第一章 -2
「……というわけで、案の定なのである」
自虐的に独りごち、またもやブルーに陥る俺だった。
ここは六玖波大学学生会館の二階、学生食堂の一角にある第一屋外テラス。
遠くに
学生食堂は優に三百人が一度に座れる大食堂と、三十人ほどでいっぱいになる二箇所のオープンテラスで構成されるが、購買を諦めた俺がここへ辿り着いたのは十二時過ぎ。大食堂が満員御礼なのは云うに及ばず、第二テラスも大学生カップル共でイチャイチャ空間と化していたとなれば、俺に残された選択肢はたったひとつしか存在しなかったのである。
「寒みーし、とっとと食って教室戻ろ……」
丸い四人がけのテーブルに、一つだけ置いたカレーの皿にかぶりつく。
まばらとはいえ、周囲が大学生だらけなのは間違いない。この場違い感が途方もなく嫌なのだ。趣味がゲームというインドア派の俺にとって、ここは伏魔殿も同じ。三十六計逃げるにしかずなのである。
どこかで聞こえた笑い声に顔を上げれば、テラスの外には理工学部の研究棟がそびえ立っており、あらゆる風景を遮っている。これが第一テラスの不人気の理由。
少しだけ欄干から身を乗り出して首を九十度ほど回転させれば千現坂中の校舎も見えるのだが、そんな労力に費やすだけの時間的余裕はない。俺はただひたすらカレーを食す行為に従事した。
――俺の学校、六玖波大学附属千現坂中学校は、その名の通り、この大学の附属校だ。
何でもここ六玖波市は、政府指定の研究学園都市とかで、各種大学をはじめとした様々な研究機関が集まる街として知られている。その最たるものが、市の名前を拝する国立六玖波大学であり、その末席に連なる十四の附属教育機関の一校がウチの中学ってワケなのだ。
こんな言い方をすれば天才やら秀才やらをワンサカ輩出する名門校のように聞こえるが、その実は、普通の中学と変わりはない。
同じ附属中学でありながらお嬢様校の
……そりゃあ、小学校から大学まで、六玖大グループのエスカレータに乗れるという恩恵はあるけどよ。
それでも進学するには試験があるし、時間や小遣いは有限だ。
三年F組所属の十五歳、俺こと那珂湊幸太にとっては、単なる地方都市の一つという認識でしかなかった。
「……あれ?」
スプーンを持つ手を止めて、ぼんやりと研究棟を見ていた時に、ふと気づく。
ここより一つ上の階、研究棟三階の廊下の窓に、見たことのある色の結い紐を髪に纏った女の姿を発見した。
数人の大学生らしい男たち三人に囲まれて談笑をしている彼女。長く艶やかな黒髪に結い紐付きのヘアピンを差し、見る者すべてを虜にするような笑顔を振りまいている。
「あいつ、なんで大学の校舎ン中に……」
その姿を目で追っていると、テレパシーでも通じたのか、そいつが窓の外のこちらに気付く。
そいつは明らかに「うげっ」といった表情。周囲の男たちが――たぶん「どうしたの?」とでも訊いているのだろう――声をかけると、彼女はすぐに首を振って、その場から歩き出した。
「……ちぇ、どうせ『ゴミムシを見かけただけですのよホホホ』とか言ってんだろ、胸糞悪い」
勝手にでっち上げたセリフに勝手に落ち込みつつ、俺もまた窓から視線を逸らすのだった。
――あいつの名前は
俺が保育園の頃からのクラスメイトだ。
容姿端麗で成績優秀。性格は温厚で誰にでも優しく、それでいて正義感溢れる意志の強さから、昨年は生徒会長にも選ばれたほどの人望の持ち主。
入学以来二年半で告白された回数は数知れず、それでも男女を問わず人を惹きつける魅力を備えた、文字通りの完璧人間だ。
……ってのが一般的なあいつの評価であるのだが、こと俺に対してはちと趣が異なる。
絵に描いたような品行方正が、俺の前では一変する。
他の人間が周りにいればまだ良いが、一人でいるときに俺が話しかけると十回中六回は無視され、視線が合うと十回中八回は舌を出される。
なんと表現していいか……ぶっちゃけて言えば、俺は嫌われているのだ。
これでも小学校の頃は、家が近かったこともあり、一緒に下校したり互いの家に遊びに行くようなことも多少はあった。俺の影響だったのか、少年向けの漫画とかアニメとかゲームとかが好きな奴で、よく一緒にDVDなんかを観たものだ。
それが今では、顔を見ただけで「うげっ」と眉をひそめられるような関係。
いやいや、別段俺が何か嫌われるような変態行為に及んだというわけじゃない。
本当に何が原因かすら分からないんだ。
ただ、いつの間にやら嫌われて、いつの間にやら避けられていた。
今では俺もへそを曲げてしまって、ほとんど会話のない冷戦時代に突入している。
彼女に敵対することは、それだけでクラスの反感を買う。
おかげで俺はマイノリティ扱い。……ゲーオタであることも拍車かけてんのかもしれないが、とにかく肩身の狭い思いを何度味わったことだろうか。そのことすらも、俺たち二人を遠ざける要因となっていた。
くそぅ、昔は可愛かったんだけどなあ……今もだけれど(性格以外は)。
まあそんなこんなで、俺にとっての今のあいつは、あらゆる意味での高嶺の花。近づくことすらできず、嫌われている原因すら特定できず、ただすれ違うだけの日々を送っている。
「ほんっと、なんの花もねえな、俺の人生」
そろそろ冷えてきたカレーを掻き込みながら、俺はそんな愚痴をつぶやいていた。
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