第2話 何からはじめたらいいの?

 ジリジリ……


 朝を知らせる目覚ましの音がなった。音を頼りに目覚ましを見つけ止めようとした。しかし見つからない。手であたりを探すが音だけが鳴り響いていた。

 仕方なく目を開いて探すと、時計が宙に浮いていた。


「おい、勝手に目覚ましを持つな。わからなくなるだろ?」


 宙に浮いている時計に向かっていうが、人など誰も見当たらない。傍から見れば寝ぼけているように見えるだろう?

 だがそうではない。確かにそこにいる。人間とはだがな…。


「いいじゃないこれって設定した時間に音が鳴るのね?実に興味深いわ。」


 時計を手に持っている人物、いや、人外はこの間俺にいきなり余命宣告してきやがった死神だ。

 死神という割には、禍々しさは感じられず、どちらかと言うと俺と同じくらいの歳の少女にも見えた。

 ただ格好を除けば…。


「お前ってさ、ずーっとその姿なの?」


 彼女の姿は漆黒のドレスに身を包んでおり、黒い翼が生えていた。かなりキテレツな格好だが、アニメに出てきそうであり、可愛いと思えた。

 彼女は何か気に食わなかったのか俺の方を見てきた。



「ちゃんと私にはターナって偉大な名前があるの。お前って呼ばないでよ。この人間風情が。」



 可愛い顔をしてとんでもない毒舌だ。こいつ人間をどんだけ下に見てんだよ。

 少しイラッとして殴りたかったが、生憎こいつは死神触ることなんてできなかった。向こうは任意で物を触れという。

 なんかずるくない?



「あーも、わかったからとりあえずそのボタン押して目覚ましを止めてくれよターナ。」


 もう目は覚めており、あとはずっと部屋中に鳴り響いているうるさい目覚ましをとめることだけであった。

 とりあえず目覚ましを持っていたターナに催促した。


「ここを押せば鳴らないの?人間って奇妙な物を作るのね。」


 彼女はそう言ってボタンを押してうるさい目覚ましを止めて、テーブルの上に置いた。

 そして蒼志は心地の良いベッドから起き上がり、リビングへと階段を下っていった。リビングには母親がキッチンで料理をしていた。そしてテーブルの方にはもう、妹が先に座って朝御飯を黙々と食べていた。


「おはよう。母さん、璃乃あきの。」


 2人に朝の挨拶をして、自分の席に着いた。


「あら、おはよう蒼志。最近は起きるの遅いけどどうしたの?」


「まぁ、最近眠気が強くてね……。」


 俺はいつもは、もう少し早くおきているはずなのだが、が来てから色々と大変なのだ。

 知らないことがあると、すぐに俺に聞いてくるし、納得するまで説明を求めてくるし、俺を見下しているし……。とにかく言ってしまうと限りがない。

 後余命が1年しかないのにこんなことでいいのか?と思った。


「兄さんは相変わらず、間抜けな顔をしていますね。愉快です。」


 真顔で俺にひどいことを言ってくるこの少女、一言で言うと俺の妹だ。あまり感情に起伏がなく常に真顔である。

 昔はもっと「お兄ちゃん〜!!」って言って俺に抱きついてくるような可愛い妹だったのに、今では真顔で罵倒するような有様だ。


「うるせぇ、寝起きだからしょうがねぇだろ?」


 妹の罵倒に反論した。確かに、間抜けな顔であることは認めるけど、こいつに言われると少し腹が立つ。

 俺は朝御飯を食べ、歯磨きを済ませて、部屋に戻り制服に着替えた。うちの学校はブレザーとスラックスなので、ネクタイを結ぶ必要がある。最初こそは戸惑ったもの、今では寝ぼけても結ぶことができる。

 俺はスラックスを履こうとスウェットを脱ごうとした時に、いきなり大きな辞書が蒼志の頬をかすめて飛んできた。


「ば、ばかもの!!偉大なる私がいる前で着替えとはどういうことよ!?見えるでしょ!?」


 辞書を飛ばしてきたのは他でもない、ターナであった。いや、辞書をものすごいスピードで投げる方がばかだろ!?そんなことを思っていた。

 ターナは紅く赤面しており、恥じらいを見せていた。

 蒼志はさっきの腹いせにちょっとセクハラ紛いなことを聞いた。


「なんだよ?何が見えるんだよ?答えてみろ?」


「そ、それは…。」


「もしかして、言えないようなことを考えていたのか?このムッツリ死神め。」


 俺はターナに何が見えるのか?を追求した。彼女の方は顔が真っ赤であたふたしており、実に愉快であった。

 でも普通に俺のやっていることは完全にセクハラなので、外では控えておこう。社会的に抹殺されるから……。

 ターナはムッツリ死神なんて言われたことに、頭にきたのか、どこからともなく大鎌をだして俺に振り下ろそうとしてきた。


「貴様…。よくも偉大なる私を侮辱したわね?ゆるさない……ゆるさない!!!死ねぇ!」


「まてまて!?そんなの振り下ろされたら俺、寿命が尽きる前にしぬじゃん!!」


 赤面して目から少し涙がでていたターナは後先を考えずに、大鎌をなんども振り下ろしてきた。

 蒼志はそれをギリギリでかわし、とりあえずターナに謝った。彼女のご機嫌をとるのにその後苦労したのは言うまでもない……。


 ―――――――――――――――――――――



 ターナの機嫌をなんとか取り戻した蒼志は、学校までの道のりを1人歩いていた。いや、正確に言うと、1人と1体と言った方が正しいか…。

 蒼志が学校に行くのに、ついていくとターナは言った。はじめこそ拒否したものの、姿が他の人には見えないということで、仕方なく連れていくとにした。

 余計なことをしないという条件付きで……。



「それにしてもさ、俺って死ぬまでに何からはじめたらいいの?」


 蒼志は知っての通りあと1年の命。それまでやることがあると考えたのだが、全く現実味がなかった。

 別に残すものがないので、終活?みたいなことはできなかった。もしくは、何かをすればその余命宣告から回避できるらしい。とりあえず、蒼志に残り1年の命だと言ってきた本人に聞くことにした。


「そんなもの、偉大なる私に聞かなくても自分で考えなさいよ。このおバカ。死ねばいいのに。」


「お前絶対死神の世界で友達少ないだろ?ていうか、どうせ1年後に死ぬかもしれないし。」


 黒い羽でパタパタ俺の真横を飛んでいるターナに話かけたが、素っ気なく返された。

 こいつはいちいち人をバカにしないと会話できないのか?と思った。

 でも毎回突っ込んでいたらきりがないので、あえて何も言わなかった。



「お前死神だからそういうことを知ってるんじゃないの?」


「それは、もう死因まで詳細に書いてある人間は死ぬのが決定事項だから、終活できたりするけど、貴方はイレギュラーよ?死因が詳細に書いてないなんて見たことないもの。」


 俺の質問にけだるそうに返してきた。そんな返しに俺は困り果てた。かなり希少な例外である俺のような状態は今まで無いとのことだ。

 これでは、模範がなくてわからない。それに死を回避する方法も思いつかない。


「とりあえずさ、貴方のザックリした死因が事故死って書いてあるから、家からでなければいいじゃない?」


「いやそれじゃあ、俺不登校扱いになるじゃん!?いやだよそんなの。」



 なぜだろう。死ぬかも知れないとわかっているのに、勉強を投げやりにすることができなかった。

 例え死ぬにしても、勉強を疎かにすることは母親に対して申し訳ないと思ったからではないか?


「まぁ、これから考えていけばいいじゃない?まだ1年あるし。」



「だから、1年経ったら死ぬかもしれないって言ってるだろ?」



 何故か愉快そうにしているターナに俺は突っ込んだ。こいつ人事だと思って適当なことを言ってるな。

 いいなぁ、死神だったら死ぬことなんてないし。そんな虚しい願望を感じて俺は学校への道をひらすら歩いっていった。

 すると後ろから、誰かに呼ばれるような声がした。


「相川く〜ん!おはよう〜!」



 後ろを振り返ると、少し小走りで手を振り、俺の元に走ってくる女子の姿が目に入った。

 ブロンズのハーフアップに整った顔立ち、そして大きな二つの果実。誰がどう見ても美人と言えるような姿をしていた。



「名瀬さん!?」


 俺は驚いた。それだけでなく心臓がドキドキした。何故かと言うと、俺は彼女 名瀬穂乃果なぜほのかのことが好きなのだ。

 しかし、向こうは学校のアイドル的な存在の人なので、俺が近づくのはおこがましいのであった。

 そんな彼女が蒼志の名前を呼んでこちらに向かって走ってくる。それだけで蒼志はもう死んでもいいやと思うようになった。いや、死にたくはないが…。

 とりあえず、平静を保ち普通に話しかけようとした。


「お、おはよう!名瀬さん。げげげ、元気?」


 だめだ。彼女が目の前にいることに緊張しすぎて上手く喋れない。自分のヘタレさに心底憎んだ。

 しかし彼女は優しく微笑んでくれた。まるで天使のような微笑みだった。今俺の目の前に学校のアイドルの名瀬穂乃果が微笑んでくれる。

 今日は一体なんて日だ!?そう思えるようであった。

 しかしそんな余韻を潰すように横にいた。天使とは真逆の存在は彼女を吟味するように見ていた。


「なんだ、偉大なる私の方が可愛いじゃない?そう思うでしょ?蒼志?」


 人が余韻に浸っている時に…。それに今話しかけて来るな!眼の前に名瀬さんがいるのに、お前に話しかけたら、姿見えてないから独り言を言っているようにしか見えないだろ!?心の中でそういうが口には出せない。

 とりあえずターナのいる方に素早く向いて口の前で人差し指を立てて 黙れ とジェスチャーをした。ターナは少し不機嫌な顔で蒼志を見た。

 そんなことは気にせずに名瀬さんの方を見た。


「うん元気だよ!そうだせっかくあったことだし、一緒に学校に行こう?」


 その心を奪われるような瞳で名瀬さんは俺を見てきた。やばい、もう心臓がドキドキしすぎて飛び出そう!!落ち着け俺……。

 こんな美味しい出来事はまずない。しっかりと噛み締めなければ、そう思った。

 そして、その提案に乗るように返事をした。


「いいよ!俺でよかったら。」




 そう言って蒼志は残りの学校まで道のりの時間を天国いるような時間で過ごした。色々とあったが……。


 ちなみに横にいた死神のターナだけはえらく不機嫌になり、学校への道中、蒼志に様々ないたずらを仕掛けてきたのは言うまでもない。












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