第4話 女子高生的許嫁

 3月27日日曜日。俺に「許嫁」がいることを知った。


 いることを知っただけなら、そこまで生活は変わらない。

「許嫁が存在する」と知ったその日に、本人が押しかけて来た。


 押しかけてくるならまだいい。

一定の距離を取っていろいろ考えて、対処することができる。


 さらに、一緒に住むと、そう宣言された。激動である。


 16歳の、未成年の、高校生。しかもかわいい。容姿については、文句はない。

今の時点で、彼女に対して恋愛感情があるのかは、わからない。

30代に足を掛けた者からしてみれば、高校生くらいの少女は恋愛対象というより、庇護対象。

こんな娘や妹が欲しいなぁ、そう思ってしまう。




 親の決めた許嫁が、突然訪れる。

恋愛ゲー、ギャルゲーで、よくあるパターンである。

しかし、現実にこの身に起こると、経済的、生理的、物理的に様々な齟齬が生じる。

悠々自適の1人暮らしが、もう1人の個を気にかける生活に変化する。

それだけを取っても、十分面倒である。


 賢い諸兄の方々からすると、断ればいいじゃないか、そう思うだろう。

押しかけてくる者って、ただただ、迷惑なだけだ、と。

しかし、その選択肢は、なぜか思い浮かばなかった。


なぜだろうか。


 自分を問答無用で好いてくれている、そんな状況のせいなのかもしれない。

なんだかんだ言っても、自分のことを好きでいてくれる存在は、貴重で嬉しいものだ。

性格については、これから解ってくることだろうが、容姿については、かなりい。

一緒に話をしていても、精神的苦痛はない。


 むしろ、なぜ俺は、このに好かれ続けているのだろう、そう疑問に思ってしまうほどだ。


 逆に、婚姻届を完成させて、既成事実をつくってしまえよ、そう思う方々もいるだろう。

本人も親も結婚について、反対していない。

親に至っては、なぜか娘を押し付けている感、すらある。

これに関しては、俺と彼女、両方の親の思惑や理由がありそうである。

だが、それが何であるのかは、現時点では全くわからない。


 幼妻おさなづまを娶って、同意を得ず、快楽を貪る。まるでゲームのように。

嫌だと悲鳴を上げられても、「俺が好きなんだろう?」と、押さえつけて身体関係を持つ。

そんな鬼畜、極悪非道とされることも、この現状ならば、できたのかもしれない。


 それでも俺は、彼女に襲い掛かることもなく、そんな関係になろうとも思わなかった。

彼女からの挑発に、現時点では相当、まいってはいるけれども。


 また、彼女の望んだ「結婚」に踏み込むこともなかった。

成人してもいない彼女が、考えなしに行動しているように見えてしまったからなのだろうか。

それとも、突発的に結婚して、近い将来、俺に対して幻滅されることが怖かったからなのだろうか。

俺としては、もう少し時間が欲しかったのかもしれない。

自分だけではなく、相手の人生をも左右する「結婚」という選択。


 いろいろ考えた結果、勢いだけでは、踏み込めなかった。


 俺は、思った以上に「常識人」だったのだろうか。

あるいは「ヘタレ」だったのだろうか。

もしくは、「未成年略取」の犯罪が怖かったからだろうか。

ただ、「少女の望むこと」に流されているだけなのだろうか。


 そのじつはわからない。


「相田希」という人間を知って、より良い「未来」を見極めるため。

そんな「模範解答」のような「理由」を言い訳にして、対処することにしたらしい。

「したらしい」

……自分自身のことのはずなのに、まるで他人事。

笑いが出てくる。「ヘタレ」説が高そうだな。




★★★




 冷静に自己分析をすると、そんな感じではあるのだが、時間は待ってくれない。

今日から、2人で生活していくことが、決まった。

ただ、現状、この家に有る物だけでは、足りないはずだ。

とりあえず、何が有って、何が足りないのかを、把握しておきたい。


「希さん、キャリーバッグの中には、何が入っているんだ?」

寝転がって、スカートの裾をつかんで、波のように動かして遊んでいる、彼女に聞いてみる。


「あ、その前に」

思いついたようにそう言うと、体を起こして座り込み、俺に向き直る。


「『のぞみさん』って呼び方、他人みたいですわ」

不服そうに呟く。俺の目を見つめてくる。


「『ノゾミ』って、呼び捨てで、お願いしたいですわ」

「え」

「他人みたいということもありますが、ユウ兄様には、『ノゾミ』と呼んで欲しいですわ」


あーなるほど。うーん、ならば。


「では、俺も『ユウ兄様にいさま』ではなく、『ユウ』と呼んでもらおうかな」

様付けは、あまり慣れてないんだよな・・・いい機会だから言ってみた。


「ユウ兄様は、ユウ兄様ですわ・・・呼び捨ては恥ずかしいですわ・・・」


 そう小さな声で呟いている。俺に顔が見えないよう、反対方向を向いている。

顔は真っ赤に染まっているようだ。かわいいので、少し意地悪してみよう。


「ノゾミー!……試しに俺のこと、呼んでくれるかな?」

「!」


 ビクンッと、彼女の体が弾んた。

いきなりの呼び捨てに対して、心の準備が追い付かなかったらしい。


「ほら、ほら、ノゾミー。呼んでみてくれよー」

「……ユ……ウ……?」


「あれー?聞こえないなー」

「ユウ……」

「もう1度!」


 そんなやり取りを続ける。面白いなー、かわいいなあ。癖になりそう。

何回も繰り返す。


「ユウー!……もう、知らないですわ!恥ずかしいですわ、意地悪!」


 彼女が怒ってしまった。そっぽを向く。

立ち上がって、俺から離れようとする。

しかし、残念ながらこの部屋は6畳の洋室。逃げ場がない。

そんな彼女を、ニヤニヤしながら見つめる。

おっと、本題を忘れそうになったので、話を元に戻す。


「……ノゾミ。家からは何を持って来たんだ?」

彼女にそう質問して、キッチン横の大きなキャリーバックを指さす。


「いろいろ入ってますわ。取り出した方が早いですわ」

そう言って、キャリーバッグを取りに行こうとする。


 俺は、彼女を制して、取りに行ってくる。

思ったよりも重い。いったい何が入っているんだろうか、この中に。

キャリーバッグを開ける。中には、ぎっしり隙間なく入っているのが見えた。


「あーっ!」

ノゾミが叫んだ。

「見ないでください、恥ずかしいですわ」


 そう言って、キャリーバッグと俺の間に体を滑り込ませる。

ノゾミさん、俺の胡坐の上に座っているのだが、そこは恥ずかしくないのか。

俺の脚の上に存在する、ぬくもりと2つの量感。

後ろから抱きしめたら、どんな反応を示すのか。やってみたい、でも、今回はやめておこう。


 急な彼女の行動にそんなことを考えていたが、肩口から観察していて納得した。

様々な色の下着が見えた。恥ずかしがるのは無理はないな。

ただ、今の時点では、収納するところがない。

結局、俺の目の前に晒す未来が待っていたのだが、なるべく見ないように努力する。


 キャリーバッグの中には、様々なものが入っていた。

下着の他、春から夏にかけての普段着、パジャマ、キャミソール、靴下などの衣服。

筆記用具、学校の教科書やノート、コミックやラノベの書籍類。

コスメ関係や洗髪関係のボトルや軟膏類、学生カバンやセカンドバッグ。

そして、ノートPC。


「よくこれだけの物が入ったなー」


 いろんな意味で関心していた。そして、外に出したものを観察する。

書籍類は、カラーボックスを整理したところに入るだろう。

コスメ関係のものは、浴室の洗面台にでも置けば、なんとかなりそうだ。

ノゾミに話すと、同意してくれた。


「クローゼットは要りそうだな……」


 ここに有るものは、春夏もの。1年で1番、衣服の嵩の張らない。

女の子だし、洋服は増えていくだろう。これは購入しなくては。


「えっ、悪いですわ、わざわざ買ってくださるなんて」

「まあ、遠慮するなよ。ある程度なら、出せるから」


 ノゾミがすまなそうな表情をするが、これは社会人としてのプライドである。

一緒に住むと決めた以上は、必要ならば、購入していくことに迷いはない。

……と、いうより、俺の服の方が少ないんだよな……。

引き出しのある棚を購入して、俺の衣服を移動させる方がいいのかもしれない。

あとは……勉強机か。今出しているテーブルでいいのだろうか。


「勉強するところだけど、このテーブルでも大丈夫?」

彼女に声をかける。


「もーんだーいないですわ。パソコンもそこに置くつもりですわ」

そう言いながら、ノートPCをセットしている。

丁度よかったので、無線LANのパスワードを教えておく。


「では、ここの引き出しに入っているものを出すから、下着とか入れていってー」

俺はそう指示だしながら、収納の引き出しから、自分の衣服を出していく。


「それから、あの付近にコミックとか置いていいから」


 ノゾミは俺の指示に従い、キャリーバッグから出したものを片付けていく。

小ぶりのブラジャーや、かわいいフリフリ付きのパンツなども、無事に引き出しに収納されていった。

その代わりに、俺の下着やTシャツが床に並んでいくのだが。

もう、1つの引き出しにまとまらないか?

なんとか押し込むことに成功した。




 全部の作業をやり終えて、部屋が片付いたときには、すっかり日が暮れていた。

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