ドライヤーを使うわけにはいかない。

仕方がないので、胸より上を洗うことを断念する。


……まあ、私の胸、小さいから、胸の下が蒸れることはないよね……。


 自分で思ったことだけど、少し哀しくなった。

気を取り直して、下半身を中心に入念に洗っていく。


特にある部分を入念に。でも激しく。


 激しく洗わないと、またスイッチが入ってしまうようで。

この浴室は、私が「初めて」を体験したところ。

どうしても「気持ちよかった」記憶が甦り、夢想しそうになる。

自然と私自身の「身体の心根」と対決している気分になる。


……自分でやってしまえば?気持ちよくなりたいんでしょ?

……いやよ、ユウ兄様に触られるからこそ、意味があるんだから

……気持ちいいに種類などないよ、1人でできるなら、気楽でしょ?

……でも、2人がいいの!ユウ兄様の前の方が

……ほほう、見られている方が興奮するとおっしゃるか。完全に痴女ですね

……痴女じゃないもん

……

……

……私、痴女なのかな……


【痴女 (ちじょ)】

みだらないたずらを男性相手にする女性のこと

自ら腰や尻を振って男を誘惑する女性のこと

猥褻行為を好む女性を指す俗語

……

……

……私、そんなに、はしたなくない……


ユウ兄様に見られてなくても、できるから。

そう結論づけて、右手で軽く触ってみる。


「……っ?」


……あ、ヤバイ。


 自分を制御できずに、声が出そうになる……。

大声を上げて、ユウ兄様を起こすわけにいかない。

そう思い、瞬時に左手の指を自分の口に突っ込む。

それでも、ユウ兄様にどう触られていたかを思い出してしまった。


「……っ!」


指が止まらない。

身体の奥底が熱くなってくることを感じる


……ダメ

……これ、癖になる……

……そして、これこそ『痴女』なのでは……


 少し冷静になり、指を離す。

物哀しさを感じるが、仕方ない。これは自分をダメにする……。

引き続き、身体を洗い続ける。

シャワーで泡を落とし、バスタオルで水滴を拭き取っていく。


拭き取りながら、先程の自分がやっていたことを振り返る。


……ああ、あれが、皆の言っていた……


確かに、1人で寂しいときにすると、心は満たされるかも。

ただ、私の場合は、少し違う気がする。

すぐそばに愛しい彼がいて、寂しくはない……はず。


……「はず」って何だろう……


今の状態で「寂しい」ってことはないと思うんだけど……。

その理由は、よくわからない。

わからないことは、考えても仕方ないので、考えることを止めた。


浴室出口付近で脱ぎ散らかした寝間着と下着をかき集める。


……どれだけ、面倒だったんだろうね……


 自分自身のことなのだが、苦笑してしまう。

そして、湿ったパンツ……これは、履けない……。

新しいパンツを取り出すため、布団の横を通る。

が、眠っているユウ兄様を見つめていると、こんなことを思い出す。


……そのまま、抱きしめて、ユウ兄様を感じたい……


 なぜそう思ったのか、わからない。

けど、そのまま布団の中に潜り込むことにした。

ユウ兄様は、横に向いて寝ている。

私の正面に、彼の胸がある形となっている。

彼の身体と敷布団の間に、何とか左腕を潜り込ませ、背中に腕を回すことに成功する。

両脚を彼の両脚と絡ませ、完全に密着する。

私の目の前には、彼の首、のどぼとけ付近が見えている。

とはいえ、ここは布団の中、薄暗く、うっすらとしか見えていない。


寝返りをするためなのか、彼が動いた。

彼の両腕が、私の背中に回り、抱き寄せてくる。


……私はもう、寂しくない。満足です……


彼の体温で保たれている、程よい温かさ。

無意識とはいえ、彼に力強く抱きしめられて、安心して眠りにつけそう……


「ヒャッ」


 不意に耳に生暖かい風が当たる。

さらに、耳に虫が這っているような感覚が走る。

何が起こったのかわからず、混乱する。

それに関わらず、身体の中心から熱いものが溢れるような気分になっていた。

どこまで敏感になってるの、私の身体!


「ノゾミお嬢様」


 頭の上から声がかかる。この声を聞いて、私は落ち着きを取り戻す。

少し怒ってるのかな?低い声だ。決して優しくはない。


「下着は履けと、そんな約束、したはずだが」

「……そうだったかな?」


少しとぼけてみる。今から外に出て、着替えを取りに行くのが面倒……。


「別々に寝るか?」

「えーっ!」


「……俺は、疲れている。裸で誘惑されても、困る」

「……私は困らない……よ」


「俺が困る。ホント、今日あれだけ……、何でもない」

「……ん?」

「……とりあえず、聞き分けが悪い女は嫌いだ」


そこまで言うと彼は、寝返りをして、私に背中を向けた。

その後、一言……。


「あと……、自分で慰めるのはいいが、ほどほどにな」

「な、ななななな、聞こえてたの?」

「……さあな」


 規則正しい寝息が聞こえる。

試しに、背中に胸を押し付けてみる。無反応だった。


……聞き分けの悪い女は嫌い……。


 嫌われるのは嫌なので、仕方なく布団から出て、下着を取り出す。

パンツを履く前に、触ってみる。ダメだ、さっきので既に濡れている。


……どれだけ、私の身体は変化してしまったのだろう……。


 ティッシュペーパーで軽く拭き取り、改めてパンツを履く。

ついでに寝間着も着て、再度布団に潜っていく。

彼の背中の後ろでは、寂しいので、わざわざ彼の正面に周ることにした。

狭いけど、仕方がない。彼の背中に腕を回し、寝る体制を整える。

彼の腕が背中に周る。


今度は起きてくることもなく、しっかり抱きしめてくれるユウ兄様。

しかし、私は、気分が高揚して眠気が来ない。どうしよう。

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