9-15.同期の准将

 軍の食堂は夕食時を迎えて賑わっていたが、ランバルトのいる席に近付く者はいなかった。食堂の席は階級か部隊毎にまとまって座るという不文律が存在する。いつもならその席には十三剣士の隊員が一人か二人はいるのだが、今日はそれすらも見当たらなかった。


「……何だ」


 ランバルトは近づいてきた一人の軍人を見て低い声を出した。

 安っぽい金属製の器が乗ったトレイを持って現れたその男は、無言のまま向かいの席に腰を下ろす。甘辛く煮た白身魚を小麦粉で練り固めたものが皿の上に不格好に載せられていた。


「同期を見かけたから近づいてみただけだ」

「今、私に近付いても良いことはないと思うぞ、セルバドス准将殿」


 ゼノはそれを聞くとわざとらしく肩を竦めた。


「自分を疫病神のように言うことはないだろう、トライヒ准将殿」

「少なくとも、クレキはそう思っている」

「部下に大きな顔をさせているのはお前の失態だ」

「あいつらが素直に命令を聞くような人間なら、あれほど強くはならない。……あの件は」


 ランバルトが尋ねると、ゼノはフォークで魚の身を解しながら口を開いた。


「弟に託した。うちの義弟の店を使っているのは知っていたが、この緊急事態に使うような場所か? 見ての通り、奴は」

「フィン人ではないな」


 そもそも人間ですらないことをランバルトは知っているが、それは口には出さなかった。言ったところで信じて貰える保証はなく、信じたとしても今の状況に何か貢献するわけでもない。


「付き合いは長いのか?」

「……それなりに。まぁ、主に使うのはクレキだな」


 ランバルトとしては、出来ることならばホースルに借りを作りたくはなかった。何を考えているかわからない男は、どういう訳かランバルトには非常に好意的だった。普通の人間なら兎に角として、人間ではない何かに好かれても恐怖しか湧かない。だからこそ普段は避けているのだが、この状況では好き嫌いも言っていられなかった。


「セルバドス家としては、この件にあまり関わりたくはないのだろう? すまなかったな」

「好き好んで関わるような話でもない」


 小麦粉と混じりあった魚を口に入れたゼノは、その味に顔を顰めた。軍の食事は不味いとまでは言わないが、決して喜んで口にする味でもない。「レーションよりはまだマシ」という程度だった。


「らしくないな。お前はこういう事態を好まないと思っていたが」

「……十三剣士隊の隊長が他人の心情を探るような真似をするな」


 その言葉にランバルトは口を閉ざした。ゼノは一度顰めた顔をそのままに食事を続ける。そうするのが義務だと言わんばかりの、単調な手の運びだった。


「私はお前に手を貸さない」

「カルナシオン・カンティネスの個人的な復讐は止めたのに?」

「私は奴のことは世話のかかる小僧だと思っているからそうしただけだ。そういう扱いをして欲しいのか?」

「……随分と残酷な言い回しをするものだな」 

「そもそもお前がこの程度で途方に暮れるとも思っていない」


 ゼノはそう言ってから、少し間を挟む。対面する二人の准将を周囲は気にしているようだったが、不用意に近づくような者もいなかった。


「クレキとラミオンの処分について、お前は全く否を唱えなかった。いつものお前では考えられない程の「悪手」だ」

「悪手と来たか。そう不味い手を打ったつもりはないのだが」

「他の隊と違い、十三剣士隊は実力主義だ。そこの隊長ともあろう人間が上層部に言われたからと言って素直に従っては、隊における信用度に関わるだろう」


 つまり、とゼノは続けた。


「お前は素直な振りをして、クレキという「外駒」を手に入れた。残った隊員は間違いなく監視下に置かれるが、謹慎処分中の隊員については「軍の指示系統下にいない」と見做されるため、多少の自由が利く。徴兵制度がないフィン国ならではの抜け道というやつだな」

「抜け道は塞がれる前に使うものだ。クレキはそういう点においては使いやすい」


 食事のついでのように吐露された言葉は、ゼノの眉間の皺を一層深くした。


「随分と素直に言うものだな」

「お前に明かしたところで、こちらの「外駒」には影響はない」


 食事を終えたランバルトは、傍に置いてあったグラスを手に取ると、中に入っている温い水を喉に流し込んだ。安い脂のぬめりが口腔内から剥がされて、水と共に胃袋へと落ちていく。


「上層部の過ちは、十三剣士隊を他の隊と同じだと勘違いしたことだ。私達は元々、有事の際に軍法を無視してでも目的を果たす部隊であり、最後の一人になっても遂行する。つまり、逆に言えば一人でも動けるなら問題ないということだ」

「……それは上層部への意趣返しか?」

「違う」


 ランバルトは明確に否定を返した。


「一度機能しなくなった部隊はもはや役には立たない。我らが機能しなくなれば、フィン国の戦力は落ち、諸外国に付け入る隙を与える。だから意地でも続ける必要がある。それだけだ」

「上層部に逆らってでもか」

「さっき言っただろう」


 椅子から立ち上がったランバルトは口元に笑みを浮かべて言った。


「素直に命令を聞くような人間は強くならない」

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