第二章 -6
「おいおい……この塔、どんだけ高いんだよ……」
模擬戦後に始まったティータイムを抜け出して、俺とブリゾは王宮内の階段を登っていた。
ファンタジーRPG風だった王宮の内装は、この螺旋階段に差し掛かると一変、薄暗く湿った空気に支配される。狭く長く続く階段には窓がなく、等間隔に設置された蝋燭の炎だけが足元の頼りだ。数歩先を行くフードの女は終始無言で、一歩ごとに俺の不安は倍加していた。
「華やかな王宮の場末にこんな場所があるなんてな。なんだか魔女の隠れ家に来たみたいだぜ」
「その認識は間違っていませんよ。――ほら、到着です」
長く続いた階段の終着点に待っていたのは、またしても薄暗い広間だった。
広大なフロアの中には無秩序に椅子と机が並べられ、雑然と書物が積み上げられている。ローブを着込んだ十数名ほどの男女が散見できるが、ある者は忙しなく動き回ったり、ある者はひそひそと声を殺して囁き合ったりしていて、なんとなく剣呑な雰囲気を漂わせていた。
「ここが、王宮魔力廠……?」
俺は呆然と呟いてしまう。魔力配給施設と聞いていたから、正直、変電所の制御室みたいのを想像していたのだ。
だが、暗室に蝋燭の光が揺らめく光景はまんまサバト部屋。悪魔の召喚方法を研究していると言われてもすんなり信じてしまいそうなレベルだ。
そんな近寄りがたい広間の中央を、ブリゾはずんずんと突っ切って行ってしまうので、俺も慌てて追いかけた。
そうしてたどり着いたのは、重厚な両開きの扉の前。ブリゾはそれをゆっくりと押し開く。
――その部屋の光景は、また別の意味で異質だった。
まず一番に目立つのは部屋の最奥、真正面にそびえ立つ機械らしき人工物だ。
部屋の広さはサバト部屋と同等だが、機械に接続された何条ものケーブルが壁や床を縦横無尽に走っているため狭く感じる。機械の表面は仄かな赤銅色の光を放っており、僅かな駆動音も聞こえていた。
「あれ? この機械、どこかで……」
圧倒的な存在感を放つその巨躯を見上げていると、ブリゾが部屋の側面にあったもう一枚の扉を開け放つ。
途端に吹き込んでくる強い風に思わず身を伏せたが、扉の先に広がった一面の青空の光景に、俺はこの場所がどこなのかを今更ながらに思い出した。
「昨日、俺が目覚めた場所じゃねえか……」
朝夕の違いはあれど、この光景を見間違えるはずはない。ユメカのインパクトも強烈だったし……となると、俺があのとき姿見代わりに使った金属の壁が、この機械だったわけだ。
「その装置は『S・M・A』と言います」
「エス・エム・エー?」
青空を背景に魔女ブリゾが言う。俺は思わず、口の中でその名前を繰り返していた。
「正式名称
「じゃあ、こいつが魔力ケーブルに魔力を送っている機械ってワケか」
英語だかイタリア語だかさっぱり分からない正式名称は置いといて、俺はその機械に近づいてみる。
表面は固く、つるりとした感触。円錐台型の形状は背の高いプリンのようだ。
意味不明のアルファベットの羅列がところどころに彫られており、機械と呪術の融合を思わせる。中世と魔法が基本の世界観なのにここだけ機械仕掛けなんて、さすが夢だぜと悪態を吐いた。
「それと同時に、貴方を造り出した装置でもあります」
続くブリゾの言葉に、俺は一瞬唖然として振り返った。
「俺を造り出した? どういう意味だ?」
「そのままの意味です。S・M・Aの機能は魔力を生成し、ケーブルを伸ばし、魔力を送ること――それは、魔法少女相手でも例外ではありません。そのためにあるのがアリエスです」
質問の答えになっていない。
俺の怪訝そうな顔を見たブリゾは、俺に改めて向き直った。
「ユメカ姫は――いえ、ソラエ様もリリン様もそうですが、あのお三方は普段、魔法少女に変身していなくても、魔法が使えると思いますか?」
「そりゃあ……」
使える、と言いかけて思い留まる。
……確かユメカは初変身の後に言っていたな。「これで魔法が使える」と。
そう言うってことはつまり、変身しないと魔法が使えないってことだ。
「お三方とも素養はありますから簡単な魔法なら普段でも使えますが、空を高速で飛んだり、切断や圧力魔法を扱うことはできません。個人が持つ魔力量とはその程度が限界なのです。あれらの高度な魔法は、魔法少女に変身して始めて行使することが可能になる。――魔法少女の持つ強大な力こそが、我が国ノイアードが魔法立国として畏れられている最大の要因なのです」
「ふぅん……それで? その話とアリエスに何の関係があるんだ?」
「個人が持つ魔力量には限界があります。では、彼女らはどうして、強大な魔力を扱える魔法少女に変身できるのでしょう。それほどの魔力を一体どこから得ているのでしょうか?」
その言い方でピンとくる。
俺は再び振り返り、背後の巨大な機械を仰ぎ見た。
「S・M・Aが、ユメカたちに魔力を供給しているのか」
「そうです。ですが当然、彼女らとS・M・Aはケーブルなどで繋がってはいません。一時的には可能かもしれませんが、それは息継ぎをしながら水中で戦うようなもの。強大な魔法の行使に魔力はあっという間に底を突き、戦うよりも補給するほうに時間を取られるようになる。その問題点を解決するために造られた端末型無線補給システムこそが、
「な……ッ?」
俺は驚きに目を見開いた。
ブリゾは表情の見えないフードの下で、艶やかな唇を再び開く。
「ユメカ様は変身の際、貴方と接吻しますね。あの行為が魔力供給の始動キーです。以降、変身中は貴方を介してS・M・Aから魔力が供給されます。S・M・Aはその端末であるアリエスに魔力を送り、魔法少女はそれをアリエスと共に行動することで受信し続ける。アリエスと魔法少女が三十メートル以上離れられないのはそのためです」
「ち……ちょっと待て! 整理、整理させてくれ!」
俺はかぶりを振って、目をぎゅっと閉じる。
……つまるところ、アリエスってのはネット環境で言うところの無線ルータだ。
S・M・Aという名のサーバから魔力を受信し、WiFiで魔法少女に魔力を供給する――魔力供給用の端末機。それが、この姿の正体だって?
なんてことだ……俺はこの夢の中では、人間はおろか動物ですらなかったのかよ!
「アリエスは、S・M・Aが魔力で造り出した『意思を持つ端末』です。なぜ意思を持たせるのかは不明ですが、S・M・Aはアリエスを生成する際、夢を見せることで心を育てると聞いたことがあります。先ほど貴方が言った現実世界という認識はここに起因しているのでしょう」
「じっ、冗談じゃないぜ!」
思わず声を荒らげてしまう。
俺は自分のフワモコの両前脚を見下ろしながら反論した。
「S・M・Aが見せる夢だって? それってつまり、俺が千現坂で中学行ってる方が夢で、こっちが現実ってことじゃねえか。馬鹿言うな、こんな世界が現実であってたまるもんかよ!」
魔法やら魔法少女やら、どこからどう見たって創作物なのはこの世界の方じゃねえか!
しかしブリゾは一寸も臆する様子はなく、むしろ少しだけ楽しそうに口端を吊り上げた。
「面白いことをおっしゃいますね。では、この世界が夢であるという証拠はありますか?」
「証拠……だと?」
俺は試しに自分の頬を前足の爪でつねってみる。
……当たり前だが、痛い。
つーかそもそも、夢の中で「ここは夢だ」なんて証明できるはずがねえじゃねえか。
魔法だの超能力だのが普遍化した世界ならなおさらだ。
現実では不可能なことをして「現実ならこんなことがありえない」という理論が通用しないのだから、都合が悪いにも程がある。
そもそも、現実世界だって「これが夢ではない」という証明は不可能なんだぜ?
いくら現実感があったとしても、それは夢の中で見ている錯覚なのかもしれない。夢の中で長い旅をしてきたとしても、朝起きればそれは一夜の夢に置き換わってしまう。それと同じで、俺の十五年という人生は「実は夢でした」とある日突然目が覚めてしまうかもしれないんだ。
俺が何も言い返せないでいるのを見て、ブリゾはそうだろうとでも言うように頷いた。
「夢と現実は、見ている本人には区別がつきません。だから、この世界が夢であるという根拠は何もない。私が『ここは現実だ』と言う以上、ここは現実なのです」
……くそ、反論のしようがない。
まさか俺の夢に出てきた登場人物に俺がやり込められるとは、自虐ギャグにしては高度じゃねえか。嘲笑する気も起きないっつの。
しかし、まさか夢で「ここが夢か現実か」なんてな。これも明晰夢の一種なのだろうか?
魔力供給装置S・M・A。夢世界の「俺」を生み出した機械にして、「俺」に現実世界と言う名の夢を見せる装置――か。ふうん、なんとなくSF的な設定で面白いじゃん。
俺はS・M・Aの表面に前足を触れてみる。固くて、そして暖かい。
内部ではヴーンというハードディスクが回るような低振動があって、俺はスパコンのサーバを思い出していた。
「なあ、俺はこいつから生まれたって言ったよな。もしかして、俺も機械の身体なのか?」
「いえ。貴方は魔力の物質化によって造られた生命体です。S・M・Aから魔力が供給される限り身体は持続されるし、個人登録した魔法少女の元へ直接転送することも可能です」
都合の良い設定に、俺はますます辟易とした。
「それじゃ機械じゃなくて幽霊だな。それともダウンロードが容易なスマホのアプリか。いずれにしても、真っ当な生命体とは呼べないと思うけどな」
「貴方の身体はいつでも再構成が可能と言うことです。その証拠に――」
ブリゾがそう言った瞬間。
その表面に触れていた俺の脚が、S・M・Aの中にめり込んだ。
「……えっ?」
「必要ないときは、S・M・Aの中で眠ることができます。次に呼び出されるその日まで」
ブリゾが言うが早いか、俺の身体は勝手にずぶずぶとS・M・Aに沈んでいく。固かった表面が今はまるで底なし沼だ。
紅く輝く深淵に引きずり込まれながら、俺は必至で手を伸ばし、
「なッ、なんだよこれ! 本当に大丈夫なのかこれ――!」
◇◆◇
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