8-7.殺意の有無

「水差しを倒したのが偶然でなかったとすれば、解決するんだよ」

「私が倒したと?」

「まぁ最後まで聞いてくれるかな。水浸しのまま放っておく人はまず見ない。実際、オルバさんは焦りながら水を拭いたそうだね。その時、君は隣にいたわけだから、多少派手な動きをしても、周りには水を払おうとしたり、あるいは自分の持ち物や服が濡れないようにしているように見えたはずだ」


 テーブルの前方に積み上げられた皿を、刑務官は指で示した。


「これらは上手い目晦ましになる。君の手元を正確に見れた人は果たして客席にいただろうか。君はこれを利用して、オルバさんのグラスに毒を入れた」

「客席の人が見ていなくても、オルバさんには見られてしまいますわ」

「だから君は、彼の目を逸らしたんだよ。「服に水が掛かった」とか言ってね。そうすれば彼は間違いなく、君の方を見て謝罪をするだろう。少なくとも口論には持ち込まないはずだ。大事な勝負の真っ最中。時間を取られたくはないだろうからね。オルバさんの目が自分に向いている間に、君は毒を入れた」


 シャリィはそれを聞くと、すぐに反論に転じた。


「でしたら、どうしてテーブルの上にまで反応があるのですか」

「水差しに毒が入っていたと思わせたいからだよ。グラスだけでは、すぐに犯人が絞り込める。テーブルの上にまで毒を撒けば、水差しに入っていたように見せられるからね。大方、オルバさんが倒れた時に、混乱に乗じて撒いたのでは?」

「私はそもそも、彗星の毒を所持しておりません」

「実家がこの近くで大衆食堂をしているのだろう? 大会前にこっそり持ち込んだのでは?」


 少しの沈黙の後、シャリィは深い溜息をついた。そして、刑務官の後ろにいるカルナシオンを軽く睨みつける。


「カルナシオン様」

「気持ち悪い呼び方するなよ」

「制御機関にはエリートが集まっているという認識でしたが、違うのですか」

「センスの問題はあるだろ。リコリーみたいに」

「坊ちゃんはいいんです」


 リコリーは「どういう意味?」と片割れに問いかける。しかしアリトラは肩を竦めて、首を左右に振っただけだった。

 カルナシオンは咳ばらいを一つすると、年配の刑務官の前に割って入った。


「えーっとですね、部長。その推理には無理がありますよ」

「なんだと?」

「いや、だってね? こいつがそもそも彗星の毒を持ち込めるぐらいなら、こんな煩わしいことはせずに、もっと確実な毒物をグラスに入れればいいじゃないですか。何でそんな面倒なことしなきゃいけないんです?」

「だから、カッとなって……」

「矛盾してますよ。彗星の毒を持ち込んだ時点で計画的な犯行じゃないですか。コンテストの前に毒を持ち込んで、そして殺したい気分になるまで待っていた。支離滅裂でしょう」


 至極尤もな反論に、刑務官は声を詰まらせた。しかし、そのまま認めることが悔しいのか、顔を赤くしながらカルナシオンに質問を返す。


「じゃあ、誰がどうやったと言うんだ」

「知りませんよ。喫茶店の経営者に聞かないで下さい。でもまぁ、事実としてオルバ氏に一番近かったのは、シャリィなわけだ。お前、何か見なかったのか?」

「そういう意味ですと……」


 漸くシャリィは双子から手を離し、代わりに自分の顎に指をかけた。


「そもそもオルバさんの行動が不自然だったと思います」

「お、いいぞ。話してみろ」

「彼は時間がまだ数分残っている状態で、ピザを口の中に突っ込みました。普通、あのような行動は、残り時間が本当に後わずかにならないと行わないのではないでしょうか? 元々、一皿食べきらないとカウントアップされないルールです。運ばれてすぐのピザを口に押し込むより、ある程度減らしてからのほうが良いのでは?」

「でも司会者は、「出ました、オルバ選手の得意技!」と言っていたし、元々そういう食べ方が得意だったんじゃないのか?」

「そうかもしれませんが、何か違和感が……」


 シャリィは困ったような顔をした。自分の中で何かが引っかかっているが、その正体がわからない。そんな様子だった。


「ねぇ、アリトラ。シャリィが言ってるのって」

「うん、多分考えていることは同じ。司会者の人がそう言ったのは、オルバさんが水を飲んだタイミングだった。食べ始めてからじゃない。つまり、元々あのパフォーマンスは水を飲んでから始まる物」

「先に水を飲んでから熱いものを頬張る作戦だったのかな。司会者の人が「得意技」と言っていたくらいだから、大食い大会の常連は知っているよね。それにあの人が飛び入り参加で、熱い物を得意とすることも」

「つまりこの大会は、あの人が参加する可能性が高かったことになる。もしそれを見越して用意していたなら、気化魔法も……」


 アリトラはそこまで言ってから、あることに気付いて首を振った。


「違う。違うよ、リコリー」

「どうしたの?」

「水差しは四つしかなかった」

「水差し?」


 リコリーは怪訝に思って首を傾げる。


「それがどうしたの?」

「グラスもカトラリーも椅子も用意されたのに、水差しだけ四つだった。本当にオルバさんを殺害したいなら、水差しも五つ用意して、それに仕掛けたほうが確実でしょ」

「足りなかったんじゃないの?」

「足りなかったなら、参加者を一人減らせばいい。店員さんが一人いたでしょ。どうとでも調整出来たはず。でも実際には五人で勝負は行われた。店側は参加者が何人だろうと、水差しがいくつだろうと、どうでもよかった。ただ席にさえ座らせることが出来れば」

「席に仕掛けをしたってこと? でもお店の人が殺害を企てる筈が……」

「殺すつもりなんてなかったとしたら?」


 アリトラはリコリーの疑問を遮って、少し声量を落とした声で言った。


「仕掛けをしたのは店側。でも殺すつもりなんて全くなかったんだよ」

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