第13話 ロリコン疑惑発生

「では、質問その1」


 同僚、南方みなかた 次郎じろうの、張りの良い大声が聞こえる。

朝礼台の上。目の前には会社の仲間がいる。その数、100人余り。

ほぼ全員がこちらに注目し、興味津々だ。

誰もが皆、仕事のときと違った、輝いた表情を浮かべている。


なぜ、こんなことになっているのだろうか。


そうか、朝礼でポロッと余計な事を呟いたからか……。

このままでは、全て聞かれてしまいそうだ。


しかし。


「……ちょっと待って、次郎」

「ん?なんだ?」


 周りに聞こえないような声で止める。

ノリノリなところを中断させられた彼は、とても怪訝そうだ。


「今のこの時間は、少し不味い」

「……あー、そうだな……」


時計を指した俺の言葉に、仕方なく賛同する次郎。

ここで時間をかけると、午前中の仕事量に影響が出る。


「……あー、あー」


まるでマイクのテストのように叫び出す彼。


「まことに残念でありますが、時間がありません」

「「「「えーーーっ!」」」」


 皆が叫ぶ。

おい、次郎、お前「えーーっ!って叫ぶでない。


「つきましては、お昼休みにて、嫁アピールをするということなので、許したって下さいな」

「「「「「おーーーーっ!!」」」」」


 次郎がとんでもないことを宣言した。

それを聞いた社員全員でどよめく。

マジかー、聞いてないぞ。

次郎が、ウインクして、サムズアップしてくる。

しかし、格好は決まらない。


「では、今日の安全唱和。今日の当番、お願いします」


 いつの間にか、朝礼台の横に移動していた佐伯が、司会進行を再開する。

それを聞いて、慌てて朝礼台から下りる。

入れ代わりに、若い男性社員が上って、安全唱和を始める。


「ご安全に!」

「「「「「ご安全に!!!」」」」」

いち、・・・・・・・・」

何項目か安全に関する文章を読み上げる。

その後は、自分の作業についての、安全指差呼称だ。


「今日は、穴あけ作業があるので、手元に注意して作業します」


男性は人差し指で中空を指す。


「では、確認お願いします。手元よーし!」

「「「「「手元、よーし!」」」」」


「今日も安全作業で、頑張ろう!」

「「「「「オウ!!!」」」」」

「ご安全に!」


そして解散していく社員たち。



 ★★★



 俺の会社の朝礼では、皆が整列した後、初めにラジオ体操で、身体をほぐす。

これは仕事内容が、身体を使った作業であるため、固まって動けないと危険だからである。

眠気を覚ますと共に、真面目にやれば、肩こりなど軽い血行障害とは無縁となる。

さすが、国が研究して、学校教育に取り入れた体操。

三十路になって身体が錆びついてきているように感じることが増えてきた。

それをほぐして、動くようにしているので、本当にラジオ体操の凄さを実感する。


 ラジオ体操が終わると、部長である俺から、本日の予定や連絡事項を伝達する。

工場に来る来客や、役所による点検、通勤における注意など、多岐に渡る。


その後は、各部署からの注意事項の伝達に移る。

「この工具は動きが悪いので注意してください」というもの。

または、「この作業区域は、非常にゴミが多いので、清掃せいそうを徹底してください」など。


この工場では、穴あけ作業やリベット作業などが多い。

そのため、どうしても切りクズなどのゴミが多くなる。

多いからと言って、散乱しているままで放置しておくと、不衛生に見られてしまう。

造っている部品にゴミが入り込み、品質が落ちる可能性が出て来る。

また、他の会社から見て、整理整頓ができない部署というレッテルを貼られたりする。

工場内ではあるものの、他の会社との競合、仕事の取り合いは、日常茶飯事だ。

そのときに、悪く思われるようなレッテルは、非常に不利に働くのだ。


 各部署からの伝達が終わると、当番の人間が、皆の前で安全唱和をする。

五か条くらいの、決められている文章を唱和した後、その日、自分自身の作業に関する安全確認をする。

これにも何種類かのテンプレがあるのだが、本人がその場で決める。

声が小さくて、全体によく聞こえないという場合、やり直しを求めることもあるが、人前に出て声を出すという行為に慣れてないのだろう、仕方ないのかもしれない。


以上が、毎日している朝礼の、おおまかな流れである。


 毎朝8時から、朝礼をして、各部署に散り、仕事に入る。

8時のチャイムで朝礼が始まり、12時のチャイムで昼休みに入る。

13時のチャイムで昼休みが終わり、17時のチャイムで仕事が終わる。

まるで学校。規則正しい生活をするには、工場勤務が1番だと、思っている。



★★★



俺は、佐伯を伴って事務所棟に向かって歩いていた。


「結婚なんて。本当に驚きましたよー」

ころころ笑いながら話しかけてくる。


「私ごときが、表情から心理を読めないはずですね、朝、奥様と何かあったのでしょうか」

おそらく彼女は、にんまりとしているだろう。あえて顔は見ずにひたすら歩く。


「……で、どんな女性ひとなんですか?」

「それは、ワシも聞きたいな、佐々木クン」

質問を聞き流していると、男性の野太い声に遮断された。


「あ、工場長、おはようございます」


 予想外の渡辺わたなべ 直行なおゆき工場長の登場に、慌てて挨拶を交わす。

彼は、何人かの部下を連れて、どこかに移動中のようだ。

俺の隣で、佐伯も工場長に挨拶をしている。


「結婚、したんだって?さっき聞こえてたよ」


 やはり、先程の朝礼での騒ぎを聞いていたらしい。

俺を弄りに……、いや、わざわざ声をかけるために、こちらに来たようだ。

わざわざ寄らなくても……。


「おめでとう。結婚式はいつなんだ?」

野太い、そして落ち着いた言葉で、それでいて興味深々な雰囲気をまとって聞いてくる。


「あ、いえ。まだ入籍はしてません。一緒には住んでますが」

「そうか、そうかー、よかったじゃないか」


彼は、白い歯を見せて笑いかけてくる。褐色の肌に白い歯が映える。


「で、相手は、君より若いんだろう?確か、年上には興味なかったはずだ」

確かに。工場長にバーに連れて行ってもらったときに、そんなことを話した気がする。


「何歳、下なんだ?」


 ニコニコしている。工場長の奥さん、確か10歳くらい離れていたよな……。

その隣で、彼の部下たちも、佐伯も静かに俺の答えを待っている。

目が輝いていて、怖いぞ、お前ら。

1番偉い工場長が、矢継ぎ早に質問をしているから、遠慮して黙っているのだろうとは思うけど。


これは、ウソを言うわけには、いかないかなぁ。


「……14歳、ですかね……」

その答えを聞いて、一同押し黙る。佐伯も目を見開いている。


「……佐々木クン、君、今、何歳だったっけ?」

停止した状態からいち早く復活した工場長に、改めて年齢としを聞かれる。


「30ですが……」

「えっ!!相手は16?マジか!」


ガシッと両肩を捕まれる。


「おい、佐々木クン。16って言えば、ウチのかおりと同じ年齢としじゃないか!」


普段から落ち着いている雰囲気を持つ工場長の言葉が早い。

「香」とは、3人いる娘のうち、一番下の子の名前である。


「お前が、香と結婚?それは許せん!」


 地が出てる。「佐々木クン」から「お前」に、変化した。

お酒の席で、そんな工場長の姿を見ているので、驚きはしない。

が、工場内では、相手のことを「〇〇クン」、自分自身のことを「ワシ」で統一している。

工場長の、この慌てぶりは貴重だ。


「渡辺工場長、落ち着いてください。娘さんと結婚するわけでは、ありません!」

「ああ、すまん。取り乱した……」


俺の問いかけに、自分を取り戻した工場長は、俺の両肩を解放する。


「それにしても」

彼は、大きく息を吐く。落ち着かせるためらしい。


「いやー、びっくりした。なんてうらやましい……」

「……奥様と娘さんに言いますよ……」

「うあ?それは勘弁してくれ……」


工場長の不穏な言葉に、部下の女性が苦言を呈する。

恐妻家なのか、怯んでいる。


「しかし、娘の年代のが嫁か……。いろいろ大変そうだな」

「そうですかね?ノゾミは、料理も上手い、女性ですよ」

「ほほう、奥さんの名前はノゾミというのか、良い名前だな」


 あっ、また、言わなくてもいいことをしゃべってしまった。

どうやら、ノゾミのことが絡むと、口が軽くなるらしい。

ほら、俺の後ろで佐伯がにやけている。これは10時の休憩辺りに、話のネタにされそうだ。


「まあ、結婚式の日程が決まったら、連絡してくれ。喜んで出席するから」


そう言い残して去っていく、工場長一行。

ただ祝福してくれたのだろうか。呆然と彼らの後姿を眺めていた。





「へえ、ノゾミさんですか。あ、年下で高校生だから、ノゾミちゃん、ですね」


歩き始めると、再び、話しかけてくる。楽しそうだ。


「部長、ロリコンだったんですねー。学生服萌えーとか、制服フェチとか」


いや、それは違うから。声を大にして否定したい。


「年増の私が迫っても、私の胸を揉んできたとしても、全くなびかないはずだわ……」


いやいや、20代も後半に向かう年齢になったとはいえ、佐伯は26歳。

まだ「年増」は早いだろうに。


「16かぁ……。肌も弾力があって、張りも艶もあるんだろうなぁ……」

「確かに、張りはあったなぁ」


おっと、佐伯の独りごとに、ついつい口を挟んでしまった。

彼女のしゃべりが止まる。2人の歩く足音だけが響く。


「あのう、部長」

しばらくして、佐伯が質問してくる。


「私の胸と、ノゾミちゃんの胸、どちらがよかったですか?」


これ、どう答えても地雷だろう。ノゾミの胸に決まっている。

そもそも、佐伯の胸を揉んだときは、感触についてまで、考えていなかった。

無言を貫くことにする。


「では、質問変えます」

その雰囲気を察してくれたのかもしれない。


「もう、ノゾミちゃんとは、いたしたのですか?」

「いたすって?」


これは、意地悪な返しか。


「抱いたのですか?」

「うーん、ノーコメント」





 そう答えたころには、事務所棟に到着した。

そこからお互い仕事に入る。

書類整理や、得意先との連絡など、それなりに忙しかったため、彼女からの質問は無くなった。


だが。


 完全に忘れていた。女性が、というより佐伯が、噂好きだということを。

10時の休憩に、佐伯を中心とした女性社員発祥で、妙な噂が立つことになる。



「佐々木部長の結婚相手は高校生。いつもサワサワしてエッチし放題」



工場長の部下からの情報も手伝って、昼休みには、ウチの社員だけでなく、工場全体にまで広まっていた。

しかし、俺は、そんな状況を全く知る由もなかった……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る