9-25.破壊の始まり
第二地区の小さな商店街が煙と炎に飲み込まれていた。厳しい冬の寒さを凌ぐために作られた分厚い壁も、黒く塗られた屋根も、全てが砂糖細工のように脆く崩れて瓦礫を四散させている。
瓦礫によって出来た粉塵の中を進むのは、武器を手にした人間たちだった。何かに追われるように、逃げるように、血気迫る顔で銃の引き金を引いては前へと進んでいく。
「もうこうなっちゃったら後には引けない、よなぁ?」
ラドルは狂気に染まったそれを見下ろしながら愉快そうに笑った。通りを見下ろす場所にある時計台は、普段はあまり使われないために黴の匂いがする。だがラドルの嗅覚は自分の皮膚が放つ腐臭により何年も前から麻痺していた。
『事前に流した情報で、異邦の門以外の反移民運動の連中も集まりつつある。本当に人間と言うのは愚かだ』
商店街に着くなり、ラドルは指を打ち鳴らして空から雷を落とした。曇り空の下で雷は美しい放射状の光を放ち、そして商店街の殆どの建物を破壊した。
「同じようになりたくなければ進め」と告げれば、後は簡単だった。武器を手にした者たちは自ら商店街の中へと入っていった。そうなればもはや、『異邦の門』はこの破壊行動と無関係ではいられない。引き返すことが出来なくなった彼らが目指すのは、徹底的な移民の排他しかない。
『正直、てめぇらの目的なんかどうでもいいけどな。でも移民排他運動を利用すれば、あの人が見つけやすい』
包帯の隙間に指を入れ、皮膚の表面を掻く。腐った皮膚片が爪に絡みつき、黴まみれの床に落下した。
『さて、もう少しやっておくかーな、っと』
この程度はシ族にとっては児戯に等しいものだった。「シ」は「破壊」を意味し、人間には決して使役出来ない力を操る。その気になれば第二地区の全てを焦土にすることぐらい、容易いことだった。
あまりにも脆い光景を見下ろして、ラドルは背中を揺らすようにして笑う。少し離れたところで集団が蠢いているのが見えた。恐らくは制御機関か軍の関係者と思われた。
『邪魔はされたくないんだよな』
そちらに右手を向け、指を構える。そしてそれを弾こうとした刹那、ラドルは自らその動きを止めた。煙の立ち込める商店街の方を睨みつけ、数秒間考えこむ。包帯にしみ込んだ体液が薄く流れ落ちた。
『どういうことだ? 人間の気配が少なすぎる』
この破壊の規模であれば、怪我人も死者も多く出ている筈だった。だが商店街の何処からも、死人はおろか逃げ惑う人の姿も見られない。
『逃げたってことか? 確かに避難勧告は出されていたけど……何処に……』
周囲を見回したラドルは、商店街から少し離れた場所に何かを見つけて目を見開いた。
大きな屋敷が立ち並ぶ区画に、異色を放っている建物があった。古めかしい門扉に古めかしい屋敷、庭までもが旧式のその屋敷に、いくつもの旗や垂れ幕が揺らめいていた。そのいずれもが一目で骨董品とわかる代物であったが、中央に描かれた一角獣の紋章は鮮やかな色を保っていた。
庭の中央には一人の老人が立ち、鋭い眼差しで通りを睨みつけている。
『何だ、あれは。あそこに避難したのか?』
あまりに馬鹿げた光景にラドルは呆気に取られた。移民を匿うまでなら兎も角、わざとそれを知らせるようなことをしている人間が理解出来なかった。それがフィン国で最も長い歴史を持ち、同時にとんでもないお人好しと称されるセルバドス家であることをラドルは知る由もなかったが、知ったとしても疑問は解消しないに違いなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます