第六章 -4
光のトンネルを潜り抜けて、俺たちは再び現代世界へと還ってくる。
窓の崩壊した研究室内で待ち構えていた竜ヶ崎教子は、どこか嬉しそうに俺たちを出迎えた。
「来たな……! もう夜が明けた。あまり時間がないぞ!」
「分かってる。先生、ユメカの居場所は掴めたのか?」
「市内で生きている定点カメラや監視カメラを手当たり次第にハッキングした結果、筑穂台学園高校の時計塔に拘束されている映像を入手できた」
そう言って、竜ヶ崎はノートPCの画面を俺たちに見せる。
校舎の階段室も兼ねた地上五階ほどの時計塔の屋根の上に、ユメカの姿が映っていた。その身体は時計塔ごと凍らされた氷柱の中に閉じ込められており、首から上だけが露出している状態だ。
人間姿の画陸が目を剥いた。
「筑穂台だと? 俺の学校じゃねえか!」
「幸い、ここからなら距離も近い。夢見乃夢叶が暗雲の中にいる今がチャンスだ」
「了解。時計塔には空から近づこう。ソラエ、さっそくで悪いが頼む――って、あれ?」
振り返って声をかけるが、そこに魔法少女ソラエの姿はない。
代わりにいたのは、頭に青いヘッドフォンを装着した女の子が一人。容姿は童顔で可愛いが、いかにも反抗的な目付きをしており、その目つきの悪さはどこかの誰かを彷彿とさせた。
「……あれ? じゃないって。……ここどこォ? あたし、塾の中にいたはずなんだけどな」
「え、え――絵空っ!? お前、どうしてここにいるんだ?」
突然画陸が少女に向けて叫んだことで、俺にもこの状況が理解できた。
絵空とは、現代世界における「ソラエ」の同一存在だ。
ということは、この少女は――、
「あ、兄ちゃん。これってどういう状況なワケ? 二十文字くらいで説明してよ」
「兄ちゃん? 画陸が兄貴だとッ?」
俺が困惑しているのを尻目に、絵空と呼ばれた少女は俺の目の前にちょこんとやってきて、
「あんた、兄ちゃんの友達? はじめまして、あたしの名前は野上原絵空。筑穂台中の三年ね。兄ちゃんに友達なんて珍しいんで、まあ末永く仲良くしてやってください」
不躾に言いつつ俺の手を取り、二、三度ぶんぶんと縦に振った。握手らしかった。
「絵空、絵空って呼ぶからどんな親しい奴なのかと思っていたけど……妹かよッ!」
「なんだ悪いかッ! 魔法少女に選んだのは俺じゃない、文句があるならゆめかに言えッ!」
状況も忘れてぎゃーぎゃー騒いでしまう。
その状況を、竜ヶ崎は手を数回叩いて沈静した。
「はいはい、喧嘩している場合じゃないよ。どうやら
画陸の動きが止まり、絵空の方を注視する。
皆の注目を一身に受け、絵空は首を引っ込めた。
「ちょ、何なのよ一体……。世界がどーとか魔法少女とか……そういや兄ちゃん、最近あたしに『魔法少女の時の記憶はないのか』とかしきりに訊いてくることがあるけど、あれはどういう意味なワケ? 羞恥プレイなの? それともそっちの趣味に目覚めちゃったの?」
「ち、違う! なんだその趣味とやらは! こちらは真剣に話をしているだけだというのに!」
「……なあ先生。相手が絵空でも、キスすれば変身できると思う?」
俺の小声に、竜ヶ崎は首肯した。
「同一存在だから大丈夫だろう。問題は『ソラエ』としての能力が彼女にあるか否かだ。ソラエは魔法少女として熟達していたが、もしも『魔法少女絵空』になってしまうとしたら……」
「それでも、やるしかないんだろう! ここまできたんだ、もう選択肢はない!」
自棄気味に画陸が叫ぶ。
一方、会話についていけない絵空は不機嫌そうな顔をしていたが、
「……どーでもいいけどさァ、そろそろ誰かこの状況を説明――うひゃっ?」
突然実の兄に抱き寄せられたことで、思わず動転した声を上げた。
「いいか絵空。これは夢だ。だから、今日これから起きることはすべて忘れろっ!」
そう言って、画陸は妹の額に素早くキスをする。
刹那、絵空の身体から光の爆発。
眩い青の光は研究室中を埋め尽くす。
それが収まると絵空の立っていた場所には、あちらの世界と見た目の違わない魔法少女ソラエの姿があった。
「お前……ソラエなのか、それとも絵空なのか?」
画陸が訊くと、魔法少女は自分の身体を矯めつ眇めつ見ながら慎重に言葉を発する。
「……不思議な感覚だな。私は絵空だ。だけど、ソラエとしての人格の方が強く感じる」
「まさか、アリエス=画陸を通して受け取った魔法世界S・M・Aの魔力供給を介して、ソラエとしての記憶を継承したのか? なるほど、S・M・Aは思った以上に万能らしい……!」
万感の思いを込めて呟く竜ヶ崎。
だが今はそれに構っている暇はない。俺はソラエに訊いた。
「で、どうなんだ。飛べるのか?」
「問題ない。乗れ、コータ」
ソラエは魔法の杖を宙に浮かべると、その上に身軽に飛び乗る。
俺も彼女の差し出した手に引かれつつ杖に乗るが、残された画陸が乗ろうとしたところ、手を突き出してNOと言った。
「な、何故だ?」
「定員オーバーだ。というか、コータならまだしも、体重的に君は無理」
……確かに、この大男が魔法の杖に乗るのはいろいろな意味で無理な気がした。
「昨日の夜、大学まで来るのに使った原チャリがあるだろう。あれに乗って、私から三十メートル以上離れないようについてきてくれ。頼むよ、お兄ちゃん?」
「くっ、くそ……やっぱり貴様は、性格悪いな!」
そう言い残して、どたどたと部屋を出ていく画陸。
意地の悪そうな笑顔を浮かべるソラエに、俺は少しだけ呆れながら訊いてみる。
「もっと言い方、あったんじゃないか?」
「いいんだよ。私は妹だ。妹に勝てる兄なんて、この世に存在するはずがないんだからさ」
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