第一章 -9
「やった……? 本当に、私たちが、ナイトメアをやっつけたの……?」
黒い霧の残滓を見つめたまま、空の上で呆然とゆめかが呟く。
俺がその問いに俺が答えるよりも早く、その場に近づいてきた青い魔法少女が、ゆめかの望んでいた答えを口にした。
「ああ、どうやらそうらしいな。ナイトメアは霧散した。ユメカの初金星だ」
「くうぅ~……間に合わなかったですわン。せっかくいいトコ見せるチャンスでしたのに……」
いつの間に現れたのか、黄緑色の魔法少女もツインテールを風に靡かせながら、近くの中空に参上していた。
ゆめかは二人を交互に見やり、最後にもう一度、青い魔法少女に尋ねた。
「ソラエ……それ、本当?」
「なんだ、疑り深いな。このソラエ・ド・ルシエ・ファニィ。君に嘘はつかないよ」
目を瞑り、澄ました様子で答える青い魔法少女。
その瞬間、杖の先にあった巨大なランスは光の粒子となって消え去り、杖の上には俺とゆめかの二人だけになる。
泣きそうな顔をしたゆめかと目がバッチリ合っちまって、俺は、仕方なく口を開いて言った。
「だそうだ。……ま、よくやったな。さすがは夢見乃夢叶だぜ」
「コータ……、コータ、コータああ!」
感極まったらしいゆめかがいきなり身を乗り出してきて、俺の身体に抱きついてきた。
「よかったよおお! ありがとコータ、本当、大好きッ!」
「ぐあああ! 離せッ! 背骨がッ! 折れますぜ! 折れますよ? 折れますとも!」
「……そういえば、そのアリエス。コータって名前なんですのねン」
近づいてきた黄緑色の魔法使いが、俺の顔をじろじろと見ながらそう呟く。
ゆめかの腕から力が抜けた一瞬の隙を見逃さず脱出した俺は、杖の上で黄緑色に向き直った。
「まだ名乗っていなかったっけか? 俺の名前は那珂湊幸太。千現坂中の二年生だ」
「ナカミナト……チゲンサカチュー……?」
俺の言葉を反芻して、怪訝な顔をする黄緑色。……あ、そうか。この夢の中では千現坂は存在していないのか。なんとも設定の細かい夢だぜ。
「あ、そういえば、お互い自己紹介してなかったね。えへへ、ちょっと今更な感じだけど……」
ゆめかが照れたように笑いながら、俺の顔を覗き込む。
本当に今更だな、と俺は言った。
「自己紹介なんかいらねえよ。お前の名前なら知っている。夢見乃夢叶だって――」
「私の名前は、ユメミ・ル・ノイアード・ユメカ。……あ、ノイアードは家号だから、正しくは、ユメミ・ル・ユメカ、かな」
満面の笑みのまま、ゆめかはそう、自分を名乗った。
「ユメミ……ル、ユメカ? ユメミノユメカ、じゃなくて?」
「ふふ、変わった名前でしょう? ユメミ・ルがサーネームで、ユメカが名前なの。みんなは『ユメカ』とか『ユメ』って呼ぶんだ」
――ユメミ・ル・ユメカと、夢見乃夢叶。
たった一文字の違いなのに、俺の胸は得も言われぬ違和感にざわめき立ったのを感じた。
「でも、コータは私の名前を知ってたでしょ。ね、どうしてかな。これってやっぱ運命かな?」
「は……運命?」
唐突に吐き出された胡散臭い言葉に、俺ははっとしてゆめかの顔を見る。
それと同時に伸ばされる両手。
俺の小っこい身体はあっという間にゆめかの腕に絡め捕られ、再びぎゅうううっと育った胸の谷間にプレスされるのだった。
「ナイトメアは倒しちゃうし、最後まで一緒に戦ってくれるし、カッコいいことも言えちゃうし! おまけに勇気もあって、しかもカワイイ! キミは最高のアリエスだよ~ッ!」
「もごォッ! なっ、なんなんだオマエ! こんなん、ゆめかのキャラじゃねえぞッ?」
「アリエス・コータ。何を勘違いしているか知らんが――彼女はそんなキャラだぞ」
冷静な声が頭上から聞こえる。あの青い魔法少女だ。
ってことはナニか? これが「こっちの世界」のゆめかのデフォルト。現実のゆめかとは似ても似つかないこの甘ったるい態度が、こっちのゆめかの特徴だってのか?
これじゃあ、確かに「夢見乃夢叶」ではない。
完全に別人の「ユメミ・ル・ユメカ」だ。
「ああん、本当にうれしい! コータ大好きッ! 私のアリエス、私のパートナーっ!」
謎テンションに支配されたらしいゆめか……否「ユメカ」は、唐突に俺の頭をがしっと掴むと、数十分前に見た場面のように、その柔らかそうな唇を近づけてくる。
俺は反射的に上体を逸らし、ユメカのほっぺたに両前足を突っ張らせて、できるだけ奴の顔から距離を取った。
「ち、ちょっと待て。お前何する気だ?」
「何って、ちゅーに決まってるじゃない。だって、キミは私のアリエスなんだもん!」
正直に言おう。意味が分からない。
「ばッ、バカやめろ! 近づいてくるんじゃねえーッ!」
俺は渾身の力を振り絞ってユメカの顔を押しのける。だが、それがいけなかった。
「あっ、暴れちゃ危ないよコータ!」
ユメカが俺を抑える力を緩めたせいだ。拘束から解放された俺の身体は、勢い余ってユメカの腕から滑り落ちる。
あ、と気づいた時には、背後は地上数十メートルの上空だった。
「コータっ!」
ユメカの声が聞こえたが、もう遅い。
俺の身体は空中へ投げ出され、パラシュートのないスカイダイビング体験へと移行した。
「ちょ……う、うわああああああっ!」
◇◆◇
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