9-16.紫煙の行方

 冷たい風と爽やかな空気は、今の情勢に見合っているとは言えなかったが、人間たちの諍いなど世界にとっては子細なことに違いなかった。人通りのない道を眺めながら、カルナシオンは店の前で大きく紫煙を吐き出した。


「武器商人を雇ったか」

「えぇ。まぁあれでは利用されるのがオチですね」


 風上に立ったヴァンは溜息交じりにそう言った。


「まだ決定打はありません。ですが、一つのバランスを失えば、もはや誰にも流れを止めることはできない。中央区が崩れれば他の四区も巻き込まれる」

「集中政権のツケってやつだな。何が決定打になるかわからないから、制御機関も軍も政府も手を出せない」

「先輩はどう考えますか?」


 カルナシオンは煙草を口に咥えたまま軽く首を捻る仕草をした。


「『異邦の門』に武器商人が入り込んだということは、次に行われるのは武力行使だ。今までは卵や石を投げてた連中が、銃やナイフを手に取るようになる。いや、させられる」

「俺も同意見です。セルバドス管理官が当初から示唆していましたが、黙殺されています」

「黙殺はしていないよ」


 不意に横から入り込んだ声に、二人は驚いて振り向いた。そこにはかつての上長であるテオが苦い表情を浮かべて立っていた。


「……ゼンダーさん」

「カンティネス、煙草はいい加減に控えたらどうだ? 悪癖の一つだぞ」

「今更一つ悪癖を消したところで手遅れです」

「違いない。……シノ・セルバドスの忠言については早い段階から耳に入っていた。しかし、制御機関は武力行使は出来ない。軍の協力が不可欠となる。下手に動いて移民狩りの連中に嗅ぎつけられては本末転倒だ」


 テオはヴァンの方に視線を向ける。責め咎めるものではなく、少々呆れながらも若手を温かく見守るものだった。ヴァンは決まり悪そうに黙り込み、何度か瞬きをする。


「こういう状況だ。昔の頼りになる先輩に話をしたい気持ちはわかるけどね、節度は持ったほうが良い」

「すみません」

「次からは気をつけなさい」


 無言で頷くヴァンの横で、カルナシオンは風下に煙を吐き出した。


「ゼンダーさんのところに、リコリーが入ったそうですね」

「あぁ、随分と生真面目な子だね。今日はエルシャトン教会に調査に向かわせる予定だ」

「昨日、腹が減ったって半べそかいてましたから、ちゃんと飯食うように言っておいてください。何しろ真面目なうえに融通が利かないんでね」

「それは悪いことをしたな。わかった、言っておくよ」


 テオがその場を去ると、カルナシオンは短くなった煙草を傍の灰皿に投げ入れた。


「昨日入ったやつを一人で現場に向かわせるか、普通? リコリーは法務部の新人だぞ」

「それほど人手が足らないとか?」

「いや、多分その時間帯に上の連中が会議をするんだろ。監査局の詰め所で」

「なるほど。……探りますか?」


 元後輩の申し出を、しかしカルナシオンは首を左右に振って断った。


「やめておけ。多分、ここでお前が動けば刑務部全体が行動を制限される。お前、制御機関辞めるつもりないんだろ? 無茶はするな」

「……先輩らしくもない言葉ですね」

「馬鹿、俺は昔から後輩思いだろうが。……そろそろ行け。他の職員に見られる」


 二本目の煙草を咥えたカルナシオンは、シガレットケースを持った右手を振り、ヴァンを追い払う仕草をした。ヴァンは何か言いかけたものの、結局無言のまま制御機関の入口へと向かう。駅の方角からは出勤する職員たちが続々と現れていた。

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