第9話 佐々木希、始めます

 力強く抱き寄せられて、右肩に彼の気配を感じる。

優しい笑い声が聞こえてくる。私は、恥ずかしかった。


けど……。



★★★



 私は、相田あいだ……、いえ、佐々木 のぞみ。この春から高校2年。

今日、広島市に初めて訪れた。


 大好きなユウ兄様にいさまに許嫁として、会いに行くことが1番の理由。

それに加えて、一緒に住むことができて、結婚を承諾してもらえたらなお、いいんだけど……。

彼には、私が許嫁だということは、知らせてないと、お父様から聞いた。

私も、最近まで、知らされていなかった……。

鈴峯すずがみねへの交換留学生に選抜された夜、初めて知った。


 学校に入学したときから、広島にある姉妹校への交換留学生になりたい、そんな目標を立てて、がんばっていた。

もちろん、広島にいるユウ兄様に会いに行き、すぐに会える場所で生活するため。

そのために、日々、勉強を頑張った。そこまでは、考えていたんだけど……。


会ってからはどうするか、ということまでは、当時、中学生成りたてだった私は、考えていなかった。


 今、思い返すと、お父様は、武蔵野女子の受験理由を、知っていたのでしょう……。

私が困らないように、話を通しておいてくれたのかもしれない。


 それにしても、ユウ兄様が、このことを知らないって、どういうこと?

……もし、彼女とかいたら、どうするの?

お父様に、詰め寄ってみた。

「あー調べたから大丈夫。まあ、居ても、手は打つから、安心しなさい」

ニコニコしながら、怖いことを言ってた。


怖いよ、アイダコーポレイション。黒過ぎる。


 連絡無くいきなり訪問しても大丈夫なの?と、聞いてみた。

すると、「彼の行動は、常に把握できてるから」……なーんて、また恐ろしいことを言われた。

それでも、家にいなかったときは、連絡をくれ、と。何とかするって。


この「何とかする」という言葉、怖い。


 私の周りにも、権力と親の金を使って、身辺調査をすることに余念のないがいるから、尚更。

だから、つい、言ってしまった。

「私があっちで同居したときは、調べるのめて下さいね、見つけたら許しませんから」

お父様は、顔を青くして、「そ、そんなことは、元々してないぞ、本当だぞ」と、言い訳してたっけ。


今度、小夜さよに頼んで、この周辺を調べてもらおう、そうしよう。




 そんな経緯で、ユウ兄様の住む、広島に行くことになった。

家の最寄りの東松原から、井の頭線と山手線に乗り替えて、品川から新幹線で。

新幹線に乗ったのは、小学校の修学旅行以来かもしれない。


 私にとって、初めての独り旅。

切符の買い方など、知らないこと、未経験なことが多くて、不安だった。

けれど、それを乗り越えると、ユウ兄様に会えるので、全く苦にならなかった。、


 なんとか彼の家に到着。

ドアの前で、どのようにして声をかけようか、と少し悩んだ。

でも、彼が家に居てくれて、思った以上にあっさり部屋にはいることができて、ホッとした。

ユウ兄様は、私の顔を見て、とても驚いていた。

私は……、広島の叔母様から、毎年、メールで写真をもらっていたから、全く驚きはなかったけど。


 そして、今、許嫁で、私の大好きな男性ひとと、同居することを許された。

結婚前だから、同棲だよね。生活費の管理は、私がするし、毎日の料理も任された。


これって、ほぼ新婚生活?

もう、楽しみで楽しみで仕方がない。





……と、ここに至るまでの経緯はそうなんだけど……。

それに関係なく、私は、少し前の自分自身の大胆な行動で、それどころではなかった。


 今思い返しても、不思議。なぜ気づかなかったのだろうか。

茶化した指摘を受けても、自分が裸で対面していることを、気にしなかった。

ついつい、親が仕事でいないときに、大谷さんに助けを呼ぶような形で……。


 彼の視線が、満員電車や駅のホームで私に向けられる、卑猥なものに変化して、初めて気づく。

そこで慌てて、お風呂に逃げたけど、とても恥ずかしかった。

なんて大胆な私。

風呂場で、しばらく時間を置いて、彼の前に現れる。

「綺麗だった」という、感想まで頂いた。

あー、立ち直れない……。恥ずかしすぎる……。



★★★



 ふと、彼が立ち上がった気配がしたので、私は顔を上げる。

私の頭に、優しく手を乗せて、撫でてくれる彼の姿が映った。

嬉しい。けど、照れくさい。


 雑誌で、「彼氏にしてもらって嬉しいことランキング」の上位に、「頭を撫でられること」というものが、入っていたことを、思い出す。

そのときは、良さがわからなかったけど、されて初めて、納得する。

これはいいものだわ……。

同じ異性でも、お父様にされるものと、格段に違う。最近はさせないけど。

ほわ~っていう感じかな。あわわわわわって感じになりそう。




 私の頭をひとしきり撫でると、彼は部屋を出ていく。

お風呂に向かうみたい。部屋で1人になった。


 私はスマホを取り出す。SNSの着信が数件あることを示していた。

……そういえば、見てなかったなぁ……。返さないと。


お父様からは、4件ほど届いていた。


・無事に着いたのかい?

・優君によろしく言っておいてくれ

・連絡、まだかー


 ここまでを読んだときまでは、悪いなぁと思ってた。

返さなかった私が悪い。親だから心配するよね。


しかし、4件目


・もしかして、早くもしっぽりしているのかい?若いなぁ


「しっぽり」っていつの時代よ!

しかも、娘に送ってくる文章じゃないよ、それ。


 私たちが会ってすぐに、エッチしているって思っているってことじゃない……。

間違ってはないかもしれない。襲われたし、胸触られた。私も嫌ではなかったし……。

そのときのことを思い出すと、また顔に熱を帯びてくる。


・今日はいろいろ初体験。痛かった


 八つ当たり気味にそんな文章を返信する。

あ、親、親戚には、お嬢様言葉を使用していたのに、普通に返してしまったなぁ。

もういいかな。疲れるし。


 意味深に思えるこれを見て、お父様はどう思うかなぁ。

お父様お得意の、ひとを使って監視しているのかも……。

そのときは、小夜を使って、受けて立つけどね。



★★★



 今日の「出来事」を思い出す。

初エッチ「未遂」に終わった、夕ご飯を食べた後の出来事。


 私が「エッチしてもいいよ」と言ったことにより、ユウ兄様が暴走した。

そのときは、興味本位、話の流れで、そんなことを言ってしまったけど、今となっては、後悔していない。

より、仲良くなれたんじゃないかな、そう思っている。


 ユウ兄様の動きは早くて、一瞬だった。

押し倒されて、腕を押さえつけられて、左胸をあっという間に触られて、揉まれた。

身動きができない。されるがままって感じだった。


 男のひとってこんなに力が強いんだ、性の吐け口にされるのかな、と一瞬思った。

レディースコミックのように、乱暴されて、ひどいことになるんだろうか、という恐怖。

経験済みの友達の言う「セックスって気持ちいいんだよ」という言葉による興味。

漫画や小説、雑誌などで書かれている「快感」に対する憧れと期待。

経験済みの友達の言っていた「『初めて』は痛くて、気分悪くなる」という言葉を思い出し、怖気づく。

そして、自分の言葉が引き金になったんだ、と後で気づき、少々の後悔。

それに反して、やっと経験できるんだという、学校の友人たちに対する優越感。


 そんな複雑な思いや考えを巡らせて自分でも信じられない、あの言葉が出た。


「……初めてだから、……優しくして……」

今、思い返すと、恥ずかしい。少女漫画のヒロインみたい。


 すでに気持ちが定まってたし、彼の表情が優しく思えた。なぜか恐怖は消えていった。

男のひとは、胸が好きなんだと、友達が前に言っていた。

なので、もう片方の胸にも誘導したんだけど……。

ブラの、背中のホックも外し、もうあとは、お任せするつもりだった。


私、彼に犯されるんだ……。初めてを彼の手に……。今まで守ってきてよかった。


友達と付き合いでいった合コンでのトラブル。

毎日通う、満員電車においての、痴漢との攻防戦。

電車を降りてから、後ろをつけてきたストーカーのひとたち……。

そこまでを思い出して、目を瞑った。


しかし、私の身体から彼の気配が離れていくことを感じた。


なぜ?襲うんじゃなかったの?

目を開けると、私を見つめてくる彼の表情。変わらない優しい顔。

あっ、背中を向けた。逃げた?逃げたんだ……。……意気地なし……。

思わず、愚痴みたいなものを彼にぶつけてしまった。


彼の「コンドームを用意してないから」という言葉には反論することができた。

私たち、もう結婚するし、子供がデキても、特に問題ないと思っているから。

そんな私も、次の言葉には絶句するしかなかった。


「もう少し大きくなったら、相手してやるよ」


 私の胸が大きくなったら、セックスしてくれる。

大きくならなかったら……どうしよう……。


 胸の大きさは、私にとっての悩みの種。友達にもバカにされている。

ギリギリBカップだと、私は思っているけど、みんなは、納得してくれない。


「希様は、容姿端麗、性格もいいし、家柄もいい。勉強もできるのに、胸が小さいのがね……」


 周りの仲のいい友達だけになら、言われても落ち込まない。

武蔵野にある「希様親衛隊」の面々にも、公然と伝わっているという、事実に泣けてくる。

小夜さよには、「胸以外が完璧なんだから、いいではないですか」と、言われるけど、ユウ兄様が胸が大きい方が好きだったら、他のことはあまり嬉しくない。



 そこまで考えて、気分が沈んでくる。

胸を大きくする方法。あとで検索しようか。

今までも、気にはしていたけど、これからは本気で取り組まないと。

ユウ兄様と、私のセックス経験のために。



★★★



 ふと目の前のテーブルに乗っている封筒に気づく。

確か、この中には、婚姻届が入っているんだっけ……。


近くに転がるボールペン。


そういえば、食事が終わって片付けた後、テーブルの上には、何もなかったはず。


もしかして……。


 封筒から婚姻届けを取り出す。

彼の名前や生年月日、住所、本籍地が記入してある。


……ユウ兄様の誕生日は、11月なんだ……。覚えておこう。


 記入したのは、さっきだよね。私がお風呂に入っていたときだよね。

彼も、結婚に同意してくれた。そう思っていいよね。

胸に熱いものが、こみ上げてくる。


私、ユウ兄様のお嫁さんになれるんだ……。


小学生時代のユウ兄様との出会い。

大谷さんに教えてもらった料理の数々。

広島の鈴峯との交流を知ってからの、武蔵野への中学入試。

武蔵野での交換学生に選ばれるための、生徒会活動や成績を落とさないための勉強。

お父様が協力的だったのと、許嫁のことは、予想外だったけど、お母様を説得するのは大変だったな……。



 そんな出来事が、走馬灯のように思い出される。

涙が出そう。でも、この涙は、彼から直接、言ってもらったときに残しておこう。


まだ決定ではないから。頑張って堪える。


よし、落ち着いた。




 気を取り直して、残りの着信を確認する。

お父様からの新着があるけれど、放っておこう。


残りは、私の大親友の、山崎やまさき 小夜さよからのものだった。


・希様、周辺に不審なひと、いないです

・こちらも無事に引っ越し終わりました

・早速、優様と……。初体験未遂、残念でしたね

・希様のアノ声、聴きたかった



 そんな4件のメール。

1件目は業務用メール。そうか……、不審なひといなかったのね。

彼女も鈴峯へ編入ということで、多分、このアパートのどこかの部屋に引っ越ししているはず。


……そして、小夜!後ろの2つ、いらないから。

確かに、私たちの身辺警護を頼んでいるけど……、ホントに困った……。



★★★



 小夜の家は、警備会社をしている。

普通のセキュリティー関係の仕事が、大半とのことだけど、要人警護も裏の仕事で請け負っているらしい。


 親友ということで、格安で、私とユウ兄様の警護を2つ返事で引き受け、広島まで来てくれている。

私はアイダコーポレイションの社長の1人娘、ユウ兄様はその許嫁で次期社長ということで、早くから広島支店と共同で動いてくれていた。


 アイダコーポレイション、お父様が一代で築いた新興会社なので、敵が多いらしい。

そういう意味では、小夜との関係は、雇う、雇われる関係なんだけど、彼女は私の大事な親友。

彼女にとっての私は……。


 彼女にとっては、アイダコーポレイション次世代の私たちに取り入って、旨味をもらうための布石なのかもしれない。

お父様が雇っている会社と、彼女の家の会社が、売り上げを争っているとか、聞いた覚えはある。


でも、私から見ると、小夜って、ただの「女の子好き」の頼りになる親友なんだよね。


★★★



小夜をあまり待たせるのも悪いので、返信する。



・無事に同棲はじめました

・ユウ兄様に「胸が大きくなるまでセックスしない」って言われた!

・いい胸の大きくなる方法知らない?



小夜にそんな文章を送る。まあ、こんなこと、小夜にしか言えないし。


すると、すぐ返信が来た。


・希様、その美乳がいいんです。優様、許すまじ


 本当にこの娘は……。残念すぎる。

その美乳って……。いつ、確認したの?修学旅行?

私は、ため息をついて、スマホの操作を止めた。




 今日、無事に広島のユウ兄様に会えた。そして、同居を許してもらった。

ユウ兄様には、「ユウ」と呼べ、と言われてるけど、未だに恥ずかしくて「ユウにい」としか呼べない。




ああ、これから一大イベント「就寝」がある。

布団、もう1セットあるのかなぁ……。

1セットしかなかったら、ユウ兄と添い寝なのかなぁ……。

そうなると、いいな。


あ、お風呂から出たみたい。


 心を弾ませて、ニコニコ待つ私。

ユウ兄様と久しぶりに会ってハプニング満載な、今日・3月28日。



……まだまだ、終わらせたくない。

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