9-24.報告そして警告
「……以上が報告となります」
リコリーはそう言って、書類をデスクの上に戻した。昨日より配置が少し異なる気はしたが、特にその理由をテオに尋ねることはしなかった。
部屋の外は朝から人の行き来が多く、時には焦ったような叱責も混じっている。始業時間から暫く経った今もそれは変わらない。分厚い扉越しでは詳しい話の内容までは聞き取れなかったが、恐らくは皆同じようなことを口にしていると思われた。
「ありがとう。参考になったよ」
テオは満足そうに頷いた。そのデスクにはリコリーとは比べ物にならないほど大量の資料が積み上げられている。
「犯人の足取りまでは掴めなかったか」
「すみません」
「謝ることはないよ。もしかしたら、と期待しただけだからね。それに最初に犯人を取り逃がしたのは私だ」
苦笑交じりにテオは言った。リコリーはその表情を見ながら、ふと口を開く。
「ゼンダーさんは何度か調律に立ち会ったんですよね?」
「あぁ、そうだよ。あぁいった管轄が不明瞭な仕事はこちらに回ってくるからね」
「僕、あのワイヤーオルガンを聴いたことがないんです。評判だけはよく知っているんですけど」
「それは勿体ない。機会があれば聴いてみるべきだ。そこらへんのピアノなんて比べ物にもならないほど、深みのある音がする」
「音楽自体にさほど興味がなかったので。でもちょっと気になります」
リコリーは少し笑うと、そのまま話を続けた。
「気になると言えば、昨日現場でいくつかおかしな点があって」
「今の報告にはなかったようだが?」
「その……上手く文章に出来なかったんです。あまりに僕の主観に偏っているし、それで捜査の邪魔になったら困るかも……」
「構わない」
テオは毅然とした様子で首を左右に振り、真っすぐな眼差しでリコリーを見据えた。
「今はどんな子細な情報でも必要だ。言ってみなさい」
「はい。……実は、犯人が裏口から」
そこまで言葉にした時だった。天井に埋め込まれたスピーカーから大音量で警告音が放たれ、狭い部屋に響き渡った。
『第一警告発令。全職員に告げる。第二地区にて大規模な爆破行為。『異邦の門』のメンバーを確認。全員武装している模様。繰り返す――』
軍と制御機関で速やかに事態を収束する場合にのみ発令される、第一警告。非常事態にしか発令されないそれを聞いて、リコリーは思わず身を竦めた。
しかしテオはそれを予期していたかのように、悠然と椅子から立ち上がる。
「思ったより早かったな。昨日のうちに避難勧告をしておいてよかった」
「避難勧告?」
「気にしなくても良い。打つべき手を打っただけだからね」
安心させるかのような静かな笑みをテオは向ける。
「……現場に向かうべきでしょうか」
「そうだな……少なくとも部屋に籠っているべきでないのは確かだが、刑務部や法務部に混じって動くには彼らとの連携が足らず、却って足手まといになる。少し後から管理部が増援で行くだろうから、そこに混じることにしよう」
「わかりました」
そう返したリコリーだったが、声は少し震えていた。テオはそれに気が付いて軽く肩を竦める。
「大丈夫だ。落ち着きなさい」
「僕は平気です。ただ、下の喫茶店が気になって」
「そうか、妹さんがいるんだったね」
警報が煩く繰り返される中、テオは何秒か考えこむ。そして一度目を閉じると、軽く頭を振ってから口を開いた。
「ここでは会話も出来ないな。君の話も途中だし、一度下に行こう。運が良ければカンティネスの頭も借りることが出来る」
「良いんですか?」
「利用できるものは何でも使うべきだ。それにあそこなら、管理部が出て行くときにも合流しやすい」
決断を下しながら、テオは壁にかかっていたコートを手に取る。リコリーはそれを見て慌てて椅子から立ち上がった。
扉の外にはいくつもの足音や声が入り乱れている。怒っているような嘆いているような、あるいはどちらにすることも出来ずに吐露しているような、そんな空気が満ちていた。リコリーは何かが「弾けた」のを肌で感じ取りながら、自分のコートをしっかりと握りしめた。
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