第二章 -5

「……ひでー夢だ……」

「アリエス=コータ、何かおっしゃいましたか?」

 俺の呟きに、芝の上に立っていた魔女ブリゾが振り返る。

 馬鹿な夢を見続けている自分にそろそろ嫌気が差してきたところだ――なんて、俺の夢の登場人物に愚痴を零すこと自体が自虐に他ならない。そう考えて、俺は力なくかぶりを振った。

「なんでもねーよ。それよか、俺たちはあそこに参加しなくていいのか?」

 俺は視線を前方に戻す。

 晴れ渡った空の下、城壁と緑葉に囲まれた広大な中庭の中央では、赤、青、緑のドレスを身に纏った三人の魔法少女が魔法の訓練に勤しんでいた。

 とは言っても、ユメカとソラエ・リリン組の練習風景は大分違う。

 ソラエとリリンは互いのパートナーと共に中庭を縦横無尽に駆け回りつつ魔法を仕掛け合うという、実に体育会系な模擬戦を繰り広げているのに対し、一方のウチのご主人様は中庭の隅っこで体育座りをしたままぽかんと口を開いて二人の妙技に見入っているという、実に緊張感のない姿を晒していた。

「あの二人の戦闘に入っていけるのであれば、私は止めはしませんが」

「いや……無理だろ、ありゃ」

 連中の体捌きの妙もあるが、それ以上に見学中のユメカのツラに緊張感がなさすぎる。聖堂での凛々しいお姫様然とした態度はどこに置いてきちまったのかと思うほどの残念ぶりだった。

「それにしても、すげーなあいつら……魔法使いってのは、みんなこれくらいできるのか?」

 不意に起きた爆風に、俺は思わず身を縮こませてしまう。

 二人の模擬戦のルールは少し特殊で、相手のアリエスを三十メートル引き離した方が勝ちというもの。「魔法少女とアリエスは三十メートル離れると変身が解けてしまう」という弱点に対応するための特訓だそうだが、相手への直接攻撃が禁じられている訳ではない。リリンは豪快に両手を振り回し、ソラエは優雅に杖を振るって、緑の芝生を幾度となく掘り返していた。

「魔法使い――いえ『魔法少女』は特殊中の特殊です。世界には少なからず魔法使いが存在しますが、ここまで強力な魔法を行使できるのは、ノイアードの血縁以外に存在しません。元来、魔法少女とはノイアード王家出身の女性魔法使いのことを指すのですから」

「へえ……じゃあ、ブリゾも王家の人間なんだ?」

「遠縁ですがね。適齢期を過ぎ、魔力を操る術を失った魔法少女の名が『魔女』なのです」

 今更ながら、ブリゾは何歳なんだろうと興味を抱いた。フードで表情が見えないせいもあるが、それでも三十を超えていることはなさそうだ。それに、どこかで見た顔のような気もする。

「中でも、ソラエ様とリリン様は飛び抜けておいでです。魔法少女は己の心を体現する魔法を得意とするものですが、お二人の魔法は他の追随を許さない威力を有している」

「心を体現する魔法……って、なんだそりゃ?」

 ブリゾの視線がリリンに向けられる。腕と杖を振るうたびに、何もない空間を爆発させて地面と草木を吹き飛ばすリリンの姿。その時に発した掛け声を、ブリゾは指摘した。

「プレッシャー。【圧力】が、リリン様の魔法の形です」

「圧力? そんなんで地面を抉ってるのか、あいつは」

「空間に圧力をかけて物質を弾き飛ばしたり、空気を圧縮したりする。それが彼女の魔法です」

 どうもピンとこないが、とにかくリリンは「圧力」という概念を行使できる魔法使いだってことだ。そして同時に、圧力を掛けるのを好む性格をしていると。……なんだかとてつもなくサドっ気の溢れる人間のように聞こえるが、まあ概ね間違ってなさそうなので納得した。

「じゃあ、ソラエは?」

「彼女はディバイド。【切断】ですね。モノを切断し、何物をも絶つことに特化しています」

 これまたサドっ気を感じさせる特性が出てきた。……なるほど、先刻の大蛇を輪切りにしたのは見間違いではなかったというわけだ。つーか攻めキャラ多くね? 魔法少女モノにしては登場人物のバランスが悪い気がする。

 となれば、癒し系的ポジションにいるのがユメカということになるが……。

「――ユメカ姫は、残念ながらその特性が、未だ判明しておりません」

 ブリゾは最後にユメカの魔法特性を訊いた俺に、そんな言葉を返した。

「そうなのか? 昨日の戦いじゃ槍を造って見せたけど……」

「現象や概念ならともかく、物質を生み出すという魔法は、未だかつて存在が認められたことはありません。第一、姫の心のかたちが槍というのはあまりに不相応かと」

 ……まあ、あんなふうにボケ面したお姫様の性根が【槍】ってのはどうかとは思うな。どちらかというと蝶々を追っかけてお花畑に頭から突っ込むような性格だぜ、ありゃ。

「王宮魔力廠が総出で過去の文献を確認しているのですが、類似する魔法体系が見つかっていないのが現状です。早い時期に見極めて、今後の訓練に活かしたいとは思うのですが……」

「魔力廠……って確か、魔力を貯蔵して都市エネルギーに換える施設じゃなかったか?」

「王宮魔力廠は本来、王国全体の魔法・魔力を管理する総合機関です。魔力貯蔵施設も存在しますが、魔法の研究から魔法使いの発掘、魔法による政策提言に至るまで、魔法に関するありとあらゆることを総括する役目を追っているのです」

 淀みなく、すらすらとよく出てくるモンだと感心する。

 整合性はともかく、魔法の特性とか魔力廠とか、突発的な夢にしてはチト設定が懲りすぎてんじゃないだろうか。

 こんな夢物語を小坊の時分にノートへまとめた記憶はないし、似たアニメやラノベにハマった経験もおそらくない。スタハンだって怪物を狩って素材を集めて肉を焼くだけのシンプルなゲームなんだ。こんな要素が俺の脳ミソのどこに眠っていたんだと逆に感心するね。

「それじゃあ、アリエスとかいう俺の存在はどういうモンなのかもご教授願いたいな。なんつったって、現実世界じゃ人間なのに夢の世界じゃ動物なんて、奇想天外にも程があるぜ」

「現実世界……ですか?」

 ブリゾが振り返り、一瞬ぽかんと口を開く。いけね、つい調子に乗って世界観を壊すようなことを言っちまったか。

 でもまあ、良いだろう。ここが夢であることは先刻承知、夢の住人に言ったからといって何が変わるということもない。どうせ「何の話ですか?」とお茶を濁されるに決まって――、


「教えてほしいのですか?」


「……え?」

 意外な答えが返ってきて、俺の方が固まってしまう。

 ブリゾはもう模擬戦を見ていない。

 ただひたすらに、小動物と化した俺の眼だけを注視して、

「では、ご案内しましょう。貴方の出自へ」


 唐突に、一つの転換期が訪れた、気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る