9-14.裏の企み

「借りちゃっていいの?」

「勿論です。お嬢様のご趣味ではないかもしれませんが」

「そんなことない。この柄、可愛いと思う」


 『ボリーナ』二階にあるシャリィの自室で、アリトラは花柄のスカートの裾を整えた。シャリィは普段はセルバドス家に泊まり込みであるが、週に一度は実家の手伝いをしている。今日もそのために戻ってきたことを、双子は先ほど聞いたばかりだった。


「あの野菜は?」

「お屋敷で頂きました。旦那様は折れてしまいましたが、双子様を守るためです。大根も許してくれます」

「逆だよ、シャリィ」


 冷静にリコリーが指摘すると、シャリィは恥ずかしそうに頬を染めた。まだ少々興奮状態が残っているようだった。


「それにしても許せません。自分たちで移民狩りをした報復なら、放火したのはその移民と考えるべきです。何で違う商店街で、無関係の坊ちゃん達を襲うんですか」

「憂さ晴らしだと思う。商店街の中で仕返しを繰り返したらどうなるか、その人たちだって知ってるだろうし」


 アリトラの言葉に、リコリーは首を傾げた。


「僕は違うと思う」

「違う?」

「憂さ晴らしというのは正しいと思うよ。でもこの商店街に彼らを誘導した人がいるんじゃないかな?」


 リコリーは腕組みをして考え込みながら口を開く。


「イルク商店街って、何処にあるんだっけ?」

「此処から結構離れてますよ。ホースル様のお店がある商店街より更に向こうです」


 シャリィがアリトラの脱いだ服をまとめて持ち上げながら答えた。


「そんなところから、わざわざこっちまで来る理由がわからないんだよ。百歩譲って、素性がわからないように離れた場所を選んだとしても、制御機関のすぐ近くを選ぶかな」


 片割れの疑問に、アリトラが「確かに」と同意を示した。


「あの人たち、外側が完全に乾いた泥団子投げて来た。ということは到着してから暫く時間があった筈。でもアタシ達があの道を通ったのは偶然だから……」

「いや、移民があの道を通る確率は結構高かった筈だよ。広場の決起集会を避ければね」

「移民が通るのをずっと待ってたってこと?」

「というか「この時間に、此処を犯人が通るぞ」みたいなことを吹き込まれていたんじゃないかな。で、目立ちやすい僕達がその標的になってしまった、と解釈できる」


 アリトラはリコリーの言葉に首を傾げた。


「この時間、って?」

「マニ・エルカラムを出る時にライツィ達が集会を行うために入ってきただろ。あれってお前の言葉から察するに恒例の集まりなんじゃないの?」

「うん。いつも決まった日に……、あ、そういうこと」


 あっさりと納得するアリトラだったが、一方で付いていけないのはシャリィだった。洗濯籠に服を置いて来ようとした恰好のまま、話の展開が気になって口を挟む。


「双子様、シャリィにも説明してください。全然わからないです」

「そんなに難しい話じゃない」


 アリトラは緩く首を振ってから話し始めた。


「此処は制御機関のお膝元。移民への排他運動は殆ど起こっていない。そうだよね?」

「はい。場所柄、治安が良いのもありますが、昔から移民に対する差別意識が薄いのです」

「第二地区全体がそうとも言えるかもね。ということは、この移民狩りが誰かに仕組まれたものである場合、その誰かとしては都合が悪いわけ」

「都合が悪いというのは……あまりに平和すぎるという意味ですか?」

「そういうこと。だから波風を立てるために、此処の中心人物がいない時間を狙って、他所の商店街の人間を誘き寄せた」


 波風という言葉にシャリィは何度か瞬きした後に、「あぁ」と零れるような声を発した。下町生まれのじゃじゃ馬娘は、その雇い主の影響で世事には敏い。


「商店街同士の諍いを発生させようとしているわけでございますか?」

「流石シャリィ、呑み込みが早い」


 素直にアリトラが褒める傍ら、リコリーが話を引き継ぐ。


「移民の殆どが商売を出来ない現状、中央区一帯の経済が滞りつつある。その不足分は、商店街同士のネットワークにより補完しているけど、その繋がりを断つような出来事が起きれば、状況は更に悪化するというわけだね」

「なんとか理解いたしました。……少々お待ちください」


 シャリィは丁寧にお辞儀をしてから部屋を出ていく。

 数秒後、階段を駆け下りる音と共に、荒っぽい口調で父親を呼ぶ声が聞こえた。怒鳴りあうようなやり取りがそれに続くが、喧嘩をしているわけではない。この辺りの商店街の人間は基本的に気性が荒いだけである。


「何しに行ったんだろ」

「シャリィのことだから、今の件が広まらないようにユーシルさんに相談しに行ったんだと思うよ。僕達は商店街の取り決めについては部外者だ。任せておくのが良いだろうね」


 それより、とリコリーは片割れを軽く睨む仕草をした。


「何だよ、さっきの」

「さっきのって?」

「移民狩りが仕組まれたとかなんとか。お前に出来る発想じゃない」

「マスターが言ってた」


 喫茶店でカルナシオンが言っていたことをアリトラが伝えると、リコリーは困惑した表情になり、首のあたりを何度か指で掻いた。


「マスターが? 確かに、そういった方面も詳しいだろうけど……」

「うん。教会の事件を解決すれば、移民狩りを抑止出来るかもしれないって」

「確かにそうだけど……。まさかアリトラ、調べるつもりじゃないよね? 今日みたいなことがまた起きるかもしれないんだよ?」


 先ほどの事を思い出しながら、リコリーはアリトラを説き伏せるように言う。しかし、豪胆な性格をした少女にそれは通用しなかった。


「やられっぱなしは性に合わない。でも卑怯な手も嫌いだし」

「別に犯人探すのが正攻法ってわけじゃないと思うよ」

「じゃあどうするの?」

「……念のため聞くけど、これからどうするつもりだった?」


 リコリーが恐る恐る尋ねる。アリトラは片割れの心配を正面から受け止め、そして即座に打ち砕いた。


「明日、教会に調べに行く」

「言うと思った。でも言わないで欲しかった」

「言わないで行く選択肢もあったから、素直に言ったことを褒めて欲しい」

「褒めないよ!」


 リコリーは少し大きな声を出してから、慌てて口を押えた。

 暫くその格好のまま考え込み、やがて手を口から離すついでに大きな溜息を吐く。


「どうせ止めても無駄だろうから、妥協案を提示するね」

「妥協案?」

「明日、僕は教会の方に調査で向かうことになっている。その時に現地で合流しよう」

「一緒に犯人探してくれるの?」

「まぁ今の業務内容にも合致してるし、ゼンダーさんも許してくれるよ。……多分」


 実際、リコリーも事件には興味があった。ただ、新人とは言えど制御機関の職員である立場上、興味本位に首を突っ込むのを避けただけである。

 それに、一人で行動するのは少々躊躇いがあるが、二人なら安心だという、臆病な性格ならではの発想もそこには加わっていた。


「でもとりあえず、今日は大人しくしてようか」

「賛成。母ちゃんたちを心配させるのは得策じゃない。あ、でも今からご飯作るの少し面倒くさいかも」

「だったらユーシルさんに何か作ってもらえばいいよ。僕、偶にはハンバーグ食べたいな」

「それ、良い考え。ユーシルさんのお料理はお祖父様のお気に入りだもの」


 二人は顔を見合わせて微笑む。こんな時にすらも、双子は食欲優先だった。

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