第6話 攻略は胃袋から
ノゾミはキッチンで作業中。
俺が頼んだ「玉ねぎのみじん切り」をしている。
父親との通話が終わり、キッチンの方向に目を向けた。
そこには、こちらを向いて困った顔をして佇んでいる彼女の姿が。
表情から、俺に助けを求めているのは、明白だった。
左手には、黄緑色の玉ねぎを持っている。
「ユウー……」
「どうした?」
「玉ねぎの皮がむけないですわ……」
なんですとー!
「ツルツルして、どこから皮をむけばいいか、わからないですわ……」
あきらかに表情が沈んでいる。先ほどの自信はどこ行った。
彼女の手元の玉ねぎを観察する。
頭はとんがっている。茶色い乾いた薄皮は、すでにむいているようだ。
下には根っこ部分が付いたまま。
「……皮はむけてるよな」
俺は彼女から玉ねぎを受け取り、包丁で上下部分を真っ直ぐに落とす。
「ほえー」
彼女は、その様子を左側から覗き込んでいる。
俺は彼女に、包丁を手渡そうとする。しかし、彼女は受け取らない。
仕方がないので、作業を続ける。
玉ねぎを半分に切る。5ミリ幅くらいに切り込みを入れる。
切り込みの直角に包丁を当てて、切り刻む。
包丁の刃先を左手で固定して、柄を上下に動かし、より細かく刻んでいく。
刻み終わったものをボウルに移す。
「目が、目が痛いですわ……」
振り向くと、目をこすって悶絶している彼女が見えた。
玉ねぎはあと半分ある。
再度包丁の柄を持って、彼女に手渡す。
彼女は包丁を受け取り、玉ねぎに向かった。
縦に切る。4分の1になる。それをさらに切る。
順調に小さくは、なっている。
みじん切りというより、くし切りになるのか。
手元はぎこちないが、形にはなっている。
包丁は使えるようだ。
俺は後ろから様子を見ながら、胸を撫で下ろす。
先程の「冷凍食品」発言を聞いて、包丁は使ったことがないのではないかと疑っていたからだ。
ある程度小さく切ってからは、俺がしたように、包丁の刃先を押さえつけて、柄を器用に上下させて切り刻んでいる。
「さっきはなぜ、とまどっていたのかい?」
ここまで包丁を使うことができるなら、手伝う必要はなかったように思う。
「玉ねぎの上と下を切ることを忘れていたのですわ」
マジですか。切らなくても、半分にしてしまえば、作業を進めることができると思うのだが。
「何か、作業が抜けている気がしたのですわ……」
彼女は、ボウルにみじん切りした玉ねぎを移しながら、言葉を続ける。
「みじん切りは、機械を使ってやっていましたので、その方法は初めてでしたわ……」
だから横で、食いつくように観察していたのか。
「では、玉ねぎのみじん切りを使う、ノゾミの作れる料理は?」
そんな質問をしてみる。
「冷凍食品命」みたいな発言をしていたので、期待はしていなかった。
「焼き飯ですわ」
まっとうな答えが返ってきたので、驚く。
「作れるのかい?」
思わず、そんな失礼な質問をしてしまう。
「もちろんですわ」
予想外に、しっかりした答えが返ってきた。
「だったら、作ってくれるかい?」
「ユウのためなら、喜んでつくりますわ」
そう言って彼女は、冷蔵庫と冷凍庫、キッチン棚の中身を確認する。
先程の「冷凍食品がないと料理ができない」発言は何だったのか。
ご飯は炊飯器の中にあることを伝えると、彼女は、テキパキと料理を進めていった。
★★★
テーブルの上に料理が並んでいる。
焼き飯。
冷凍庫に入っていた鶏のむね肉と、先程の玉ねぎ、冷蔵庫に入っていたニンジンが入っている。
一般的に目にするものが、間違いなくそこにあった。
普段、機械を使っているという、みじん切りをするときの動きは、見ていてハラハラした。
しかし、他の包丁を使う作業や、鍋に入れる順番などは、安心して見守ることができた。
それに加えて、ノゾミはサラダも作ったようだ。
キャベツをちぎったものの上に、ゆで卵の輪切りが乗っている。
さらに、マヨネーズに酢を混ぜて作られた、ドレッシングが別皿に用意されていた。
サラダに、お好みでかけるということなのだろう。
飲み物は、冷蔵庫にあった麦茶をコップに注いで用意してあった。
テーブルを挟んで、向かい合うように座り込み、食事を始める。
焼き飯をスプーンですくい、口の中に放り込む。
さらに、サラダにドレッシングをかけて、かぶりつく。
「お口に合いますでしょうか?」
ノゾミが不安そうに聞いてくる。
「美味しいよ、驚いた」
どちらも文句なく美味しい。
それを見た彼女は、安心したのか、笑顔を浮かべる。
「あと、トマトがあったら彩りが……キャベツではなく、レタス、が欲しかったですわ……」
そんな独り言が聞こえてくる。
「彩りなんて、いいだろう」
「いいえ!彩りは大切ですわ」
独り言に対して、軽い気持ちで返すと、強く否定される。
2つの瞳で睨まれる。穴が開きそうな、そんな気分になる。
しかし、悪い気はしない。美人の睨んでいる顔は、ご褒美に近い。
「豊かな食卓、盛り付け、そして、彩り。それは気持ちを明るくしますわ!」
言い切られた。そういえば、「盛り付けは得意」と、言っていたような気がする。
地雷を踏んでしまったのか。これは気を付けないと。
「それにしても、美味しいな」
俺がそう言えば、先程の強い睨みが解除されて、ニヤニヤし始める。
先程の睨んだ顔もいいが、こちらのニヤニヤして、ふやけてる笑顔もまた、ご褒美である。
「褒められると、嬉しいですわ」
ここまできて、ふと疑問に思う。
「そういえば、『冷凍食品がないと、できることがない』と言っていたけど、なぜ?」
そう。焼き飯やサラダが用意できて、盛り付けもできる。
彼女はなぜ、そんなことを言ったのか。ものすごく不思議である。
「……えっ?そんなこと、言ったかしら?」
そう言っているノゾミは、目線を合わせてこない。
「ユウの気のせい、ですわ……」
そうか、気のせいか。気のせい……んなわけないだろう。
「そんなわけないだ……」
「気のせいですわ」
「いや、でも」
「気のせい、ですわ」
「えっ?……でもさ」
「ユウ
わざわざ「ユウ兄様」呼びして強引に押し通そうとしている。
そして、睨まれる。その睨み顔、俺には通用しない。ご褒美なのだ。
これは、答えそうにないな。
会話を止めて、食事に集中する。食事を平らげる。
「で、冷凍食品は、良いものなのかい?」
時間を空けて、違う方向から切り込んでみる。
「良いものですわ」
彼女は、サラダを食べながら答えてくる。
「毎度の食事や弁当で楽ができますわ」
そうだよな、間違っていない。
「冷凍食品があれば、料理ができることを隠せますわ」
ん?何をおっしゃってるのかなーノゾミさん。
「料理ができないと思われましたら、私、料理しなくて済みますわ」
ほほう。これ以上聞いていてもいいのだろうか。それでも彼女は続ける。
「料理って、いろいろ面倒ですわ。私ではなく、ユウ兄様が毎日やってくれると、楽ですわ・・・」
彼女は、悪いことを考えているような顔をしている。
考えているような、ではないな、間違いなく考えているな。
「ほほう。料理をしたくないと……。ふーん、そうかー」
今、俺は意地悪な表情をしているだろう。
彼女の方は、口に右手を当てて、慌てた表情を浮かべている。
「まあ、俺としては、どちらでもいいけどね」
「え?あ?あのう……」
「学生は忙しいだろうから、いいよ」
「……」
「焼き飯美味しかったし、俺としては毎日食べれたら、嬉しかったけど、残念だなー」
未練たらたらだな、俺。自分でもどうかと思う。
でもさ、彼女が隠れて策を練っているようで、少し気に入らなかったのだから、仕方ない。
少しいじけたふりをした。これくらいは許されてもいいのではないだろうか。
「……ユウ……」
ノゾミは、沈んだ声で俺の名前を呼ぶ。落ち込んでいるのか。
先程の慌てた様子ではない。目線は下を向いている。
自分の悪だくみを知られてしまって、気まずいのかもしれない。自業自得だと思うが。
「お金を頂戴。生活費の管理、私がする」
彼女はいきなり、そんなことを言い出した。
目を見開いた俺に、目線を合わせて、ニコリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます