第23話 新婚の定番

 ノゾミと向かい合って食事をする。

彼女の皿には、俺の包んだ餃子のようなものがある。

皮が裂けているので、ただの肉団子……。

それに比べて、俺の皿には、彼女の作った餃子が並ぶ。

破けもなく、程よくキツネ色をしている。

箸で掴み、口に運ぶ。コゲの固さは程良い。

ニラとショウガの香りが、口の中に広がる。


「これって、ニラとショウガ以外で、何が入ってるんだ?」

「にんにくとキャベツ、かな」


 餃子といえば、にんにく。

やはり、入っていたのか……。

しかし、にんにくの味は、ほとんど主張していない。


「美味しいよ」


 彼女は、目を細めた。

野菜炒めも塩コショウが効いている。


「よかった。これからもユウ兄のために、料理作るね」


 俺は頷いた。

これから先、ノゾミが夕飯を作ってくれることになるようだ。

非常にありがたい。

しかも、料理は美味しい。願ったり叶ったりだ。


今までの食生活を思い浮かべる。


 近くにコンビニが多いため、どうしてもコンビニ食が多くなる。

決して身体に良いとは思えない。

スーパーマーケットが何店かあるが、こちらでも買い物するのは、弁当やカップラーメンが主だ。

焼いて味付けだけで済む肉はともかく、野菜や魚は、1人暮らしで調理するには、量が多すぎる。

そして、仕事から帰った後は、疲れた身体を引きづって、料理するのは辛い。

それよりも、すでに出来ているコンビニ弁当。

お金のことを考えなければ、楽な方に行くのは、残念ながら抗えなかった。


それが、昨日から一緒に住んでいる彼女のおかげで、改善する。


ふと、思い浮かべる。





会社から帰ると、家には明かりが。

ドアを開ける。


「ただいま」

「おかえりなさい、今日もご苦労様、あ・な・た」


俺が脱いだスーツを、ノゾミがハンガーにかける。


「ご飯にします?お風呂にします?それとも、わ・た・し?」


「ワタシ一択で!」





「……ユウ兄?『ワタシイッタク』って、何のこと?」


俺の正面に座っているノゾミが、首を傾げている。


 どうやら、思い浮かべながら、声に出してしまったようだ。

少し気恥ずかしい。そもそも、スーツ着てないだろう……。

そして、「ワタシ一択」って、どれだけ飢えてるんだ、俺は。


「いやー、何でもない」


 と、答えたものの、この妄想、彼女に言ってみた方が、面白いかもしれない。

恥ずかしがって、真っ赤になってくれるのでは、ないだろうか。

そんな下心を持ちつつ、実行に移す。


「いやな、俺が会社から帰ってくるよな」

「うん」


 箸で野菜炒めを食べながら、頷いてくれる。

話を聞いてくれるようだ。


「それでな、ノゾミが、こんなことを言ってくれたら、いいなーって思い浮かんだ」

「私が?何を言って欲しいの?」


 食事をしているときって、なぜここまで無防備なんだろうか。

彼女は、俺の話を聞きながら、箸を進めている。


「ノゾミがな、『ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?』ってね」

「……えっ……」


 彼女の箸が止まる。

食事の最中で向かい合っているため、逃げることができなかったようだ。

何とも言えない顔をしている。


「……ユウ兄、それ、キモイから……」


 静かにそう言うと、残っていた餃子を口に運び、食事を終わらせる。

食器を持って立ち上がり、キッチンに向かった。

無情にも水道の蛇口から水が出る音と皿が擦れる音だけが、二人の時間を支配する。


あれ?俺、不味いことを言ったかな?


 でも、これって、謝るにしても、どうすればいいのだろうか。

残った餃子を食べ終わり、考え込む。


「ユウ兄、残ったお皿、持っていくから」


 ノゾミは、俺の様子を気にせずに、キッチンに戻っていった。

それからしばらく、水が流れる音と、皿を洗う音しか聞こえてこない。


俺はどんな態度を取ればいいのか、考えるため、立ち上がり、窓の方へ歩く。

カーテンを少し開けて、立ったまま、窓の外を眺めた。

心を落ち着かせるために。


キュッキュッ


 蛇口を閉める音がした。

しばらくして、後ろから抱き着かれる。


「ユウ兄!」


 とっさのことで声が出ない。

ノゾミは、そんな俺に気にせず、明るい声でこんな問いをしてきた。


「食事にする?お風呂にする?」


 俺は息を飲む。と同時に、衝撃を受けた。

彼女が体当たりしてくる。

さらに、腕で、俺の身体を締め付ける。

背中に、2か所の柔らかいものを確認できた。


「……それとも、わ・た・し?」


 まさか、先程の話の通りに、聞いてくれるとは、思わなかった。

「キモイ」と言って、立ち上がったのは、照れ隠しだったようだ。

しかし、ここで「ワタシ」と答えてしまうのは、そのままセックス一直線だ。

さすがに、昨日自分で決めたことを、ここで反故にするのは……。


「……お風呂、だな」


そう答えた後、人知れずニヤリと笑う。

食事は終わってしまった。お風呂しかない。


「……」


 時間が止まったように思えた。

先程まで、勢いよく動いていた彼女も止まっている。

ただ、強く締め付けられたままである。


「……もう!信じられない!」


後ろから拗ねた声がする。


「……ここはー『わたしで!』って答えるところじゃないのー?」


 まあ、そうなんだけどさ、それはそれで、面白くないじゃないか。

俺は振り向いて、ノゾミと視線を交わす。

少しの間、お互い見つめ合っていた。


「……わかった。お風呂でいいよ、お風呂で」


 意を決した彼女は、キッチンの方に引き返していく。

お風呂にお湯を入れに行くようだ。


 俺は、彼女の行動の意味を確認できたので、満足していた。

先程の「キモイ」発言は、彼女の照れから生まれたと、結論づけることができたからだ。

いい気分になったので、その場に座り込んだ。

この気持ちを独り、噛みしめるために。


「ユウ兄、お風呂、先に入るよねー!」

「ああ」


 キッチンから彼女が戻ってくる。

俺の方をチラッと見て、ニコッと笑う。

意味がわからず、笑い返す。


 彼女は、俺の前に回り込み、俺の膝の上にお尻を乗せてくる。

俺の胸を背もたれに、まるでイスに座るように、座る。

彼女の頭が丁度俺の鼻先付近に存在し、彼女自身の香りがしてきた。

彼女に腕を回すわけもいかず、両腕を体の左右に力なく垂らす。


 次の瞬間、両手のひらを、ノゾミの両手により拘束された。

彼女は、彼女自身の前に俺の両手のひらを誘導すると、彼女の双丘に固定する。

俺としては、何とか逃げたかったが、俺の手の甲には彼女の手が添えられている。


「お、おい」


嬉しさ半分、戸惑い半分で、一応、非難の声を上げておく。

「自分からそこに置いたわけではないんだよ」そんな思いを込めて。


「ねーえ!」


ノゾミは、両手に力を込める。


「ユウ兄、命令です。私の胸を、揉んで、く・だ・さ・い・な!」


 力を込めた両手を動かしてくる。

その動きで、俺の手も動くことになる。

が、指に力を入れてないため、触れてはいるが、柔らかくは感じない。


「ユウ兄が、私の胸を、愛情持って、揉んでくれると、大きくなる……はず」


 俺に向けて言ったのか、独り言なのか。

判断はつかないが、彼女は呟いている。


「ああ、忘れてた」


 不意に、彼女は、叫んだ。

何かを忘れていたことを思い出したようだ。


 まずは、俺の両手を解放する。

特に力を入れていなかったため、彼女の膝の上に落下する。

その後、俺の胸と彼女の背中の間に右腕を回すと、背中の真ん中で何かをしたようだ。

そして、襟首から腕を入れて、満足そうにする。

再度、俺の両手をつかみ、彼女の双丘の上にセットした。


「ユウ兄、どう?」


 そんなことを言いながら、俺の手を動かす。

先程と変わらないだろう……と思って油断していると、そんなことはなかった。

俺の手のひらに、わずかな感触だが、固い何かがぶつかってくる。

それに、少し柔らかい。

そこで俺は、ようやく気付いた。彼女は、自分でブラジャーを外したのだ。

ただ、今回はワンピースを着ているため、ブラ自体を上にずらしただけではあるが。


「……うーん、中にTシャツ着てるから、いまいち……かな……」


 彼女は、そう呟いて、立ち上がった。

お風呂のお湯を見に行くようだ。

彼女自身は、残念に思っていそうだが、俺にとっては、助かった。

これ以上、触れていると、理性が飛ぶ。


「ユウ兄、お風呂、どうぞー!」


 ノゾミがそう叫んでいるので、風呂に入る準備を整える。

具体的には、下着と寝間着を、引き出しから取り出した。

浴室の入口には、バスタオルが用意されている。


バスタオルを1枚持込む。


 トビラを閉め、便器の隣にある棚に、バスタオルと衣類を置く。

ウチの浴室はトイレと一緒になっている。

服を脱ぎ、湯船につかる。


ふう


 湯船につかると、力が抜けた。

今日も仕事を頑張った。そして、いろいろなことがあった……。

そういえば、ノゾミに、生放送について聞かないとな。

両手で顔にお湯をかけて、洗う。


ハア


幸せだ。


 家に帰ると、待っていてくれるひとがいる。

そして、俺のために「ご飯を作るよ」、そう言ってくれるひとがいる。

時間の合間に、俺自身を気にかけてくれるひとがいる。

先程のように、相手の気持ちがわからなくて、対応に苦慮することもある。

他人相手ならば、最悪、嫌われてもいいと思って決断を下す。

でも、ノゾミ相手だと……、まずは穏便に済ませたい、そんな気持ちが先に来る。

やはり、嫌われたくないからなぁ……。


今日、1日の出来事を思い返す。

そう、俺はこのとき、完全にのんびりしていた。

お風呂においては、間違っていないと思う。


バタン


入口で音がした。

その方向に振り向く。


「……ユウ兄、一緒に入ろ!」


そこには、右腕で胸の中心部を隠した、ノゾミの姿があった。

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