第10話 俺は幸せを願う
「私は安食道代。一応健護の彼女。健護がここに来れるように手伝ってくれたんだって? ありがと」
そういって健護さんの彼女の安食さんは自己紹介を終えた。
なんというかしっかりしてそうな姉御って感じの人である。
「え!? 一応って何!?」
なんというか、助川さん最初に会ったときに比べて明るくなったな。
彼女さんに会えたのがよほどうれしかったのかな?
「で、君は? 外から来たってことは聞いたんだけど……」
「ああ、俺のことはユキでいいよ。あんまりフルネームって好きじゃなくて」
別にちゃんと名乗ってもいいんだが、念には念を入れて、だ。
前みたいに『元凶元凶』っていわれて行動が制限されたくはないからな。
「ねえ! なんとか言ってくれ! 俺捨てられたらもう……もう……!」
「ふーん、まあいいか。ねぇもしかしてだけどうちのほうに来た桜って女の子は知り合い?」
それにしてもさっきから助川さんガチ泣きしてるけどいいのか?
「ああやっぱりそっちにいるんですね」
「ねぇ! ねぇったら!」
うん、そろそろ助川さんがウザい。
「へぇその口ぶりもしかしてこの施設がどうなってるのかに気付いたのかい?」
「いや、詳しくはなんとも……できれば教えていただけるとありがたいんですが……」
わかったのはこの施設が男と女で分かれているってだけだ。
どうしてこうなっているのか、どういう原理でこうなっているのかは全然わからない。
そもそもこんな施設はじめてだ。
いままで行った施設はちょっとした内装の違いや超魔法的か超科学的かの違いはあれど、大きく構造が変わっていることはなかった。
そもそもこの施設のそれは構造が変わったというレベルの話ではない。
それに助川さんと安食さんを見る限りここが最初からこんな施設だったとは考えられない。
たぶん何か外的要因があるとは思うが、それが何かは思いつかない。
といってもこの施設をいじれる存在ともなるとそれこそヒーローぐらいなものだろう。
……いやそれだけじゃない。
あいつなら……あの黒い怪物なら……。
「そうだねぇ……あれはもう半年以上前のこと……」
そもそもこの施設も普通の施設だったんだよ。
男女で分かれてなんていなかったし、壁もピンクじゃなくって普通にベージュだった。
そっちはブルーだっけ?
まあそんなことはどうでもいいんだけど。
この施設はなぜか男好きな男と女好きな女が多くてねぇ。
それにみんな血の気が多いもんだから毎日のように男と女で対立していたんだよ。
それこそケンカ、じゃ済まされないレベルにね。
そんなときだ。
そいつはどこからともなく現れた。
『うわぁあ! 面白いことになってるね! ああホント! 楽しくて愉しくてしょうがない!』
そいつはどこで手に入れたのか趣味の悪い黄色ワイシャツに黄色いスーツを着て、黄色い帽子を目深にかぶり、どんなときでも楽しい愉しいといっているとても奇妙なやつだった。
『でももっと楽しくて愉しくなると思うんだよ! ねぇ! なんかいいアイディアある?』
そんな奇妙なやつにそんなこと急に言われても答えられるわけないだろ?
もちろんみんな答えなかった。
でも……。
『ブッブゥゥウ時間ぎれぇ。みんなノリが悪いなぁ僕としてはもっとバンバン来ると思ったのに……じゃあしょうがない! ショウタァァアアアイム!』
そういったそいつは近くにいた男の頭を両手で掴み、何かをした。
すると男が二人の別の男になったんだ。
そう、別の男だ。
右手で頭を捕まれている男は元の男とほぼ一緒だが身長が少し高かった。
左手で頭を捕まれている男は元の男の面影はあったが身長も見た目も全然違かった。
『さあて問題です。もし僕がこの二人の片っぽを殺してしまったらどうなるでしょうか?』
私たちはそいつの言ったことを理解できず、ただ見ていることしかできなかった。
『正解はぁぁあああ!』
そいつは右手を力いっぱい握り、男の頭をつぶした。
すると少しして左手で捕まれているほうの男が苦しみだし右手の男と同じように頭がつぶれてしまった。
『同じように死んでしまうでした』
それを見た私たちは悲鳴をあげながらとにかくそいつから離れるために逃げだした。
でも……
『止まれ!』
そいつのその言葉で私たちは動けなくなった。
『僕はただこの施設を楽しくて愉しくするアイディアを出してといったんだよ? ちゃんと出してくれれば何もしないさ! さあ! 口々にどうぞ!』
それを聞き、あるものは適当に、あるものは慎重に、あるものは願望を、いま思いつくすべてを叫んだ。
『お! いま面白いのが聞こえた! それ採用! ショウタァァアアアイム!』
こうしてあいつは男と女が出会えない施設っていう願望をかなえてしまったんだ。
たぶん、それを選んだことに大きな理由はなかったんだと思う。
ただ面白そうだからやっただけなんだと思う。
今はもうそいつがどこにいったか知らないが、正直もう関わりあいになりたくないね。
「んで、私たちのような普通に恋愛をしていた連中がここなら会えることを知ってこうしてたまぁに会ってるってわけさ。まあもう私たち以外はいなくなっちゃったけどね」
安食さんは助川さんを大型犬にするようになでながらこの施設に起こったことを語ってくれた。
正直、語ってくれたのは嬉しいし、知りたかったことも知れたんだが、いかんせん助川さんに目がいってしまう!
だってあの人撫でられながら『くぅーんくぅーん』って言ってるんだよ!?
彼氏彼女というよりペットとご主人さまじゃん!
「……はぁ……なるほど」
俺は一つため息をつき、頭を掻く。
話の中に出てきた黄色いそいつはどう考えても怪物だ。
しかもあの黒い怪物と同じ能力もちでたぶん能力は『分裂』だろう。
一つのものから別の何かを作り出す能力。
その上分けたとしても何かしらのつながりを持っているのか、片方を傷つけるともう片方も傷つくようになっている。
あの黒いのと身体能力も同じと考えるとこれまた強敵すぎるほどに強敵だ。
できれば出会いたくはないな。
だがまあ、他に大変そうなものはなさそうだな。
この施設がどうなっていようが俺には関係ないことだし。
「……ありがとうございました。そろそろ俺は寝ようと思いますが、最後に一ついいですか?」
「ん? なに?」
……俺が考え事をしている間にどうなってるんだこれ?
助川さんが仰向けになって犬のように舌を出している……見なかったことにしよう。
「桜、そっちでどうですか?」
施設の謎や施設の内部構造以外などなんとなくわかったし、あと気になることといったらそれだけだ。
一人で初めての施設。
もしかしたら何かやらかしているかもしれない。
「ん? やっぱり気になる?」
「まあ、少しは」
「そっかそっか青春だねぇ……」
俺青春って年じゃないんだけどなぁ。
「で、どんな感じですか?」
「もっと恥ずかしがったりしてくれるといじりがいがあるんだけどなぁ……」
そういうリアクション求められても困るんだけど。
「んーどうっていわれてもねぇ……別に普通だったかな? 挙動不審なわけでもなく、影が薄いわけでもなく。うん、普通普通」
「そうですか」
それはよかった。
安食さんに外から来たとバレたみたいだがそれで何かあったわけでもなさそうだし、普通にこの施設に適応できているようだ。
それなら……。
「ねぇ安食さん、三日後ってまたここに来れます?」
「大丈夫だけどどうして?」
「いや、もしあいつがこの施設で生きたいと願うんであれば俺はそれを尊重したいんです。だから三日後までに俺がここの合カギを作るので、それをあいつに渡してください。あいつはここに来てもいいし、来なくてもいい」
いままであいつは成り行きで俺についてきていた。
でもいまならあいつは選ぶことができる。
これからどうするのかを。
「外の世界なんて危険なところです。普通の人間が施設を出たらすぐに殺されてしまうでしょう。施設の中で安全に暮らせるならそれがいい。たとえどんなに大切な人と離れているのだとしても、それがいいんです」
そしていま付け加えた言葉は俺の本心でもあるが、それ以上に安食さんたちに対しての言葉でもある。
この言葉をどう受け取るのか彼女たち次第だ。
「……」
今日どうして二人が会いに来たのかが見抜かれていることを知っても二人は何も答えない。
「では、俺はこれで」
俺は二人に背を向け、寝る場所を探すために歩き出す。
これからこの二人がどうするかはわからない。
もしかしたら当初の予定通り、この施設からいなくなった協力者と同じように二人一緒に消えてしまうかもしれない。
もしかしたらいままで通りの生活をつづけるかもしれない。
どちらになってもそれは俺に関係のないことだ。
だができることなら俺は幸せになってほしいと思っている。
どちらが幸せかは俺にはわからないけども。
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