第4話 憎しみの巨乳

〈第二章〉



「フレッドって王子様なのですか?」

 医師からも問題ないとお墨付きを貰い、その日の夕食の時間、フレッドと(もちろん兄も)夕食をとることが出来たので尋ねてみた。もしかして、と思いつつ、自分から身分を明かそうとしないところが怪しすぎる。現に今も

「は? 俺が王子? 何言っているのだよ」

 と、手を震えさせながら、野菜をうまく口に入れられない。相当図星なのだという様子だ。

「言いたくないならいいのですけれど、バレバレじゃないかな、と」

 やっぱりそうだったか、と思いつつ、エルナはさほど気にしていなかった。

 王子と言われても、ぴんと来ない。

 言うなれば、舞台の上の美しい役者と一緒だ。目の前にいるが、交じり合うことのない存在だと分かっている。役職なんてどうでもいいと言ってしまえばそこまで、という存在に感じられた。

 この場所も、舞台のようにきらびやかだ。広い部屋の壁と床は赤い布で飾られていて、中央に長いテーブル。装飾品で飾られ、きらびやかな内装。数十人座れるところにたった三人。贅沢なものだ。

 もちろん、親しく会話もしたのだから「役者」とは違うのだけど、あまり親密にはなれないと思っていた。

 もし、王子であるにも関わらずぐいぐい媚びていたら、なんという無礼者、出て行け! とここからつまみ出されるかもしれない。そうなっては大変困る。これはムダな妄想ではなく現実的なことだ。

「バ、バレバレか? みんなには、俺の名を言わないよう頼んでおいたのだが」

 額の汗をぬぐいながら、大真面目に言うフレッドがおかしくて笑ってしまう。

「だって、道を譲られたり門番に顔がきいたり、王子じゃなきゃ無理でしょう」

 あんまり馬鹿にした態度をとるとつまみ出されて云々かんぬん――なのだが、それでもフレッドには気安さがあった。

「何か、まずいか?」

 何を気にしているかわからないが、おどおどとエルナの様子を窺っている。

「どっちでもいいのですけど……確認したからには、こういう話し方まずいでしょうか」

 エルナは随分気安く話していたことに気付く。最初に比べれば、かなり砕けてきている。

 フレッドはようやく落ち着きを取り戻したようで、小さく首を振った。

「いや、今のままでいい。そう思ってもらいたいから、一応隠していたわけで……名前もそのままで」

 フルゥアの王子の名は、フレデリック・アスピだ。あまり顔は知られていないが、名前ぐらいなら国の誰もが知っている。

「そう言うなら……今のままで」

 話は進んでいるが、当然食事の手も進んでいる。上品に会話をしている間は食べない、なんてものはない。汚くならないようにはしているが。

 隣でもくもくと食べているベネディクトは、さっさと食べ終えたようだ。

「エルナ、さっさと食べて部屋に帰るぞ」

「帰るって……兄さんもあの部屋で寝泊りするの?」

 すると、ベネディクトはぎろっとフレッドを見た。

「そこの王子様が、俺に部屋を用意してくれていないからな」

 負けずに睨み返すフレッド。

「あなたは招待していませんから」

 どうしてこの二人は仲が悪いのだ。というか、押し掛けてきた兄のほうが悪いとは思うのだが。

 部屋にどうにも落ち着かない空気が流れながらも、エルナは美味しい食事を満喫していた。

 お昼にいただいたものも相当美味しかったけれど、それは軽食のようなもの。本格的な食事は初めてで、目が回りそうなくらい。口だけでなく、胃の中もパーティー状態だ。

 男二人が睨みあい、女一人が無関心に食事をとっていると、部屋のドアが開けられた。バラバラの行動をとっていた全員がそちらを見る。

「お兄様、ただいま戻りました」

 そう言って入ってきた少女は、ふわりと飛ぶようにフレッドの首にしがみついた。

「会いたかった」

 愛おしそうに、ぎゅーっと抱きつく。髪の両端を、かなり高い位置で結んだ髪がフレッドに触れる。そしておろしたままの後ろ髪が少女の顔を隠した。

 でも、お兄様というにはきっと妹のリカであろう。かなりの『お兄様好き』で知られている。顔は知らないが、そういった噂だけは回ってくる。

「こら、お客様の前だぞ」

 そういって腕をはがすと、その少女の顔が明らかになる。

 想像を絶する可愛らしさ。くりくりとした瞳と、果実のような、小さな唇。確か、エルナと年は変わらないはずだが、まだ十になったばかりのような純粋さを感じるくらいで、とにかく頭をこねくり回したくなるような可愛らしさ。

 同性のエルナですらその容姿に目を奪われていたが、視線を下ろしてその体を見ると興ざめした。

 ドレスはエルナと同じ形で、胸元を強調した作りだ。色は淡いバラ色で、可愛らしいリカにはぴったりだ。だが、リカはそのドレスの下に白い長袖を着用していた。それでも、その胸の大きさには目を奪われ、そして憎しみがわく。

 でかい。でか過ぎるくらいだ。

 その視線に気がついたのか、リカはエルナを見て勝ち誇った笑みを浮かべる。浮かべるだけでは物足りず、完全にニヤつかれているようにも見えたが、それはエルナの被害者意識で誇張されているのか。

「コレが、お客様? こんな貧乏ったらしい顔と体をしている人が? おかしいと思うんだけど、リカは」

 愉快愉快、と高笑いをしそうな顔と声。その顔に似合わない、低く、しっかりした声をしていた。もっとキンキンした顔だと思ったのに。

 思わず、ストールで前を隠す。そして力強く握っていたフォークでそのぷりんぷりんと揺れる胸に突き立てたくなる。王子様の妹だということは、お姫様なことは間違いない。さすがに喧嘩は売れない。

「どうも、はじめまして」

 慣れない笑顔を顔に貼り付け、ひくひくと痙攣しそうな口角を指で押さえる。こういったお世辞や、心にもないことを言うことはあまりない。

「よろしくねー! いやぁ可愛い可愛い」

 それが出来るのが、ベネディクト。そう思うと、こんな兄でも役立つことはある。エルナは少しほっとした。

 リカの視線もそちらに移る。

「ところで、なんのお客様? 気になるんだけど、リカ」

 なぜかベネディクトには可愛い笑顔で話しかける。もしかして、このお姫様は男好きか? だとしたらなおさらけしからん巨乳だ。

 幼い顔で巨乳。

 切り取って自分の胸にくっつけてやりたい。あと、しゃべり方が異常にムカつく。可愛い声なら嫉妬でもしただろうが、大人の落ち着いた声で自分のことをリカと呼ぶあたり、確信犯的な『媚』を感じる。とてもじゃないが、エルナは好きになれそうもない。

「マキアのイカサマを暴いてもらおうと呼んだのだ」

 言葉少なに伝えたが、それでも十分伝わったようだ。驚くことなく、試すような目つきのまま見てくる。それほど、マキアに挑戦した人物は多いのであろう。

「ふぅん。ねぇ、何が出来るの? リカ知りたいな」

 試すように見ていたのも、尋ねた相手も、もちろんベネディクト。エルナへの対応とは間逆で、媚びるような言い方だ。

 そっちじゃない、違うっつーの、と言いたくなったが、面倒なので無視をしておいた。こういう時はベネディクトが上手に話しておいてくれるだろう。それしか役に立たないのだから、しっかり働け、と思いながら残りの食事を口に運ぶ。綺麗に平らげた。

「どこで目をつけられたか、腕を買われちゃいましてね」

 調子のいい兄を放っておき、エルナは席を立つ。食器を持ち、フレッドに尋ねる。

「食べ終わった食器は、どこに置けばいいでしょうか」

「そのままにしておけ」

 フレッドはグラスの水を飲みながら答える。妹の愚行は知っていて、尚且つベネディクトのこともわかっているから何も言わないでいてくれているのだろう。そう思うとありがたかった。

「でも……」

「それを仕事にしている人間もいるんだ。エルナはエルナのやることをやればいい」

 そう言われると、頷くしかできなかった。新しい世界のことは難しい。

 フレッドはナフキンで口を拭うと、立ち上がった。

「部屋まで送る」

「大丈夫ですよ。王子様にそんなことしてもらえないですって」

 自嘲気味に言うが、小バカにされたような笑いで返される。

「その人に、迷ったところまで迎えに来させたのは誰だ?」

 う、と言葉につまる。そう言われると反論出来ない。

 部屋から出て、この食堂まで来るまでに迷いに迷っていたところを、フレッドが迎えに来てくれたのだ。ここで意地をはって一人で帰っても、結局は迷ってしまい、送ってもらうことになりそうだ。だったら初めからお願いしよう。

「うん、じゃあお願いします」

 ベネディクトのはしゃいだ声を背に、二人は食堂のドアを開けた。巨乳にはとことん弱い。呆れながら振り返ると、冷たいリカの視線がぶつかってくる。

 明らかに、嫉妬されている。だけど、焦っているわけでもなく、悔しがるでもなく、お手並み拝見、というような余裕を感じる。

 そうか、フレッドと一緒にいることが気に入らないのか。少しリカが可愛く見えた。そう思うと、その熱い視線も、挑発的な顔も……。

「ねえフレッド。妹さんって男も女も、どっちもイケル派なのかな? すんごい私のこと見ているの。あ、私は無理ですよ」

 こそこそと尋ねるフリをして、わざと聞こえるように言うと、とんでもなく野太い声が聞こえて来た。

「ちょっとぉー! なんでそんな発想になるのよ! バカじゃないの!」

 予想通りの反応を返してくれた、と思いつつ、エルナはリカの顔を見る。

 先ほどまでの勝ち誇った、整った顔とは違い、随分感情を露にしている。野太い声がこの可愛らしい容姿から出てきたのかと思うと、にわかに信じられないくらい。

 思ったより、感情的な子だなぁと思った。ちょっと冗談を言っただけなのに。

「……心外だわ、リカは」

 腕を組み、少し落ち着いたように話す。さすがに取り乱しすぎてしまったと思ったようだ。でも、もうあの野太い声は頭の中で繰り返し流れている。

「でも……私のこと、じっと熱い瞳で見つめていたので」

 青い目は、兄のフレッドよりも色素が薄く、異国の人間のようにも見えた。

「違うでしょ。普通は、違うでしょ。熱い視線を向けていたのはあなたじゃなくて……いえ、あなたではあるけど、お兄様を取られたことに関しての怒りと嫉妬であって……。でもわたしの方がお兄様と仲がいいのよっていう勝ち誇ったものを……って説明させないでよ! リカにそういうことさせないで!」

 ひとりで地団駄を踏んで、大きな胸を揺らしながらむにゅむにゅした動きをしている。壊れたからくり人形のようだ。思ったより、感情の豊かな子だ。少しは親しくなれそうな気がしてきた。

「面白い子……いえ、お姫様ね」

 エルナが言うと、フレッドは苦笑しながら頷いた。

「いいよ、リカと気安く呼んで。どうやら妹とは気が合いそうだ。仲良くやってくれよ」

「はぁ、そうですかね?」

 どちらかといえば……というか、絶対的に嫌いな類の人間だ。リカリカうるさい。なんといっても巨乳だ。ムダに怒らせることをしたらすぐに我を失いそうだから、あまり側に寄りたくはない。お姫様を傷つけたら大変なことだ。

「ちょっとあなた! リカに名を名乗りなさい!」

 腕に手をあて、リカのほうから名を尋ねてくる。

「エルナです。そっちは、兄のベネディクト。仲良くしてあげてください。じゃ」

 くるりと振り返り、食堂を後にする。これ以上は付き合っていられない。

「何よ、なんであなたが勝ったほうみたいな顔つきしてるの? リカ信じられない!」

 ずいぶんと喚く人だなぁ、とエルナは耳を塞ぎたくなった。面白いを通り越して、うっとうしくなってきた。

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