9-20.傭兵と剣士の考察
ミソギは封筒の裏に書かれた細かい文字を凝視していたが、やがてそれを片手で握りつぶした。
第三地区にある珈琲の専門店は値段が他に比べて倍近く高いが、偶に故郷のヤツハ茶を仕入れていることもあり、ミソギはよく愛用していた。少し高い柵に囲まれたテラス席には人は疎らで、ウエイターは客の邪魔にならないように歩き回っている。しかしその視線が自分へ向けられる頻度が高いことに、ミソギは少々うんざりとしていた。
「まぁ原因はわかるけどね」
移民排他運動が高まりつつある現状、店としてはフィン人でないとわかる風貌の客を入れたくないに違いなかった。
ミソギは己の風貌を、二十年以上振りに煩わしく思いながらヤツハ茶を口に運ぶ。独特のほろ苦い味を舌の上で回すようにして味わった後、「それで」と対面に座る男に切り出した。
「いつの間に傭兵から配達員に転職したんだい?」
「金さえ貰えれば何でもしますよ」
紫色の長い髪に同じ色の瞳を持つ若い男はそう返した。衆人の目を惹く美貌と自信に満ち溢れた態度は、リム・ライラックという男には非常に相応しいものだった。守銭奴という一面を持っているが、それはリムの魅力を少しも損ねてはいない。
日も落ちかけた時間帯、ミソギの黒い髪が闇に紛れようとするのとは逆に、リムの紫色の髪は闇を吸い込むかのように鮮やかに見える。
「こういう状況のほうが傭兵としてはありがたいですからね。仕事はいくらでもあるし、金払いも良い」
「なるほど。……抜け目のない君のことだ。『異邦の門』についてもある程度調べてあるんだろう? ついでだから教えてよ」
「俺は高いですよ」
「だからどうした。言うか言わないか、君にあるのはそれだけだ」
ミソギが素っ気なく言うと、リムは軽く肩を竦めた。
「敵いませんね。まぁ良いでしょう。貴方に渡した手紙にも書いてある通り、『異邦の門』は抗議活動の準備を進めている。といってもそこで使われるのは主義主張の言葉じゃない。暴力と弾丸です」
「それは彼らの意思かい?」
「元々過激派ですけどね。でも銃まで持ち出すのはやりすぎだ。武器商人が裏で糸を引いているようですよ」
「ハリから来た武器商人、ね。ビジネスに利用されたか」
その言葉にリムは形の良い唇を吊り上げ、そして細く長い指を宙で揺らす仕草をした。
「そう。彼らは利用されています。誰かが描いた馬鹿馬鹿しい図面の上で」
「待つのは戦争か、それとも干渉か。どちらにせよ碌なことにはならないね」
「……でもちょっと変だと思いませんか?」
リムが少し声を潜めて身を乗り出す。男にしては長く、扇状に広がった睫毛に夕暮れの斜光が溶け込んでいた。
「変って?」
「一見すると武器商人はフィンで起こっていることを知り、ビジネスチャンスを物にするために来たように思えます。ですが、移民排他運動を起こしている団体に、ハリの商人が接触するでしょうか?」
シンプルな問いは、しかしミソギの細い眼を見開かせるには十分だった。
「……確かにそうだ。あまりに無謀すぎる」
「武器商人はフィンにも存在します。取引をするならそちらでしょう。ではなぜハリの商人が契約を結べたのか」
「順当に考えれば、有益な取引条件をぶら下げて来た……ってとこかな」
「なるほど。流石はクレキ中尉、良い着眼点です」
わざとらしい笑みと共にリムは軽く手を叩いた。全くそう思っていないのは明らかであったが、ミソギはそれに逐一反応をしてやるほど優しくはない。無反応のままでいると、リムは勝手に言葉を続けた。
「俺も同じことを考えたんですよ。最初は武器の性能が良いのかと思いました。しかし『異邦の門』が軽々とそれを信じて武器を握る愚か者とは思えない。それに、本当に良い武器か確認出来る者もいないでしょう」
「まぁそうだね。そこまで審美眼に長けたメンバーがいるなら、自分で武器を集めるだろうし」
「えぇ。そして色々考えた結果、一つの仮説に行きつきました。武器商人はもっと前から……」
「彼らに接触し、いずれこのような事態が起こることを示唆していた」
今度こそリムは本気で驚いたようだった。形の良い唇の端を少し曲げるようにして、ミソギの顔を見つめ返す。平素であれば絶対にしない表情と言っても良い表情だった。ミソギはそれに満足しながら口を開く。
「武器商人はフィンに訪れる危機のことを知っていた。そして『異邦の門』にそのことを無償で教えた。最初は信じてもらえなくても良い。実際に事件さえ起きてしまえばこっちのものだ。彼らは多少自分たちの信念に目を瞑ってでも、武器商人にコンタクトを取らざるを得なくなる。次にフィンに起こることを知るために。お前が言いたいのはこういうことだろ?」
「……そうです」
悔しそうな顔を隠すためか、リムは自分のカップを口元へと運んだ。
「そうでなければ説明がつかない。恐らく武器商人もハリの工作員か、その息がかかった人物でしょう」
「工作員……ねぇ」
ミソギは首を傾けて溜息を吐いた。
「それにしては随分と人道的だな」
「どういう意味ですか?」
「なんて言うか、欲望だとかそういうものが滲み出てる気がするんだよ。本当に国家が行う陰謀工作であれば、もっと機械的に物事が進む。俺たちが昔、どこかの巨大犯罪組織を壊滅させた時のように」
「工作員などいない、と?」
ミソギはそれに答える代わりに視線を逸らして肩を竦めた。
「さぁね。それを考えるのは俺の性分には合わないよ。ただ言えることは、誰かがこの状況を止めなきゃいけないってことだけだ」
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