9、水中モーター/くるり

ノー・ミュージック、ノー・ライフ。

音楽なしには生きられないよね。

映像がなくても平気だけど、音楽だけはなきゃ困る。

食べ物は体のエネルギー摂取、音楽は精神の潤い摂取だ。

12年前に、寝ても覚めても陶芸の修行、って一年間を送った。

東京の家(ぼろアパートだったけど)はよめはんに守らせ、単身の旅立ち。

窯業地にわび住まいを借り、六畳間の大半をろくろなどの制作スペースにあて、身のまわり品を最小限に、文字どおりに土にまみれる日々。

これがなかなかたのしい。

しかし、やはりわびしいんである。

テレビもラジオもオーディオもなかったが、古いタイプのiMacだけは持ち込んでたんで、疲れ果てるとそいつでぽつりぽつりとCDを聴いて過ごした(当時のパソコンには、CD用のスロットが付いてたのだ!)。

「必要最小限の生活」&「修行に集中できる環境」が目標だったので、わが膨大なCDコレクションは、東京に置いてきた。

数枚を除いては。

せっかく実現した徒手空拳の立場なんで、いつもとは違う音楽でこの一年間を形づくり、記憶にとどめよう、って社会実験も悪くない。

そんなわけで、なぜだかこの一年間は、くるりを聴きつづけた。

新譜を発表するたびに音楽性を更新し、新たな地平を切り開く変幻自在のくるりは、この頃、トランス方面を耕してた。

テクノ歌謡というのか、打ち込みでコポコポした音やエレキドラムなんかを多用して、脳内快感物質を過剰分泌させましょう、みたいな試みだ。

東京の書斎においては絶対に聴かないタイプのものなんだが、深夜遅くまでろくろ漬けになり、三時間だけ眠り、夜明け前に起き出しては器の底を削って、学校へ訓練に向かう、ってラリラリ気味の暮らしっぷりにはフィットしてたのかもしれない。

「水中モーター」は、ミュートを効かせないシンプルなエレキギターと、エフェクターを通したこもり声だけでほぼ構成された曲で、わずか三つの音階(三つのコード、ではない!)の並べ替えでつくられた簡素な旋律の曲だ(実はその裏でコードが込み入ってるのだが)。

「マブチの赤い水中モーター・・・波のない海へ泳ぎだした・・・」

遠くたゆたう、くぐもって聞き取れないほどのぼんやりとした声。

不思議な既視感のある響き。

「ちっちゃなころを思い出した・・・りーりーりりーりーりーりりー・・・」

純粋な音。

ああ、美しいよう・・・

こんなセンテンスひとつで、遠い日の野球少年の、ついに塁に出たドキドキ感と、牽制球を警戒しながらじりじりと塁を離れて次のベースを狙う、ってからからの緊張感が伝わってくる。

その情景を思い浮かべるだけで胸が熱くなって・・・高揚して・・・落涙しそうになってみたり・・・

音って不思議。

今聴いてみるとどうってことない曲なんだけど、当時はなぜだか骨と肉にきてたんだよね。

つまりそういう一年間を過ごしたんだった。

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