9-27.勇猛果敢であれ

 挑発的な行為だと言われればその通りだった。馬鹿げた行いだと言われれば首を縦に振るしかなかった。しかし、ギル・セルバドスはその程度のことは全て納得ずくでそこに立っていた。


「随分と物騒な物を持っているが、何用か?」


 門扉の向こうの集団を睨みつけ、ギルは尋ねる。

 どこか青ざめた顔をした初老の男が、震える声を張り上げた。


「此処に移民を匿っているだろう! どういうつもりだ!」

「どういうつもりも何も、近所の方をパーティに招いてはいけないという法はないだろう」


 わざとらしく笑うギルに、男は舌打ちをする。後ろに続く者の数は、商店街に踏み込んだ時より膨れ上がっていた。『異邦の門』の決起を聞きつけて駆けつけてきた他の団体によるものだったが、それにより彼らはもう一歩も退くことが出来なくなっていた。

 少しでも多くの移民を。彼らの中にはそれしかない。


「移民に味方するなら、こちらも容赦はしない。この武器が飾りだと、お、思うな!」

「馬鹿馬鹿しい……。移民だからなんだというんだ。元を正せばフィン人は東アーシアからの移民だろう」


 涼しい顔でギルは答える。元軍人で第一線で戦ってきた老人にとって、明らかに素人である群衆が掲げた武器などは恐ろしくも何ともない。その銃口が我が子や孫に向くのなら恐怖の一つでも覚えるが、自分に向けられている限りは恐れる理由がなかった。


「悪いことは言わない。すぐに帰れ。こっちはパーティで忙しい」

「ふ……ふざけるな! 殺されたいのか!?」

「お前たちは移民に危害を加えに来たのだろう? なのに、最も古い家に銃を向けるのか」


 騒がしかった群衆が少し怯んだ。フィンという国が出来た時から続く家系。あまり周囲には知られていないが、反移民運動に参加する人間の間では有名である。ギルはそれを知っているからこそ、たった一つの自慢を盾に取っていた。


「向けても構わないが、それなりの報復は覚悟しろ」


 静かな、しかし強い意志を持った言葉に先頭にいた何人かが及び腰になる。

 訓練もされていなければ、心の準備すら許されなかった集団としては当然の結果だった。ギルは半ば呆れながらも、次の言葉を考える。優先すべきは近隣の住民の安全であり、それを守ることが出来れば上々と言える。


 政府高官という立場、それと四人の子供たちが持ち込んだ情報により、ギルは中央区で何が起きているのか把握することが出来た。執事やメイドに命じて近隣の状況を探っていたところ、思ったよりも移民排他運動が激化していることを知った。

 この事態を黙って見過ごすほど、ギルは優しい人間ではなかった。「勇猛果敢であれ」を信条としたセルバドス家の当主が、移民狩りに怯えて屋敷に引きこもっていることなど、そのプライドが許さなかった。


「黙って引き返すのなら、少しは肩を持ってやろう。こんなこと、馬鹿げていると思わないか?」


 諭すような言葉に、動揺した者たちがざわめいた。あと少しで銃を下ろさせることが出来る。ギルがそう確信しながら言葉を続けようとした時、一発の銃声が鳴り響いた。


「お、思い出した! 此処のメイドだ!」


 門から少し離れた場所にいた男が、硝煙の立ち上る銃を両手で握りしめながら叫んだ。


「一昨日会ったメイド! 青い髪の女を、お嬢様って呼んでたんだ! な、何がセルバドス家だ。移民の血が混じってるじゃないか!」


 銃口が一斉にギルに向く。その一つ一つを眺めるように、ギルは視線を右から左に動かした。


「よくわからないが、孫を侮辱したな? ならば交渉は決裂だ」


 ギルが手を挙げると、屋敷の上空に魔法陣がいくつも浮かび上がった。複雑に絡み合った魔法陣が次々と起動し、敷地の中に障壁を作り出していく。見るものが見れば、それがアカデミーの最新技術を応用したものだとわかる筈だった。


「中に入りたいなら入ってみろ。但し、セルバドス家を甘く見るな」


 ギルが背にした屋敷の方向から、軍式ライフルの重い発砲音が響き渡る。それが開幕の合図となった。

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