第5話 僕の想いと現実
こうして僕は中学の途中にして陸上部を辞めた。それはしょうがなかったし後悔もしていない。3年生になり受験が始まった。成績も悪くなかったし普通に地元の高校へ進んだ。君が居た学校だ。当然もう、輝ちゃんはいないのだけど。
入学すると、運動がダメなら!と他の部活を片っ端から体験して回ってみた。けれど持ち前の要領の悪さが目立つのでおとなしく帰宅部を選んだ。そのうち、大学生になった輝ちゃんとはもう週に1回会えればよいくらいになっていった。
君との繋がりは薄くなる一方だったけれど、高校の長い時間の中で、君とは違うたくさんの繋がりができた。周りに感化されていき、僕という人間の中にもう自分を否定する性格はどこにも見当たらなかった。僕も君と同じ。あの日の僕ではなくなっていくのだ。そんな現実が嬉しくて悲しかった。
僕ら二人の時間がズレていくたび、僕と君の日常はいつのまにか完全に逆方向を向いた。僕には僕の今が、君には君の今がそこに存在していた。
年齢とはやっぱり大きな壁で、近ければ近い関係であるほど、君のそばにいて君との差を晒されることが怖くてそれとなく君から逃げた。
けれど君が涙をこぼすなら僕はどんなものよりも君を優先した。僕に出来ることは少ないのだけれど、出来る範囲で君が泣いている原因を消すために奔走した。僕が目指したのは君だけの影のヒーローだった…
君に振り向いて欲しい。君の隣を歩きたい。そんなおこがましい夢なんてもう描いていない。ただ君の笑顔がそこで輝き続けてくれるように遠くから見守ることを選んだのだ。”
・・・
「…という訳だけだけど、信じてくれた?輝ちゃん。」
「嘘…。信じられるわけ無いでしょ!?真琴は!真琴はもう3年前、あいつが高校2年生の時死んだの!!今、私の前に現れるわけないじゃない!!」
「だから僕は幽霊なんだって言ってる。うーん…。証明するために過去を話したんだけど。輝ちゃんなら信じてくれると思ったんだけどな。」
そう、僕はこの回想の後死ぬことになる。心臓の発作が突然起こったことによる死。僕の肉体はもうこの世界のどこにもない。
「僕ね、僕が思ってる力が強い人の前にしか現れないみたいなんだ。だからさ、泰一くんに見えなかったら信じてくれる?」
「…わかった。」
今、輝ちゃんは海鳴る町から少し離れた場所で泰一くんと二人暮らしをしている。まだ結婚はしてないらしい。泰一くんが帰ってくるまでの間、僕は話してはいけないらしいけれど、輝ちゃんが話すのはいいらしく、教えてくれた。僕の存在はまだ信用されていないみたいだ。それでも、輝ちゃんと二人でいると昔に戻ったみたいで短いけれど楽しい時間だ。
「ただいまー。」
泰一くんが帰ってくるとすごい勢いで詰め寄る輝ちゃん。
「ねえ、この辺りに何か見える?」
「はぁ?何言ってんだ輝。それは壁だろ。疲れてるのか?」
ショックを受けたように傷ついた顔をした輝ちゃんは僕の方を見て泣きそうになった。
「え、あれ?ああ、疲れてるのかな・・・。ちょっと夜風に当たってくる。お風呂でも入ってて。」
「あ、おう。」
輝ちゃんは僕をつれて外に出ると振り返って泣き出した。苦しそうに、切なそうに、痛々しく、声も出さずに。
「なんで、なんで今ここに来るの・・・。何が望みなの。・・・真琴。」
「僕は望みなんてないよ。ただ未練があってね。それを消すために輝ちゃんの前に戻ってきたよ。」
輝ちゃんはグッと涙を拭くと僕を見つめた。
「真琴の未練・・・?」
「そう。僕はずっと輝ちゃんに言えなかった事がある。それを言いたいのが一つ目。もう一つは輝ちゃんの本当の幸せを見届けること。」
「本当の・・・幸せ?」
本当に不思議そうな顔で僕を見上げる輝ちゃんは昔のまんまで少し間抜けで面白い。
「そう、輝ちゃんの隣で、輝ちゃんを支えてくれる人。輝ちゃんをずっと守ってくれる人と一緒になる。輝ちゃんが昔教会で僕に言ったんだよ。」
「そっか・・・。言いたいことってのは今言えないの?」
「うん。やっぱ同時に終わらせたいから。」
輝ちゃんは儚く微笑むと僕連れて家に戻った。心配した泰一くんに怒られてたけど。
僕自体無理して現実に残ってる力のない霊だし、浮遊もできなければすり抜けもできない。僕が思ってる分だけ濃く、強く相手に見えるだけだ。もうすぐ本当に力尽きて魂が消え失せる。だから今、最期の使命を果たしに来たよ。
…だってしょうがないだろう。君が幸せを掴むまで見守り続けるって決めてしまったのだから。
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