第4話 俺、辛い


「……は?」


 一瞬、世界が凍った。


 女性からの少し蔑みの感じが入った『は?』は男に対して最大の攻撃になると思う。


 現に俺も辛すぎて心が折れかかった。


 でも、泣いていた元チビは静かに俺のほうを見た。


 元チビは『急にどうしたんだこいつ頭おかしくなったのか?』という目をしており、それがさらに俺の心にダメージを与える。


 でも、どうやら俺の奇行で涙は止まった。


「……」


 俺は何も言わず、元チビの『は?』以外の反応を待つ。


 とりあえず、当初の目的の元チビの涙を止めることができたのはよかったが、このままで終わるわけにはいかない。


 義元正行、いっきまーす!


「自己紹介をはじめまーす☆」


 もう一回。


 最初と同じ、いや最初よりも無駄に高いテンションで言う。


 これで反応がなければこれから沈黙だけがこの部屋を支配することになるだろう。


「……えっと……はい……」


 とりあえず返事をしてくれた。


 状況はよくわからないがとりあえず返事をしておこうという感じの声色だ。


 まあいい、ここからが本番だ!


「よーし! じゃあいくぜ! 俺の名前は義元正行! 正義の義に元手の元、正しい行いで正行! 義元さんでも正行さんでもよっしーでもゆっきーでも好きに呼んでくれ!」


 正直、よっしーとかゆっきーとか呼ばれるのは辛いが致し方ない。


 少しは笑いもいれないとな。


 うん。辛い。


「年は誕生日が来てないから24! 趣味は……趣味? うーん……こんな世界になってから趣味とかなくなったな……しいて言うなれば情報収集か? まあそんなところだ。これからもよろしくな☆」


 キラン!


 という効果音がつきそうな満面の笑顔で言い放った。


 正直言おう、これ、滑ったわ……


「はい! 次、お前の番!」


「……え?」


 なので、今度は元チビに俺と同じ思いをするがいいと言う気持ちを込めて振った。


 俺が自己紹介を振るとあきれ顔だった元チビが呆気にとられたような顔をした。


 どうやら自分がやるとは思わなかったようだ。


「私もやるんですか?」


「やるんです。これからのことを考えれば相手のことを知っていたほうがいいだろ? だからやるんです。できれば俺と同じようなテンションで俺と同じように滑ればいいと思ってる」


 あっつい本音がポロッと……


「いや、あんなテンションでやることなんて未来永劫ありませんよ」


 きっぱりと断られてしまった。しかし俺は食い下がる。


「いやいや、そんな大変なものじゃないぜ? 大丈夫大丈夫。最初は『辛い』って思ったんだけど、途中から『あれ? ちょっと楽しいんじゃね?』と思うようになって、最終的に『すごい辛いです。はい』って感じになるから」


「結局すごい辛いんじゃないですか!」


 ……いいツッコミしてるな。


「…………私としては自己紹介するのはいいんですけど、それよりまずこの状況の説明してくれませんか?」


「五七五で?」


「なんで自分からハードル上げにいったんですか!?」


 ……やっぱりいいツッコミしてるな。


 最近人と話すこと少なかったから実にいい。


「黒服が、鉄砲向けて、俺降参、負けはしないが、面倒だった」


 あっ『俺降参』のところ字余りじゃん。やっちまったな。


「五七五は!?」


「それからは、人が近づく、気配なし、だからぐっすり、寝続けていた」


「だから五七五は!?」


 『こんなことやってる場合じゃないでしょう!』とか『もっとわかりやすく話してください!』じゃなくて五七五に反応しているところいいと思います。


 でもそろそろ飽きてきたんで本題に入りましょう。


「いや、実はさ、お前が寝てすぐにこの施設のやつらが鉄砲もってやってきてな? 俺も疲れてるし、お前も寝てるから俺降参したんだよ。で、この状況。分かった?」


 そろそろやつらが来てもおかしくはないので、俺はボケることなくしっかりと説明した。


 しかし、それに対する反応は……


「で、五七五は!?」


 お前、五七五に固執しすぎだろ!

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