第三章 -5

 パーティ開始からしばらく経って、両手に料理の皿を持ったリリンが二階席に上がってきた。

「ハァーイ。どう? みんな楽しんでるン?」

「こんな状態で楽しめるか!」

 俺は鉄格子を前足で蹴りながら抗議する。

 リリンはあははと笑いながら檻の扉を開き、両手の皿をアルとガリクの前にそっと置く。俺の前には皿一つ置かれることはなかった。

「てめえ……俺のこと絶対嫌いでやがりますよね……?」

「そんなことないわよン? お皿を持てるのは一度に二枚が限度だっただけよン」

「……じゃあ今からもう一皿分取ってくるという選択肢もあるんじゃなかろうか?」

「か弱い女の子に労働を強制するような奴は男じゃないわよねえ、アル?」

「コータ君。アリエスは一食くらい食べなくても生きていけます」

「こいつら……」

 アルだけは俺の味方だと、そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 だが男の友情ってのは女が入るとアメ細工よりも脆くなるらしい。俺は心の中でむせび泣いた。

「そういや、おまえ一人だけか? 一緒にいたユメカはどうしたんだよ」

「ユメちゃんなら、知り合いのご婦人に挨拶したらここに来るって……あら?」

 リリンの視線が、欄干の向こうへと注がれる。俺もリリンに従って会場を見下ろした。

 ダンス会場のすぐ近くで、ユメカは三人の若い男に囲まれている。

 恰好は違えど、高貴な生まれが分かる出で立ちの三人だ。背の高い男、リーゼント男、金髪ロン毛野郎の三人は、ユメカに迫るようにして話しかけている。

 それを見てアルが呟いた。

「隣国王族の嫡子様ですかね。どうやらユメカ様をダンスに誘っているようです」

 唐突に背の高い男がユメカの手を取るが、ユメカは愛想笑いと共にその手を優しく振りほどく。それを拒否と取らなかったのか、男たちのアピールはなおも続くようだ。

 リリンは不快そうに眉根を寄せて、欄干の手すりを握りしめた。

「……あいつら。私のユメちゃんに、少し強引すぎやしないかしらン」

「なあ、なんでユメカは踊ってやらないんだ? こんなの社交辞令だろ」

 俺が言うと、リリンはキッと厳しい視線を俺に注ぎ、半分呆れたように口を開いた。

「このノイアードは大陸随一の魔法国家ですわン。所有する魔法技術は元より、それに起因する権威は諸外国においても強い。だからこそノイアードは、どこかの国家に肩入れするような国交は行ってこなかったのだけれど……当然、ノイアードを狙う国家は多い」

「……なんだそれ。どういう意味だ?」

「鈍いわねン。こういうパーティって、一体何のために若い連中が来てると思っているの?」

 何のためって。これは、単なる祝賀会じゃなかったのかよ。

「社交界のパーティは、結婚相手を探す場所よ。連中は、ノイアードの姫であり、魔法技術の結晶であるユメミ・ル・ユメカと結婚して、ノイアードを取り込もうと画策しているのよン」

「はあっ? 結婚ッ?」

 俺は思わず素っ頓狂な声を上げて、再びユメカと連中のやりとりを凝視してしまう。

 いやいや待てよ、結婚って。ダンス踊っただけで結婚かよ。……いや違うか。衆目の前でダンスを踊ることによって、連中とノイアードの間に親交があることをアピールするのが狙いなのか。結婚まで行かなかったとしても、それだけで彼らの利益になるに違いない。

 いずれにしても、けったクソ悪い話だ。

 俺は気が付くと、鉄格子に前足の爪を立てていた。

 ……いや、何を怒ることがあるんだって。

 こいつは夢の中の話だ。ユメミ・ル・ユメカは夢見乃夢叶じゃない。あいつが誰とダンスを踊ろうと政略結婚を迫られようと、俺にもゆめかにも何の影響もない話じゃないか。

 確かにこっちのユメカはあいつと違って、いかにも押しが弱そうではある。今だって何とか穏便に取り計らおうとするせいで、男たちの追及を振り切れずにいるようだ。一国の姫としての体裁とか態度とか、そういった背景もあって強気に出られないのかもしれない。

 だが――いや、だとしても。こんな夢の出来事で、俺が本気になるなんて馬鹿げた話――、


『見てただけなの?』


 ――その言葉が、唐突に頭の中に響いて。

 俺は気が付いたら、鉄格子の扉を蹴り破り、檻の外へと飛び出していた。

「え……ちょっと貴方、何をする気ッ?」

 驚いたリリンの声。いいや構いやしない。

 俺は欄干の上に飛び乗ると、フワモコの全身の毛を逆立てて――渾身の力で欄干を蹴り、階下の男共目掛けてダイブした。

「胴回し回転蹴りィッ!」

「ごぎょわッ!」

 俺の必殺の回転蹴りが、リーゼント頭の延髄にジャストミート。

 意識を失って大理石の床にブッ倒れるリーゼントの背中をクッションにしつつ、俺は男共の前へと立ち塞がった。

「な、なんだこの動物は?」

 突然の闖入者に動揺する男共。俺はリーゼントの頭を踏みつけつつ、ユメカに視線を送る。

「コータっ?」

「お、おおお下がりください姫ッ! 野生の獣に近づいてはなりませんッ!」

 金髪ロン毛が大げさに叫ぶ。……誰が野生の獣だ。俺は身体を沈み込ませると、四肢に貯めた力を爆発させて空中へ跳ね上がる。そのままの勢いで金髪ロン毛の顔面に脚を食い込ませた。

「ぎゃぶううう!」

 断末魔と共に吹き飛ぶロン毛野郎。俺は一回転して床に着地し、奴の亡骸に語りかけた。

「くにへかえるんだな、おまえにもかぞくがいるだろう」

「なっ、ななな……何をしやがるんだテメエ!」

 残る背高のっぽが口角泡を飛ばしながら叫んだ。俺は四肢の感触を確かめながら、残る一人を睨み付ける。

「ったくよ。現実の俺はこんなことする柄じゃないんだ。第一、喧嘩だってしたことないし、挑まれても逃げるに決まってる。それなのに俺ってば、何でこんなことをしてるのかねえ?」

「はあ? お前は何を言っているんだ……って、動物が喋ってやがるッ?」

 動揺を隠しきれない背高のっぽ。まあ確かに、コイツにこんなことを言ったって詮無い話だ。

 だけどさ。

 やっぱり本心ってのは、夢でも現実でも抑え切れない時があるらしくて。

「そいつは俺のユメカなんだ。貴様らクズが指一本だって触れていい奴じゃねえんだよ!」

「な……ッ、こ、この畜生があッ!」

 背高野郎が両手を伸ばして肉薄する。

 しかし俺は素早く背高の懐に潜り込むと、そのまま伸び上ってヤツの顎へとアッパーカット。衝撃は頭蓋の中の脳を揺さぶり、背高は一撃で気を失ってくずおれる。

 俺は床とキスしている男の背中を踏みつけながら、決めゼリフを口にした。

「しょうりゅうけんをやぶらぬかぎり、おまえにかちめはない」

「コータ……もしかして、助けに来てくれたの?」

 ドレス姿のユメカが駆け寄ってきて膝を付き、俺と同じ視線の高さで顔を覗き込んでくる。別にそんなんじゃない……といつもなら言う場面だろうが、今回ばかりは否定できなかった。

「な、何をしているんですか、貴方たちは!」

 突然の声に振り返る。珍しく血相を変えた魔女ブリゾが、警備兵と共にこちらへ向かってくるのが見えた。

 ……そういや気づかなかったが、今の俺たちは会場中の注目の的だ。クズ野郎とはいえ貴賓を三人もぶちのめしたのだから、こっぴどく怒られたって文句は言えまい。

 俺は素早くユメカに駆け寄ると、彼女の肩に飛び乗った。

「ユメカ、走れ! ブリゾに捕まるな!」

「え? え、ええ?」

 俺の号令に、訳も分からず走り出す従順なご主人様。

 しかしドレスを着ていることもあって、人で溢れる会場内を疾走するのは至難の業らしい。

 人混みを縫いながら徐々に距離を詰めてくる警備兵の姿を見て、俺はユメカに丸テーブルの下を潜るように要求した。

「ええ、なんで? 髪の毛がテーブルクロスに引っかかっちゃうよっ?」

「心配するところはそこか? いいから、テーブルクロスの中に突っ込め!」

 ユメカはテーブルの下へ潜り込む。テーブルには足元までをすっぽりと覆う白いテーブルクロスが掛けられており、潜り込むと外からは中で何が起こっているかは判別不能だ。


 だから、それがいい。


 突如として激しい光を放つテーブルクロス。

 凄まじい魔力の暴走に、会場ではパニックが起きたに違いない。……本当に申し訳ない。だが勘弁してくれ、見られるのは恥ずかしいんだ。

「ま、まさか……貴方たち、変身をッ!」

 さすがは魔女ブリゾ、お見通しのようだぜ。

 テーブルクロスを上の料理ごとひっくり返して外へ飛び出る。言葉通りの飛行滑空だ。

 パーティドレスからバトルドレスへと変身した魔法少女ユメカは、四枚の翼が生えた魔法の杖に俺を乗せて、吹き抜けのパーティ会場の天井付近を滑空した。

「やーん、はじめてコータからキスしてくれたあ! 嬉しいよう~っ!」

「ばっ、馬鹿言いふらすな! 緊急措置だ緊急措置!」

「は……あははッ、面白い! いいぞコータ、後は任せろ!」

 見れば、パーティ会場の一角でソラエが手を振り上げている。二階席でもリリンが困ったような笑みを浮かべて見送っており、……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。

「行くぞユメカ、このまま会場から脱出だ。どこでもいいから連れてってくれ!」

「分かった、行くよコータっ!」

「ま、待ちなさい貴方たち! ユメカ様も、主賓の貴方がどこへ行こうというのですッ!」

「ごめんなさい魔女ブリゾ。でもでも私、コータの頼みは断れないのっ!」

 練習を重ねたユメカの飛行技術は、ホラコンのそれにそっくりだった。

 俺たちを乗せた魔法の杖は、美しくも鋭い軌跡を描いて観音開きの扉を通過する。

 驚く人々の頭上を通過し、狭い廊下を突っ切った先には、満天の星が輝く夜空が広がっていた。

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