第9話 俺の疑問


 これは俺が助川さんに鍵を盗んでくれと頼まれててすぐから桜に再開するまでの一週間の話だ。


「なぜそれを俺に?」


 何のために必要なのか?


 なぜ必要なのか?


 そんな疑問よりも重要なのはそれである。


 よほどのことがなければ俺のような部外者に頼む話ではない。


「この施設の人間で手伝ってくれる人はもう、いないんです」


 助川さんはそういって悲しそうに目を伏せた。


 それだけで手伝った人間がどうなったのかは想像がつく。


 規定違反で殺されたか、外に放り出されたか、それとも目的を果たして自分から死んでいったか。


 どうやってかはわからないが、死んだことは確実だろう。


「それを聞いて俺が助けるとでも?」


「あっ……そう、ですよね。でもあなたに危害は及びません! だから……!」


 ……なるほどね。


 だけどそうなると……はぁ……。


「まあいいよ。カギは俺も盗りにいくつもりだったし」


「あ、ありがとうございます!」


 助川さんは感極まり、俺の手を握り上下に何度も振り回した。


 ……普通に痛いんでやめてもらえます?


「で、方法は?」


「はい、それは……」







 『安全にカギを盗み出そう作戦』はその日の夜に決行された。


 作戦はこうだ。


 みんなが寝静まったころ管理室で暇している管理官を助川さんが健康診断と称して呼び出し、睡眠薬入りの飲み物を飲ませて眠らせる。


 その間に俺は重要施設のカギを盗み出し、重要施設のカギを開け、カギを戻す。

 そして二人で重要施設に侵入してカギをかける。


 なんともシンプルな内容だ。


 助川さんはこの作戦のために救護室で保険の先生のようなことをやっていたらしい。


 俺は管理官が助川さんと救護室に行くのを確認し、管理室に侵入、重要施設のカギを手に入れた。


 ついでに重要施設と情報管理室のカギの型をとっておく。


 これから何度も侵入することになるのだ。


 合鍵を作っておけばこんなまどろっこしいことをする必要はない。


 俺は肩を腕輪に戻し、重要施設の扉を開けに行く。


 まさか侵入したその日に重要施設に侵入できるとは思わなかった。


 今日の俺は運がいい。


 カギの型もとれたし、ピッキングや破壊をしなくてすむのもありがたい。


 そもそも重要施設の扉が電子ロックじゃないこともよかった。


 重要施設のカギを開け、管理室に戻る。


 ……あれ? 管理室から光が漏れている……?


 おかしいな、俺は電気なんて一切つけてなかったのに……


 つーっと冷汗が流れだした。


 バレないように中を確認する。


「ない! ない! まさか! そんな……」


 中にはこの施設では珍しい普通体型のコートを着た男が何かを探していた。


 冷汗が大量に流れ出す。


「俺がこっそり隠してた『ドキッ! 男だらけの運動会! うほっ! いい筋肉! Verポロリ』がなくなっているぅうう!」


「紛らわしいんだよこの野郎!」


 俺は怒りとともに勢いののったドロップキックを叩きこんだ。


 なんでこいつは管理室にそんなもの隠してんだ!?


 別に自室に誰か侵入してくるわけじゃないんだから自室でいいだろ!?


 まさかお前、ここで読んでたのか!?


 よく見たらお前……コートの中パンツ一丁じゃないか!


 お前……おまえぇ……。


「うぉお! 何をする! はっ! まさかお前が『ドキッ! 男だらけの運動会! うほっ! いい筋肉! Verポロリ』を……!」


「んなわけあるかぁああ!」


 俺は男の脳天にいま感じているすべての思いを込めて回し蹴りを叩きこんだ。


 この野郎!


 よりによってそんなものを俺が盗んだと思いやがったな!?


 そんな内容のものを読むぐらいなら女同士の読んだほうが目の保養になるわ!


 でもやっぱり純愛だよね!


「……あっ」


 そんなことを考えている間に男はきりもみ回転をしながら吹っ飛び、そのまま壁に激突、ピクリとも動かなくなってしまった。


 ……さすがにやりすぎたかなぁ。


「……だ、大丈夫ですか……?」


 俺は近づいて男の状態を確認する。


 ……よかった。


 意識はないが命に別状はなさそうだ。


 だけど見えないところに大きな傷があるかもしれないから、救護室にあるポットにぶち込んでおこう。


「あっ首尾はど、う……どうしたんですか……?」


 男を背負いつつ救護室に入ると、管理官を眠らせた助川さんが困惑した顔で俺、というか俺に背負われている人を見た。


 まあそうだよね。


 すっごいボロボロだし、服装もおかしいし、思わず目がいっちゃうよね。


「いや、まあいろいろあって……この人ポットに入れといて」


「あっ、はい……」


 俺の疲れた顔を見て何かを察したのか、俺の話したくないオーラを感じたのかはわからないが、助川さんはそれ以上追及することはなかった。


 もしかしたら助川さんも同じような場面に遭遇したことがあるのかもしれない。







 俺と助川さんは重要施設の扉の前にいた。


「どうしたんですか? 入らないんですか?」


「いや、ちょっと……久しぶりで……」


 助川さんは嬉しいけど恥ずかしい、でもやっぱりうれしいといったような顔をしながらもじもじしていた。


 正直大の大人がもじもじしている姿はいろいろと辛い。


 それにしても『久しぶり』って言ったか?


 いったいどういうことだ?


「いえ、大丈夫です! 行きます!」


 助川さんは勢いよく扉を開け、中に入っていった。


 なんていうか気合たっぷりだなぁ……。


 そんなことを思いながら俺も重要施設の中に入ろうとして、おかしなことに気付いた。


 中にいる助川さんの音が聞こえてこないのだ。


 そう、音だ。


 声も足音も服のこすれる音も何も聞こえない。


 それは別に助川さんがしゃべっていないわけではない。


 遠くに行ってしまったわけでもない。


 目の前にいるはずの助川さんの唇は動いているのに、声が聞こえないのだ。


 助川さんが走っているのに足音も服がこする音も聞こえないのだ。


 まるで俺がいるここと助川さんがいる重要施設の中は何かが、それこそ空間が別であるかのように。


「何してるの?」


「うわっ!」


 俺が考え込んでいると、いつの間にか動かない俺を心配した助川さんが戻ってきていた。


 ……足音も何も聞こえないから一切気付かなかった……ここまで驚いたのはいつぶりだろうか?


「はやく来なよ! 中で待たせているんだ」


 待たせる?


 見た感じでは中に誰もいないはずなんだが……。


 俺は助川さんに引っ張られ、中に入る。


 すると外からは見えなかったが、ポニーテールで巨乳の気の強そうな女の人がそこにいた。


 ……いったいどうなってるんだこの施設は?

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