9-13.武器商人の笑み

 リリス・アングレオンは並大抵に言えば苛立っていた。というよりもリリスが真の意味で穏やかでいられたことなど、何十年も無いと言って良かった。五十年という人生の中で、リリスは常に何かに怒っていたし、周囲がそれを理解しないことに失望していた。


「無能が」


 薄暗い部屋でそう呟く。窓のない広い地下室は、小さな声もよく響く。部屋の中にいる同胞達は間違いなくそれを聞いている筈だったが、特に大きな反応も示さなかった。


「刑務部も新聞社も、私達のことをまるで理解していない。移民に対する法が不完全であることを政府も法務部も認めない。この国は駄目だ。とんでもない傾国だ」


 しゃがれた声が絞り出すように放った言葉に反応を示したのは。リリスのすぐ傍にいた一人の男だった。背は高く、長い黒髪を無造作に垂らしている。顔の半分以上を汚れた包帯に隠していて、火傷患者特有の膿んだ匂いが漂っていた。包帯の隙間から覗く口が楽しそうに笑みを作る。唯一明瞭に見える左目は薄気味悪く歪んでいた。


「だったら出て行けば良いのに。だーれもアンタに居ろなんて頼んじゃいない」

「そして移民に国を譲り渡せと? 冗談ではない!」


 リリスは目を吊り上げて言い返したあと、男から目を逸らして舌打ちをした。


「何のためにお前を雇ったと思っている。私たちの理念に下らない茶々を入れて貰うためではないぞ」

「黙っていろとは、契約にぃ入ってなかったように思うけどな。大体、そんなこと命そのものに比べれば大したことじゃない」


 男は自らが腰掛けた椅子の上で姿勢を直した。左脇の革製のホルダーから、大型の拳銃の柄が顔を覗かせている。それとは別に男は銃身を詰めたライフルも抱え込んでいた。


「仕事はしてやろう。でもアンタのありがたいお話に頷いて欲しいのならチップを弾んでくれよ。俺達のような人間を雇うってのは、そーいうこった」


 男の話し方は、少々癖があった。顔の火傷のせいで口が引きつるのか、あるいは生まれ育ちに影響があるのかはわからない。『異邦の門』が雇った武器商人は、今のところはリリスを苛立たせるくらいしかしていなかった。


「それよりも、アンタも他の連中も「準備」を怠るな。俺が持ってきたのは飾りじゃあない」


 男はライフルの銃身で、部屋の奥を示した。『異邦の門』が決起集会などで使用する赤い旗には、フィン王朝の紋章とそれを掲げる手が黒い線で描かれている。そしてその旗の下には大量の武器がコンテナに詰められて並んでいた。


「すぐに使えるようにはしておくべきだ。卵や石投げるのも楽しそう、だけどな」

「私達は楽しむためにやっているのではない。思い知らせるためだ。傲慢な政府や無能な制御機関や、平和ボケした軍隊どもに。フィン人としての誇りを失い、移民にされるがままの現状がどれほどおかしいか。そしてそのおかしさに気付かないことこそが最たる異常だと理解させなければならない」

「この武器を使って、だろ」

「リーダーはそう言ったかもしれないが、本当に使うつもりはない。ただ私達が本気だと知らしめれば良い」

「……くっだらねぇ」


 男はそう呟くと、突然ライフルの引き金を引いた。銃身から飛び出した弾は宙を貫き、旗の中心に減り込む。それが男の狙い通りであることは、落ち着き払った態度が証明していた。


「武器商人に武器運ばせて、綺麗ごとで済むわけないだろ。こっちはビジネスだ。アンタらの理想なんか知ったこっちゃあねぇんだよ。アンタらに武器を使ってもらわないと、次の飯にありつけねぇ。使わないってんなら、あの旗とお揃いになって死ね」


 リリスは包帯の隙間から睨む瞳に、凍るような殺気を感じ取り息を飲んだ。それまで頭に昇っていた血が引き、興奮の奥に隠れていた理性が警報を鳴らす。

 目の前にいる武器商人は自分達を顧客ではなく、何かの駒のように見ているとリリスは気が付いた。純粋な理想の元に活動をしていたつもりが、気が付けば闇商人の商売道具へと成り果てている。何かがおかしい。それは理解していたが、どうしてそれが起きたかはわからなかった。


「お綺麗なまま終わろうなんてするなよ。武器は武器だ。聖母のケツから出たお守りってわけじゃねぇ。大事なのは、それがどこから出て、何処に行くかだ。アンタらはな、その一つに過ぎないんだよ」


 包帯に滲み出た膿が悪臭を放つ。リリスにはそれが自分の足元から漂っているような気がしていた。

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