第三章 -4
「うっわあ……すっげえ……」
会場に到着して、俺が最初に口にしたのは感嘆だった。
ここはノイアード城の離れに位置するパーティホール、らしい。
サッカーコートが楽に入りそうなほどの広い空間で、吹き抜けの高い天井に眩いばかりのシャンデリア。大理石の床の上には豪勢な料理と蝋燭の灯火で彩ったテーブルが無数に配置され、煌びやかな衣装に身に包んだ紳士淑女が思い思いにパーティを楽しんでいる。吹き抜けを見上げると、会場の四方をぐるりと囲むように張り出しがあることから、二階席もあるようだ。
会場の中央には四角くスペースが区切られていて、その中では数組の男女が二階席のオーケストラの演奏に合わせて踊っている。
いかにもな中世ヨーロッパ風のパーティ会場だが、やはり体験は知識に勝るということか、想像以上の迫力と喧騒に俺は圧倒されていた。
「私たちの席はこっちだよ、コータ」
ここまで俺を連れてきたソラエが、俺を一瞥して再び歩き出す。
今日のソラエはいつもの軍服姿ではなく、ビスチェ風の青いパーティドレスだ。トレードマークだった短いポニーテールも今日は結わずにショートボブにしており、いつもより七割増しでお嬢様に見えた。
「なあ、これってどういうパーティなんだ。つーか、俺みたいな動物が来ても良いものなの?」
会場の壁際を進むソラエの背中を追いながら、俺はたびたび向けられる好奇の視線に委縮する。確かに今日の夜はパーティがあるとユメカから聞いてはいたが、自分が出席するとは聞いていなかったのだ。
午後の魔法の訓練後、ユメカが「じゃあ後でね」と言うから何の話だと思っていたら、王宮のメイド共に強制的に捕獲され、ペット用の風呂で強制的にお湯をぶっかけられた。強制的に洗われた後は、強制的なブラッシングとトリムを受け、「男前になったねコータちゃん!」とメイド共に戯れ半分で煽てられているところに現れたソラエによって、やはり強制的にこの会場へ連れてこられたというのが本日夕方のダイジェストである。
「何、心配はいらないよ。確かにペットの入場は基本厳禁だが、君たちは魔法少女の唯一無二の相棒だ。アリエスに代用が利かない以上、常に傍にいて貰わないと困るからな」
つまり、特別待遇ということらしい。まあ、まだ現実世界の俺が目覚める気配はないので、そのへんでぶらぶらしているよりは暇つぶしになるかもしれないが。
「代用が利かない、か。やっぱ魔法少女って、アリエスなしには変身できないんだ?」
「当然だろう。専用のアリエスを所持すること自体が、魔法少女の必須事項だ。――アリエスは、僕たち魔法少女一人一人に合った形に精製される。性格だってその魔法少女と上手くいくように調整されているし、魔法少女の適正、人格、趣味嗜好に至るまで、あらゆるデータを長い時間をかけてS・M・Aに入力していかなければならない」
そこまで言うとソラエはくるりと振り返り、悪戯を思いついた子供のようにニヤリと笑った。
「それとも――私とコータで変身できるか、試してみるかい?」
「……お前、案外性格悪いよね」
「失礼だな。私はこれでも淑女だよ? ただ、他人をいじめるのが好きなだけだ」
黒服の厳ついお兄さん方が警護する先の階段を上がると、そこは会場の二階席だ。一階よりテーブルが少ないためか、広々としており人も少ない。ソラエが案内したのは、その中でも特別に区切られた一角で、すぐ目の前の欄干から会場が一望できる専用のスポットだった。
「ここには私たち王族しか入れないことになっている。ゆっくり羽を伸ばすといい」
「あ、ああ。それはいいけど……」
羽を伸ばすといい、とか言いながらヒョイと俺を持ち上げたソラエは、その一角のさらに端っこにある鉄格子の扉を開いてその中に俺を押し込める。犬が三匹は入れるそのスペースには金毛と灰毛の先客が二匹おり、慌てて逃げ出そうとしたときには既に扉が閉められた後だった。
「っておい、ここ犬用のケージじゃねえか! 何が羽を伸ばせだ!」
「アリエスとはいえケモノに違いはなくてね。でもパーティを見渡すには最高の場所だろう?」
「檻に入れられて最高なワケあるか! 特別待遇はどうした、これじゃ結局ペット扱いだろ!」
「食事は私たちが運んであげよう。ご主人様で、しかも王族の嫡子に自らゴハンを運んでもらえるなんて、ふふ、最上級の特別待遇だと思わないかい?」
それじゃまた後でな、と言い残して廊下に消えていくソラエの後ろ姿。俺はクソ狭い檻の端で無関心そうに丸まっている目つきの悪い灰色に、恨みがましい視線を送ってやった。
「おい……おまえのご主人様、たぶんドSだぞ」
「ふん……前から知ってる」
悟ったように即答するガリク。こいつも意外と苦労しているのかもしれなかった。
「まあまあ、仕方がありませんよ。僕たちはここから、お嬢様方を見守ることにしましょう」
金色のアルに促され、俺は会場へと視線を向ける。
鉄格子と欄干越しに見えたのは、いつかの受勲式で着ていた純白のドレスに身を包んだユメカの姿だ。その背後には黄色いバラをモチーフにしたドレスを着込んだリリンの姿もあり、二人は五、六十代の男女の集団に囲まれて談笑している。会場内に若い女性は数居れど、やはり二人の姿は際立って見えた。
「なあ、そういやこれって何のパーティなんだ? 結構な人数がいるみたいだが」
「祝賀会ですよ。先日、二体ものナイトメアを葬りましたからね。ノイアード各都市の代表や名家のみならず、周辺諸国の貴族方もお祝いに参じていらっしゃるようです」
「ああ、なるほど。だから魔法少女の周りに人が集まるのか」
一国の姫とはいえ高々十五歳の小娘を、腰高な連中がここまで持て囃すことに疑問を感じていたのだ。
だが、国を救った英雄としてなら頷ける。実際、彼女たちは苦労してそれだけのことを成したのだから。
「お嬢様方が称えられていると、なぜか僕たちまで誇らしく思えてきますよね」
アルの言葉に自分がユメカを凝視していたことに気づいて、俺は慌てて視線を逸らした。
「そ、そんなことねえよ。魔法少女なんだから、あれくらい当然だろ」
「そうですか? 僕は嬉しいですよ。お嬢様の戦果と実力を、位の高い方々に認めていただける――。リリンお嬢様の忠実なる使い魔として、これ以上に嬉しいことはありません」
熱弁を振うアルの表情は、言葉通りの矜持に満ちているようだった。
俺は少し笑って、
「はは、忠実なる使い魔か。俺とはえらい違いだな。リリンってのはそんなにイイ奴なのか?」
「ええ。この世で最も気高く美しい方だと自負しています。僕の命より大事な方ですね」
きっぱりと断言するアルを見て、本当の使い魔ってのはこういうモンなのかと感心した。
一方の俺と言えば、この世界が夢だからといまいち本気になれないエセ使い魔だ。夢の世界でユメカのために命を張ったって、現実のゆめかを守れるわけじゃない。そういう冷めた打算が、この世界のユメカの成長を妨げている一要因なのかもしれない。
魔法少女一人一人に合わせて造られた存在。それがアリエス――か。
じゃあ、この世界の俺がアルのように振る舞えない理由は、一体なんなんだろうな。
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