第11話 ダミアンがおかしい
〈第四章〉
気をつけながらも急いで階段を登ると、そこはいつもの光景とは違っていた。
黒猫姿のマキアが牢の外に出ている。その隣では、青ざめた監視役の兵士もいて、二人とも牢の中を凝視していた。牢の中からは、黒煙があがっているが、その量が尋常ではなかった。
「マキア!」
フレッドが声をかけると、安堵したようにマキアがこちらに駆け寄ってきた。そして、エルナに飛びつく。
「困ったよ」
そうぼやくマキアに、エルナは首をかしげる。素早く牢の中を覗いたフレッドが、マキアに声をかける。
「どういうことだ。ダミアンがおかしいぞ」
おかしいのは最初からではないのか。フレッドの口調はそういったからかいとは違い、緊張をはらんでいた。
「どういうこと?」
エルナが尋ねると、黒猫は困ったように目を伏せた。
「いつもどおり呼び出してみたんだけど……半分成功、半分失敗って感じなんだよね」
意味が分からず、マキアを抱いたまま恐る恐る牢に近づいた。
牢の中では、黒煙に包まれたダミアンが膝をついてうつむいていた。いつもどおり、おかしなキラキラ衣装に赤い髪。だけど、あの能天気で底抜けにバカなダミアンの表情ではなかった。
顔をあげて、ゆっくりとこちらを見る。射るように光る目と、むき出しにされた牙に思わず一歩下がる。
まだわずかしか会っていないが、そのダミアンと、今ここにいるダミアンは別人のようだった。
「マキア、説明して。あなたが呼び出したんでしょう?」
「うん、まぁ、そうなんだけど……ボクにもよくわからないんだ」
ひげを動かして、不安げに目を動かす。飄々としたマキアにしては珍しかった。
「説明しようにも、アイツ、ひとこともしゃべらないし、ボクにも何がなにやら」
なんで他人事なのよ、と言いたくなったが、今はそれどころではない。
「だけど、いつもと違うんでしょ!」
エルナが食いかかるように問いかけると、マキアは尻尾をぴんと立てた。
「う、うん。いつもはぽこんと、ボクの作った次元の狭間から落ちてくる、といった状態なんだけど、今回はその次元の狭間が大きくてさ……おかしいと思っていたら、コイツが這うように出てきて。ボクもびっくりして、思わずこの姿になって逃げ出しちゃったんだ」
「あなたが呼び出しておいて、驚くっておかしいでしょう」
エルナはあまり声を荒げないように注意した。驚かせたら、ダミアンが何をしでかすかわからない。
牢から目を離さず、フレッドが声を出す。
「エルナ、どういうことかわかるか?」
わかるか! と声を荒げて反論したいが、どうにか抑える。
「……わからない。マキアにすらわからないというのだから」
答えは結局一緒だが、むきになるわけにはいかない。努めて冷静に答えた。
「だよな……」
フレッドは、自分のあごをさすりながら、真剣に悩んでいる。今まで気が付かなかったけれど、それはとても美しい横顔だった。
……何を考えているの。
自分がろくなことを考えていないことに気が付いて顔を赤らめる。それどころではないのに。
「エルナ? 顔が……」
「気にしないでください。マキア、詳しく状況を説明して」
マキアから聞かないことには、どうにも理解出来ない。すべてを聞かないと先には進めなさそうだ。
だが、猫姿のマキアは退屈そうにあくびをする。
「嫌だよ」
「どっ……どうして」
思わず大きな声が出そうになる。声をひそめて、エルナは問い詰めた。
「当たり前でしょう? ボクはこの世界を滅ぼしに来たんだ。アイツがちゃんと仕事をしてくれれば、ボクの願いは実現する」
そういえば、そうだ。もともとマキアは恐ろしいことを考えていたのだった。
何も出来ない以上、マキアの説得に動くしかなかった。今までで、一番心を開いているのはエルナであると、フレッドも言っていた。ならばそれは、エルナの仕事だ。
何が何でも、考えを変えさせなくちゃ。
だけど、一方的にやめろ、と言ったところで聞く耳など持たない。
どうにかして、少しずつでも情報を得ないと……必死で考えながら、牢の様子を見る。
ダミアンは、未だじっとしているだけだった。それが余計に不気味だ。
「まだ、肉体と精神がくっついていないのかなぁ」
ぼやくように、誰にも聞こえないように言うマキアだが、エルナは聞き逃さない。
マキアは、半分成功、半分失敗、とも言っていた。だから、これはある程度はマキアの思ったとおりなのだ。ただ、どの程度成功しているかは、マキア自身もわかっていない。ダミアンも動かない。すぐには動き出さないのかもしれない。きっと、時間はある。おそらく、何日もかけてはいられないだろうけれど。
エルナは頭を動かしながら、フレッドに近づく。
「りんご、持っているよね」
強張った声に、フレッドは驚いたようだ。そして、ちいさく頷くと兵士に小声で指図すると、兵士は慌てて取りに行った。そばにおいてあったらしく、すぐに戻ってきて、茶色の紙に包まれたりんごを差し出す。
「どうするつもり?」
りんごに反応したマキアが、フレッドの気持ちを代弁するかのように問う。不審顔の二人を他所に、エルナは考えていた。
「ちょっと、マキアと二人でお話してこようと思うんだけど、いいかな」
固い笑顔に、フレッドは眉をひそめる。だが、エルナの決意に満ちた表情は、止めることをはばかられるものだった。
フレッドは躊躇ったようだが、すぐに了承した。
「わかった。何かあったら、マキア、どうなるかわかっているな」
そう言うと、マキアの首を掴んだ。泣き声をもらして、マキアは必死にエルナの腕の中で暴れる。
「やめてフレッド! 酷いことしないで。ね」
優しく言うと、フレッドは手を離し、マキアはエルナにしがみつくようにひっついてきた。フレッドに対しては、大きな瞳で睨みつけている。
いい兆候だ、と思った。マキアはフレッドへの不信感を露にする一方、自分を守ってくれたエルナに信頼を寄せ始めている。
これでも、イカサマディーラーとして人の心を読めるよう、日々研究もした。
どれだけ負ければ、人間はその事柄に対して嫌になるか。
人それぞれだから、客の顔を覚えて、ちょうどいい加減を探していた。負け続けても、最後に少し儲かればいい思い出しか残らない。負けっぱなしのままでは二度と来てくれなくなるし、早い段階で勝たせてしまうとベネディクトに怒られてしまう。
まさか、異世界の人間と対峙するとは思ってもみないから、それが役に立つかはわからないが。
やるしかない。ここで、フレッドの役にたとうと決めたのだから。
「ねえマキア。その姿のときはいつも、高いところにいるって言っていたよね。私も連れて行ってくれないかな」
はっとなるフレッドが、視界に入る。それは、兵士でも登れないようなところだと言っていた。危険なことは承知だが、相手の好きな場所のほうが、きっと心も許してくれるはずだ。
フレッドが止めたがっているが、それを目で制して、エルナは続けた。
「そこで、少しお話しようよ。りんごあげるからさ」
優しすぎる声は、逆に不信感を与えてしまう。なるべくいつもと変わらない調子で続けたが、どうしても媚びてしまいそうになる。
マキアは、幾分怪しみつつも「別にいいけど」と言った。どうせエルナごときに何も出来ないだろうと思っているのだ。だが、少し舐められている方がやりやすい。あまり警戒されないだろうから。
「じゃ、行こう」
エルナは、マキアを床に置いた。
「置いていかれないでよ」
エルナを見上げて、マキアは笑う。そして、颯爽と美しい肢体を動かして歩いてゆく。
「エルナ、気をつけろよ」
どこか悔しそうな、歯噛みをした顔で声をかける。そんなフレッドに対し、エルナは笑顔を返してマキアの後についていった。
後ろでは、フレッドが兵士の増員や、警備などの通達事項を指示していた。
フレッドにはフレッドの、エルナにはエルナのやるべきことがある。そう信じて、マキアの後についていった。
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