第6話 残り時間とプロポーズ
泰一くんはずっと前からプロポーズのタイミングを逃している。机の引き出しにしまったままの指輪がその証拠だ。毎日夜になると指輪の箱を出したりしまったりしてはため息をついている。
「ねえ、真琴。泰一が最近元気なくて。原因知らない?」
「うーん。輝ちゃん知りたいの?じゃあ泰一の机の中をみるといいよ。」
輝ちゃんは机を開けた。そこには小さな箱。それ以外何も入っていない。輝ちゃんは小さく息を呑むと僕を見た。
「これ、私が見ていいやつじゃないのでは。」
「いや、泰一くんはずっと勇気出せないでいたみたいだから輝ちゃんからアプローチしないと言えないんじゃないかな?」
ニッコリ笑って言うと輝ちゃんは意を決したようにその箱を手に取った。
「でも勝手に机を開けたなんて…。」
「まあ泰一くん出したりしまったりしてたから机の上にあったとか言えばバレないって。」
「真琴が言うならそうだね。わかった。」
昔、二人で悪巧みをしたみたいにイタズラに笑いあった。タイムリミットはあと少しだ。
「ただいまー。」
泰一くんが帰ってくると昨日と同じ輝ちゃんが突進していった。
「な、なになに!今度は何!?」
「泰一。私に何か言うことない?」
「は?な、なんのこと?」
泰一くんは突然突進されたこともあり動揺を隠せていない。楽しそうに顔を綻ばせながら泰一くんに近づく君はさながら悪魔のようだ。
「じゃあこれは何かな?」
そういって差し出した指輪の箱に泰一くんの顔が青ざめる。そして観念したようにため息をつきその手から指輪の箱を受け取ると輝ちゃんに向けて箱を開いた。
「こんなかっこ悪く言うつもりなかったんだけど…。」
と前置きをしてから輝ちゃんへ精一杯のプロポーズを贈った。君は楽しそうに微笑んでいた瞳に涙を浮かべながら頷いた。
「よろしくお願いします。」
そう言って抱きついた君の笑顔は幸せそうだ。
ああ、これで一つ目の未練は消された。後は輝ちゃんに想いを伝えれば本当のさよならが出来る。空を見上げると無数の星の海が幸せを祝福していた。
二人の幸せそうな空気がようやく消え、輝ちゃんが一人になったのを見計らって声をかける。
「あ、輝ちゃん。」
「なに?あ、まだ言いたかったことってやつは言っちゃダメだよ。」
「え?」
今しがた言おうとしていたことを遮られて戸惑うしかない。
「真琴は、『私の本当の幸せを見届けるまでいる』って言った。ならちゃんと結婚式まで見届けなさいよ。」
「え…。」
輝ちゃんは結局その日言わせてくれなかった。次の日 、親へ挨拶しに行くからと一日お留守番を言い渡された。それからも何度もはぐらかされる。結婚式の段取りもお留守番。あれだけプロポーズ手伝ってあげたのに冷たいなあ。
その後二人は僕の家に行って僕の遺影にも挨拶に行ってくれたらしい。泰一くんのそういう気遣いが本当に嬉しかった。
そうこうしているうちに僕の魂に宿る力はどんどん減っている。僕はいつ消えてもおかしくない。だけど僕のもてる魂ギリギリまで君といるのも悪くないと思った。僕はもう輝ちゃんにもハッキリ見えなくなってきていた。
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