キル!
飛行場から東北東に進路を取って洋上を進む。高度2万フィート。眼下には鹿島灘が広がっている。
管制は既に、百里管制塔からより広域エリアを担当する百里
眼下の海は太陽の光を反射して鉛色に鈍く光っていた。大きな綿の塊のような真っ白い雲が、海面のところどころに黒く影を落としている。白い波頭は見当たらない。海は凪いでいるようだ。
俺の左やや後方にはウイングマンのライズがぴったりと付いている。複座になっているライズの機の後席には、飛行班長のパールが教官として乗っていた。そして俺の右側にはマルコが続いている。
ウイングマンの様子に異常がないか目を配りつつ、エンジンのパワーを一定にして進む。そうでないと、リーダー機を基準にして飛ぶウイングマンに無駄に労力を使わせてしまうことになるからだ。
やがて訓練空域が近づいてくると、ラプコンの管制を離れ、無線周波数を切り替えて入間
「テイルジャック、エンジョイ15」
『エンジョイ15、こちらテイルジャック、ターニャ』
入間DC――コールサイン「テイルジャック」から、女性の声ですぐさま応答が届く。少し低めの落ち着いた声は要撃管制官の「ターニャ」だ。要撃管制官も戦闘機パイロットのタックネームと同様にそれぞれの呼び名を持っている。
彼女が今回の訓練で俺の編隊を受け持つ
前方の限られた範囲しか搭載レーダーで捉えることのできない戦闘機と違い、広域レーダーで全体の戦闘状況を把握することのできる要撃管制官は「神の目」と呼ばれている。ミッションでは「第3のウイングマン」とも言えるほど重要な存在だ。
「ターニャ、こちらイナゾー。訓練エリアに到着。マルコが後方所定の距離に位置した時点で訓練を開始する」
『了解』
ターニャとの交信が終わるとすぐに、マルコから対抗機としてのポジションにつくために編隊から離れる旨の無線が入った。了承して頭を巡らせると、マルコの機体は腹を見せて右側に大きく旋回しながらみるみるうちに遠ざかっていった。
少ししてターニャからの通報が届く。
『マルコのポジション、方位170度、所定の距離に到達』
「了解」
対抗機の準備は整った。
「――
俺のコールと同時に、ライズと俺は右急旋回に入った。右手の彼方にマルコの機影を確認する。距離はまだかなりあるが、翼端から雲を引いているのではっきりと見て取れる。ターニャの声が徐々に縮まる対抗機との距離を刻々と知らせてくる。マルコはフルパワーで追いかけてきていた。
後ろから回り込むように追ってくるマルコの動きを見逃すまいと、俺はGに抗って顔をねじ向けその機影を捉えつづけた。マルコは俺とウイングマンの後ろを取ろうと、タイトに旋回し始めていた。
俺はすぐさまウイングマンに短く指示を飛ばした。
「ライズ、上に抜けろ」
旋回を中断し一気に上昇したライズは、機体を反転させながら俺とマルコの軌道を飛び越えた。
案の定、マルコは俺に狙いを定めたようだ。余計な機動をして速度を無駄にしたくないはずだ。ライズを追うことなく俺に食らいついている。
徐々に距離が詰まってくる。ターニャの冷静な声が注意を発した。
『イナゾー、後方注意。マルコ160、
近い。
俺は操縦桿をすぐさま左に引き倒し、素早く機体を翻して左へと逃げた。左右に細かく切り返し、マルコの追尾をかわしながら背後を振り返る。
遠くに小さく見えるライズの機影は、必死になってマルコの後ろに付こうとしている。だが俺とマルコの動きに振られ過ぎ、なかなか位置を取れない。
あのポジションでは無理だ。ウイングマンからの撃墜を狙うには――。
「ライズ、マルコの右斜め前に付け! 食い込めるタイミングを計る」
『はい!』
やや高度を上げたライズが一直線に後ろから距離を詰める。そして俺の動きに応じて蛇行を繰り返すマルコの斜め向こうに現れた。
対抗機は俺のほぼ真後ろ、ざっと5マイルの距離。すぐそこだ。ウイングマンはいい位置にいる。
右方向の蛇行に入って一呼吸、俺は機体を水平に戻すと同時に操縦桿を手前にめいっぱい引き絞った。
とたんにぐんと急上昇に移り、一瞬抜けたGが再び体にのしかかる。座席に体が押し付けられて身動きが取れない。息を詰め、目を見開き、目玉だけを動かしてウイングマンの姿を視界の端に残しつつ、すぐさま機体を反転させて頭の真下に2つの機影を捉える。
俺の後を追いきれなかったマルコが勢い余って前に押し出され、右に機体を傾けてバンクをとったまま、15の広い背面をまるまるライズに見せていた。
今だ!
「ライズ、入れ!」
ライズが左に機体を翻し、一気に機首を対抗機に向ける。それに気づいたマルコがとっさにライズに正対し、レーダー照射をかわそうと動いた。近すぎる距離で正面を向かれると、逆にレーダーは目標を捕捉できなくなる。
だが、ライズの反応はマルコの回避行動より早かった。
『ロックオン、フォックス・ツー!――
よし! やった!
ウイングマンからの対抗機撃墜のコールを聞きながら、俺はスロットルに乗せていた左手で思わず小さなガッツポーズを作っていた。
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