第3話 変われない僕と変わっていた君
僕は小学4年から陸上を始めた。理由は単純だ、輝ちゃんが陸上クラブに入ったと言っていたから自分も、と思った。ただそれだけ。
「輝ちゃんは足速いね。僕なんて・・・」
「すぐ自分を否定する言い方をする!!そういうの良くないと思う!」
「あ、うん・・・。ごめん。」
「よし!じゃあやってみよう!」
「え、は?なにを・・・?」
「走るぞーーーーー!」
いつだって僕が何かを始める原動力は輝ちゃんだった。自分で決めるなんて事出来ずに輝ちゃんのあとを追うことしか出来なかった。だけど、輝ちゃんといれるならなんだって良かったし楽しかったのだ。
けれど頑張っても輝ちゃんより速くはならなかった。初めは素質の欠片もないと言われたし思っていた。目の前を綺麗に駆けていく君を見てると羨ましくて悔しかった。そのうち、並んで走れるようになった。それが何よりも嬉しかった。輝ちゃんが中学生に上がってクラブを辞めた後も陸上を続けた。陸上のジュニアで選手にも選ばれた。
だけど輝ちゃんとはちょうどすれ違う年の差だったからどんなに年を重ねても、もう隣で走ることはなかった。それどころか最初の頃はたくさん遊びに来てくれた輝ちゃんは気付かない間に来なくなって会うことも無くなっていった。
でもまた隣で走れるのではないか。僕が頑張ったら輝ちゃんがこっちを向いてくれるのではないか。その一心で僕は走った。
・・・
僕が6年生の春先。家に帰っていく途中君を見かけた。その日、君は昔は動きづらいからと履くことはなかった制服のスカートをなびかせて歩いていた。懐かしくなって君に久しぶりに声を掛けた。振り向いた君はあの頃と違い涙で顔を濡らしていた。
気が付いたら君よりも身長は伸びていたし、つい掴んだ君の左手は思っていたよりも小さかった。
「あ、輝ちゃん?」
「・・・久しぶりだね、真琴。元気だった?最近なかなか会わなかったもんね。」
「そういえば、聞いてよ輝ちゃん!僕ね、100mのタイムついに11秒台に乗ったんだよ!」
僕の言葉に君は俯いた。唇を軽く結んで目をそらす。君が何かを我慢するときの癖だ。
「ぼ、僕何か悪いことでも・・・」
「真琴もまだ陸上やってるんだね。えらいえらい。私がいなくてもちゃんと続けられてるんだね。」
君は苦しそうに笑う。『なんで、なんでそんな顔して笑うの。』口から出そうな言葉は喉に詰まって音にならなかった。
君は僕に見られまいと我慢していた涙をこらえきれず溢れ出させると逃げるように走り去った。
君が行く場所なんて知っている。きっといつもの場所で君は泣いているんだろう。なら僕は隣にいるよ。だから側に居ることを許してほしい。
・・・
ギィ、と少し立て付けの悪い大きな扉を開けると君はやっぱりいつもの場所で泣いていた。
「なんで追いかけてきたの。」
「僕は輝ちゃんが苦しいときに一人にしたことないよ?何があったかは聞かないから存分に泣けばいいよ。」
「・・・そうだったね。ありがと。」
君はそう言うと声を枯らして泣き出した。天使様はやっぱり泣いてるみたいで余計に苦しかった。
「実はね・・・」
君は落ち着いたのか泣いた理由を教えてくれた。好きな人がいたらしい。それは輝ちゃんの部活仲間だった。本人に好きなタイプを聞くと、『カワイイ女の子らしい人』。輝ちゃんはその好みに合わせるため髪を伸ばし部活の後も朝練の後もジャージでなく制服を着て可愛くなろうとしていたらしい。そんな中、彼に彼女が出来たという情報が舞い込んだ。それに追い打ちをかけるように彼に言われたのは辛辣な一言だったという。
「最近のおまえ、なんかキモチワルイんだけど。急に女らしくしようっていってもムリだろ。」
頭を石で殴られたような気がした。僕が大好きな君をこんなに苦しめた人は誰だ。そう思ってもまだ幼い僕には何も出来なかった。
「よし!泣いたらスッキリした!あいつなんかもう知らない!真琴に負けないように頑張らないとね!」
それに立ち向かっていく輝ちゃんはカッコよくて、どんどんと変わっていく君に焦りさえ覚えるのだ。
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