第四章 -7(period)
そうして俺たち三体のアリエスは、王宮魔力廠がある塔の屋上へとやってきた。
地上高は三十メートルくらいだろうか。建物で言えば八階分に相当する。
辺りはすでに薄暗く、見下ろせる市街地はナイトメアの襲撃などなかったかのように穏やかだ。しかし、街の光が消えた一角には、今も生々しい激戦の跡が残っているのだろう。
「今更気づいたけど……ここ、六玖波大学の理工学群研究棟だったんだな」
街を見ながら呟いた俺の言葉に反応したのは、灰色の小動物姿のガリクだった。
「大学の研究棟……? そういえば、現実世界のここにもS・M・Aがあったらしいな」
「なるほど。つまりS・M・Aだけが特殊。そこにヒントがあるわけですね」
追随して言うアルの言葉に俺は頷きを返す。
俺はまだ首を捻っているガリクに答えた。
「現実世界とこの世界がリンクしているって言っても、物理的に同じなのは位置情報だけで、モノは別だっただろ? なのに、S・M・Aだけは両世界共通のモノが存在している。これが示す答えはただ一つだ。……この不思議な夢が存在する原因は、S・M・Aにある」
「……そうか。ではあれを破壊すれば、こちらとあちらのリンクは断ち切れるわけだな。現実世界にこれ以上の影響を及ぼすこともなく、俺たちがこんな夢を見ることもなくなる――」
「――それは困りますね。S・M・Aは我々ノイアード住民の生活基盤です。壊されては都市が維持できなくなる」
突然の声に振り返る。
闇夜の中から足音もなく近づいてきたのは、全身を夜と同じ色のローブで包んだ魔女ブリゾの姿だった。
彼女はフードの隙間から僅かに片目だけを覗かせて、
「祝勝の晩餐会を抜け出したと思ったら、こんなところで国家転覆の相談ですか? しかしまあ、面白い冗談だと笑って流すことにいたしましょう。アリエスがS・M・Aを破壊するだなんて、冗談以外の何物でもないですからね」
「冗談? どうして冗談だと思うんだ?」
俺は半分挑発して言う。
普段は無表情のブリゾが、少しだけくすりと笑ったような気がした。
「だってそうでしょう? アリエスはS・M・Aから生まれた魔力端末です。S・M・Aを破壊すれば、当然アリエスだって消滅する。S・M・Aを壊すことは自殺行為に他なりません」
「僕たちの本当の世界はあちらにある。例えこちらのアリエスが消えても、あちらに本当の肉体がある以上問題はない――そう考えているとは、想像できませんか?」
と、今度はアルだ。
しかし、ブリゾの主張は何一つ変わらなかった。
「それこそ笑えない冗談です。あちらに肉体なんてありません。……いや、そもそも『あちら』なんて世界こそが存在しないのですから、IFでモノを語る対象にもならないでしょう」
「フン、またあの話か? あちらの世界はS・M・Aが見せる夢だとかいうおとぎ話の」
ガリクの言葉に、そうです、とブリゾが首肯すると、ガリクは吐き捨てるように続けた。
「信じられる訳がないだろうが。もしくは夢が語る妄想話か。こんな世界が俺たちの真の現実だって? ならば、ここが現実であちらが夢であることを、貴様は証明できるってのか?」
ガリクの威圧するような強い眼光。
しかしブリゾは、逡巡のひとつもせずに言い放った。
「――貴方たちも、本当は感じているのではないですか? あちらの世界に起きている矛盾。ありえない不条理のそれこそが、現実ではなくて『夢』である証拠だと」
あちらの世界でビルが消えたことを思い出して、心臓が一瞬跳ね上がる。
心の底を読んでいるかのようなその言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
「こちらの世界で塔が崩壊すると、そちらの世界の似たような建物が消滅する。それはつまり、そちらの世界がこちらの世界の状況に合わせて変化している、と言えるのではないでしょうか? 夢の影響を受けて現実が変化する、なんてありえない話ですものね。現実の影響を受けて夢が変化する――すなわち、影響を受ける方が夢で、影響を与える方が現実なのです」
その理論は。
俺が一番、心の底に引っかかっていた、真実だった。
「ば――馬鹿なッ!」
ガリクが思わず叫んだ。
「本気で、この魔法の世界が現実だと言うつもりなのか? それに、なぜ貴様はあちらでビルが消滅したことを知っている? 俺たち以外には認識できないはずだ!」
「いいえ、アリエス=ガリク。私はS・M・Aの管理者ですよ? 私はS・M・Aが、貴方たちにどのような夢を見せているか知っています。例えば、アリエス=コータ。貴方は夢の中ではビデオゲームが好きで、千現坂という学校に通い、ユメカ姫に似た女性と親しいですね?」
「な、何を、急に……」
突然のことに俺は口籠ってしまう。
ブリゾは構わずに続けた。
「しかしそれは、そうなるように仕組まれたものです。ユメカ様のパートナーとして生まれる予定の貴方には、ユメカ様と円滑な関係が築けるように、夢の中であらかじめユメカ様に似た人物と擬似的な時間を過ごさせたのです。S・M・Aはそのような仮想の疑似生活を通じて、パートナーとなるべき魔法少女にふさわしいアリエスを育てます。だからアリエス=コータ。貴方が十五年間過ごしてきた世界とは、すべてS・M・Aが見せていた夢なのです」
「う……嘘だ。ウソだろ……なんだよ、それッ!」
呻きだった言葉は悲鳴に変わり、そして絶叫として吐き出された。
俺はブリゾを睨み付け、
「第一おかしいじゃんか! じゃあなんであっちの世界の方が文明が発展してんだよ? お前らが創作した夢だってんなら、文化レベルだって同等かそれ以下じゃないとおかしいだろ!」
「いいえ。……そう言えば、貴方たちには今が西暦何年なのかを教えたことがありませんでしたね」
唐突に、ブリゾの語り口が変化する。
俺が顔を上げると、ブリゾは無表情でこう答えた。
「今は、西暦7997年です」
「な……七千九百……だと? 現代よりも、六千年近い未来じゃねえか!」
「そうです。S・M・Aは、この地で約六千年前の地層から発掘されたオーパーツなのです」
腕を組んだブリゾは、淡々と続けた。
「我々の文明はこの六千年の間に数度、戦争や天災によって失われているのですが、この土地も例外ではありませんでした。しかし、発掘されたオーパーツがその歴史を変えた。我々はボディに刻まれたスペルからS・M・Aの名前を読み取り、それが都市機能の中核を担うに相応しい能力を持つことを知ったため、この地に都市を拓きました。それが後のノイアードです。そして、S・M・Aにあらかじめ入力されていた六千年前の情報を元に構築された擬似的な夢こそが、貴方たちの言う現実世界――いいえ、『仮想世界』なのです」
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