第一章 -3

「――夢見乃さん? ああ、それなら科学部の部活だと思うよ。最近、たまに六玖大りくだいで活動してるって話だし」

「ふーん、部活ねえ……。しかし稔、お前なんでそんなの知ってんだよ」

「本人から直接聞いたからね。――あ、幸太、敵機来たよ。距離五〇〇」

「OK回り込むわ。……ったく、あいつは俺以外には社交的なんだよなあ、どうなってんのかね」

「ツンデレならぬデレツンって奴じゃね? 那珂湊氏ウラヤマシス。ボ、ボクも一度くらいあのおみ足に踏まれてみたいと思うんですが、どうですかね」

「早めに病院行って頭の治療をしてもらえ」

 などとツッコんでいるうちにゲームは終了した。

 対戦成績の記録されたカードをスロットから取り出し、筐体を降りる。

 これは最大四人まで同時参加できる、多人数対戦型のフライトSTGシューティング『ホライゾンコンバット』略して『ホラコン』というアミューズメントマシンだ。ここのゲーセンでも稼働からすでに一年以上が経過しているが、未だに全国の施設で遊ばれ続けている大人気ゲームで、当然健全な男子中学生である俺もまたハマっている人間の一人だった。

 放課後に直行したこの駅前のゲーセンは、俺たち三人がよく利用する三階建ての中型店舗だ。

 一階のUFOキャッチャー&プリ機フロアは女子全般、二階のメダルゲームフロアは一般人全般、そしてビデオゲームのひしめく三階は男子全般と見事に住み分けがされている。平日の夕方にも関わらず今日も客でいっぱいな理由は、この街に娯楽が少ないためだろうか。

 とりあえず三百円分の戦争を制した俺たちは、後ろで並んでいた連中と入れ替わりでベンチへと腰を落ち着ける。筐体脇のターミナルで戦績を確認していた磯原稔が、上ずった声を出した。

「うっわ、また幸太スコア更新してるよ。戦闘機乗り換えてから絶好調じゃない?」

「まーな。今日は教室中の笑いものにされたり、弁当忘れたり、あいつに見下されたりと散々だったからな。スカッとミサイルをぶっ放したい気分だったんだよ」

「そういえば、竜ヶ崎女史にも叩かれてましたな那珂湊氏。今日は女難の相が出ておる」

 霊に取り付かれた坊主のような顔で念仏を唱え始める友部。関係者だと思われたくないのでこちらを見ないでほしい。

 稔は何かを思いついたように手を叩いて、友部の話に追随した。

「ああ、そっか。教子先生が科学部の顧問だから、部員も大学で活動できるって寸法だ。教子先生って、六玖大の大学院の助手やりながらウチの学校の非常勤やってるんでしょ?」

「え、竜ヶ崎教子って非常勤だったの? 知ってたか友部?」

「常識っしょ。た、確か心理学だか情報工学だかを専攻してるって話だお。竜ヶ崎教子二十六歳、理科教諭にして大学院助手。カレシよりも研究に生きるタイプ。性格は残忍で真正のドS」

 竜ヶ崎教子の目の前で言ったらボコボコにされそうな発言だが、真正ドMの友部芳次にはむしろ至福のひと時になるかもしれない。

 俺は二人の情報量に素直に感心して頷いた。

「二人ともよく知ってんなぁ。俺なんか、ゆめかが科学部員だってことすら知らなかったぜ」

「幸太ぁ……ゲームだけじゃなくて、もっといろんなことに耳を傾けようよ」

「那珂湊氏の将来の職業はプロゲーマーか、自宅警備員の二択ですな」

 それは明らかに友部には言われたくない台詞だ。

 俺は手の中でカードを弄びながら、

「いーんだよ俺は。ゆめかにだって竜ヶ崎教子にだって興味はねえし」

「またまたぁ。ていうか、幸太と夢見乃さんって幼馴染みなんでしょ。そういう話しないの?」

「……お前さ、俺とあいつが、そんなフランクに話しするような仲に見えるか?」

 だよねぇ、と苦笑する稔。

 俺はベンチの背もたれに身を投げ出しつつ、大きな息を吐いた。

 ――そうさ。所詮はその程度。

 俺って人間はその程度の人間だ。

 那珂湊幸太十五歳。背丈も普通、体重も普通。成績平均で運動若干ニガテの一般的中学生。

 他人と比べて大きく秀でている部分があるでなし、超能力に目覚めているわけでも、別段不幸な過去も背負っているわけでもない。壮大な世界に存在するエキストラの中の一人だ。

 才能という才能に愛されたゆめかの人生と比べれば、俺なんかはまさに些末だろう。泡沫の夢と言ってすら差し支えない。どこかでボタンを掛け違っちまったのか、それとも遺伝子的なレベルで違っていたのか分からないが、とにかく、あいつと俺とでは人生そのものが違うんだ。

 片や才色兼備で千現坂のアイドルとまで言われる前生徒会長と、かたや高校受験が控えているってのにこんなトコでホラコンに興じている冴えない男子生徒。

 その差は、銀河の中心にある太陽と、宇宙に無数に浮かんでいるデブリほどに大きくて。

 近寄っただけで燃え尽きてしまうから、俺は目を瞑っているのだろう。

「……ん、那珂湊どの。チーム『フィンファンネル』が呼んでおりますぞ。ホラコンのトライアル戦しようって。今日こそぶっ潰してやるぜェーと宣っておりますが、如何しますかな?」

 友部の声に、目を開く。

 顔を向ければ、対戦筐体の方でどこかで見たことのある顔が四人。……なるほど、四対三ね。プライドをかなぐり捨てて、頭数でリベンジしに来たと見える。

 俺はよっこらせと立ち上がり、右手の中のカードと左手の中の百円玉を確かめながら、

「いいぜ、やってやるよ。凡人の実力って奴を思い知らせてやる」

「凡人って……幸太、個人ランク全国八位じゃん」

 ――ああ、わかっているよ。所詮はゲーム。全国八位でも誰にだって誇れやしない。

 それでも――だからこそ。

 俺は、俺を必要としている奴のために、今日も出撃するのだった。

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