僕から君達へ

Orca Masa

僕から君達へ

春の青い空、吸い込まれそうなくらいの、雲一つない空。

この世界のどこまでも続いてるこの景色はいくら見ても見足りない。


「はぁ」


彼は防護服の中でため息をついた。この空の美しさに対してついたのではない。


「燃料どうしようか」




西暦20XX年、核戦争が勃発し、世界中が巻き込まれた。

街という街は破壊され、森という森は根こそぎ吹き飛び、湖という湖は蒸発し、海という海は汚染された。

やがて核はお互いの司令部を潰し、ようやく戦争は終わった。



しかし、長く続く黒い雨、死の灰、異常気象などによって人類や動物、植物はその数を徐々に減らしていった。人間は宇宙船で遠く宇宙へと旅に出た。今では動くものは自分と機械。緑色や青色のものは塗料だった。

そして、数年後。この世界には彼しかいなくなった。彼も宇宙船のチケットを持っていて乗れたはずだったが、ステーションへの道が瓦礫で埋まっていて時間までに辿り着けなかった。




「そろそろ帰るか」


かつては人も多く、夜も眠らない街と言われたこの一帯もすっかり静まり返っていた。

いたる所にガラス片や建材、車の残骸が散乱している。


「あ、晩飯あるかな」


彼はそう言うと近くのビルのシェルターへ入った。ここ数日食事らしい食事はしていないから空腹は限界だ。食べられる身体かはさておき。


ここにも昔は人がいたらしい、空いている缶詰などがそこら中に散らばっていた。


「お、見っけた」


やっと桃缶を見つけたが穴が空いていた。長い間放置されていたのだろう。ブリキの缶詰は傷がついたために腐食が進行し穴が空いたと見える。


「仕方ない、どの道食えないんだし…帰るか」


彼は諦めてシェルターを出た。



ここから数キロ先の自宅のシェルターが今の彼の家だ。父が富豪だった彼は核戦争の際に大量の備蓄品を持っていたが、既にそれも底をついていた。


食料は核戦争の際に、不安定になった地殻による度重なる地震で潰れたり、割れたり、汚水で汚染されたりしたのですぐに無くなった。


燃料は冬の間の暖房や、自家発電機で使っていたら、つい昨日無くなった。


水がなくなったのは食料と同じ理由と、もう一つあった。


「ただいま」


そう言ってシェルターに入った。使い捨ての防護服を脱ぎダストボックスに入れる。最後の防護服だった。椅子に座り、テーブルに肘を乗せて頰杖をついて、ため息をついた。


「もうここからは出られないな」


「はいよ、水だよ」


「あーあー、ダメだろこぼしちゃ。俺だって欲しいんだから」


「あ、栄養もちゃんと摂れよ?桃缶の残り汁しかないけど…。死んだら元も子もないぞ?」


「俺の分は要らないよ。もう食えるものは無いからさ。」


その時、大きな地震が起きた。シェルターはもうボロボロでいつ潰れてもおかしくない。

…今回は凌いだようだ。


「ゴホッゴホッ」


不意に咳が出た。口を抑えた手には血が大量に付いていた。かれこれ1週間近く続いている。


「…俺はなぜ生き残っているのだろうな。生存者なんていないのに」


「もうお前だけだよ、俺のそばにいるのは」


遠くの方で地鳴りのような音がした。また地震だった。それにさっきのより大きい。


「マズイ…」


そう言って彼は部屋のテーブルの下に隠れた。

今回の地震はこのシェルターについにトドメを刺した。壁のコンクリートが割れ、地下水が染み出てきた。天井は一部が崩落し、日の光が差し込んだ。


ようやくおさまると部屋の中はもう過ごせない程に荒れていた。土で汚れた穴の空いた桃缶が転がってきた。


「…仕方ないか。少し街を歩こうか」


そう言って彼はテーブルの上のペンダントを首に付け、生身でシェルターから出た。




「ここは昔、よく遊びに来たな」


彼は家の近くの公園に来ていた。ここでは家族でよくキャッチボールをしに来ていた。


『パパ、いくよ!』


『お、上手くなったな!投げるぞー!』


『2人ともー!そろそろお昼にしましょうー!』


『はーい!パパ行こう!』


『イエッサー』


『今日は唐揚げ弁当を作ったのよ!ジャーン!』


『お、美味そうだな!』


『『『いただきまーす!!』』』




「もう随分と昔のことのようだ…」


「次はあそこに行こう」


向かったのは商店街だった。


「ここで誕生日プレゼントを買って男同志の約束したよな…」


ふと、とある店の前で立ち止まった。昔は小さなおもちゃ屋だった。


『パパ、あれが欲しい』


『どれだい?』


『あそこの飛行機のおもちゃ!』


『うーん、ちょっと高いな…お父さんのお給料じゃ買えないな…。おじいちゃんに会った時に頼んでみよう?』


『いやだいやだ!あれ欲しいの!』


『ダメでしょワガママいっちゃ。お父さん困ってるわよ』


『だって…』


『よし、分かった』


『あれを買ってあげよう。ただ、約束だ。もう二度とワガママ言わないって約束、出来るかな?』


『うん!する!』


『よし、じゃあ買ってあげよう!』


『わーい!』




「ゴホッゴホッ…」


「あぁ、頭がぼーっとしてきた…」


「帰ろうか」


家はすぐそこだったが、彼には遠く感じた。



門を開けて家の庭にある花壇のレンガ枠に腰掛けた。もう歩けそうにない。


「ゴホッゴホッ…ゴホッゴホッ」


話すのも辛い。


「僕が君たちに出来る最後のことは」


そう言ってそれまで手に持っていたものを花壇に植えた。


「これくらいだ」


そう言って視線を空に向けた。


(ああ、綺麗な空だな)


(あの空の向こうに2人ともいるのだろうか)


そう思ってペンダントを見た。裏には息子と妻の写真がある。2人は宇宙船搭乗の日、別ルートからステーションに向かっていたので、きっと乗れたはずだ。

あの日もここから電話をしていた。


『パパ、もうすぐ出発するよ?』


『あなた、大丈夫なの?今どこ?』


『大丈夫さ、目の前にステーションが見えるよ』


『ホントなの?』


『パパ、パパ』


『大丈夫だ、心配するな』


『僕、パパを迎えにいく』


『だめよ離れちゃ!迷子になるわよ!』


『だって、パパいないもん!』


『その飛行機を買ってもらった時に約束したでしょ!ワガママ言わないって!』


『でも!パパいないもん!』


『…パパがお話したいって』


『なーに?』


『いいかい?ママと先に乗っててくれるかな?パパはすぐに追いかけるから、な?』


『…うん』


『ちゃんと約束守ったらもっと大きい飛行機のおもちゃ、買ってやる。約束だ』


『…分かった』


『ママに代わって?』


『…もしもし?』


『あの子を…頼んだよ』


『…ええ、もちろん』


『愛してる、2人とも。心から愛してる』


『私もよ…あなた』




(ごめんよ…パパ、約束…果たせそうにないよ)


(しばらく、休ませてくれるかな)


(目が覚めたらちゃんと買ってやる。大きな飛行機のおもちゃ、買ってやる)


(そして)


花壇の方を向く


(君達は、平和で素敵な世界を作る礎になってくれ)


(それが、僕から君達へ託す願いさ)


彼はゆっくりと目を閉じた。


(また、3人で幸せな生活が送れますように…)




地球で最後の人間が滅びた時、花壇に植えられた2つの小さな植物の芽は、優しいそよ風に揺れていた。

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