8-6.他殺か事故か

「何?」

「流石に自殺ではないと思うんだよ。でも、他殺や事故にしても何かすっきりしないんだよね」

「確かに。そもそも、あの人は飛び入り参加。大食い大会では有名人でも、参加するかどうかまでは把握出来ない。それに、あのテーブルにあった毒を持って来れるのは店の人だけでしょ。実際に可能なのかな?」


 これが他殺だとすれば、犯行は観客達の目があるところで行われたことになる。死んだ男はシャリィと接戦を繰り広げており、皆に注目されていた。その中で、毒を仕込んで気化させるのは、ほぼ不可能にも思えた。


「仮に店員さんが、あの人に物凄い恨みを持っていたなら、こんな危ない殺し方しないと思う。大会が終わった後に、毒の入ったお水とかをこっそり渡した方が確実」

「うん。誰が見ていないとも限らないしね。見られていても構わない、と思っていたなら、ナイフで刺したほうが楽だし」

「じゃあ事故?」

「事故……とも言えないと思う。偶然、誰かが毒の濃度を最大にして、偶然それが男性の手に渡って、偶然そこで気化魔法が使われて、偶然それを吸い込んだ。……どれも不自然だよ」


 事実は稀に人々の想像を軽々と飛び越えることがあるが、それにしても、この場合に事故は考えにくい。殺人というには必然が足らず、事故というには偶然が過ぎる。リコリーが悩んでいるのは、まさにそこだった。

 その時、遺体の周囲を調べていた刑務部の若手が不意に声を上げた。


「部長。魔力反応がありました。やはり彗星の毒で間違いなさそうです」


 その声に周囲の人間の視線が集まる。

 魔法陣を用いて魔力反応を調べていたらしい若者の傍で、遺体の鼻梁周りと両手だけが淡く光っていた。テーブルの上には満遍なく反応があり、その端に引っかかっていたダスターも同じだった。


「揮発してしまった分はわかりませんが、この反応から考えると毒は水差しの中に入っていたと思われます。口腔内ではなく鼻梁に強い反応があることから、気化したものを吸い込んだ可能性が高いかと」


 報告を受けた年配の刑務官は、すかさず「水差しは」と問いかける。少し離れた場所で店員に確認を取っていた別の人間が、声を張って返した。


「倒れた時にピザソースが付着していたので、すぐに洗ってしまったそうです。確認しましたが、彗星の毒を希釈した水に漬けられていたので、判別は不可能でした」

「まぁ消毒用のものだからな。となると水差しの中に含まれていた毒を飲んで……。いや、気化しないといけないのか」


 考え込む年配の男の横で、カルナシオンは無関心を決め込んでいるようだった。しかし、嫌でも聞こえてくる報告に対して、反応しかけては思いとどまっているのを、双子は見逃していなかった。


「マスターも気になるのかな?」


 リコリーがそう耳打ちすると、アリトラは少しだけ眉を寄せた。


「違うよ、リコリー。今の聞いたらわかるでしょ。オルバさんが毒を飲み込んだ時に、それを気化したとしたら、犯人はすぐ傍にいて、彼の一挙動を見た上で気化魔法を使わなければいけない。それが出来るのは、シャリィだけだよ」


 途端に短い悲鳴が聞こえて、双子の腕をシャリィが掴んだ。


「お、お嬢様! 私はそんなこと致しません!」

「わかってるよ、シャリィ。でも状況的に不味いのは事実。マスターもそこに気付いたんだと思う」


 現場から、魔法陣の類は見つかっていない。魔法陣、魔法具を使用しない場合、継続時間は短く、効果範囲も狭まる。シャリィの隣にいるのは魔法の発達していないメイディアからの旅行者であり、そんな人間がわざわざ人越しに魔法を放ち、気化魔法で人を殺すとは思えない。

 さらにその向こうの二人は、魔法は使えるようだったが、距離が遠すぎて犯行は難しい。魔法の適用範囲の拡張に、照準補正を追加すれば可能かもしれないが、その場合はかなりの魔力を必要とする。

 だが、シャリィもその二人も、目立った魔力の消耗はない。


「少し話を聞きたいんだが、いいかな」


 年配の刑務官がシャリィに近づいて声を掛けた。双子はその場から退こうとしたが、シャリィが手を離そうとしなかったために仕方なくその場に留まる。


「何でしょうか」

「君は大会の間、ずっとオルバさんの隣に座っていたんだね?」

「はい。お互いに離席はしませんでした」

「席順は、どうやって決めたのかな?」

「お店の方が決めました」

「この店のことはよく知っているのかな?」


 その問いにシャリィは眉を寄せてから首を横に振った。


「存じません。実家は近くですが、こんな洒落た店とは似ても似つかない大衆食堂ですし」

「オルバさんと面識は?」

「ございません。大食い大会に出たのは初めてですし、実家でそのような催し物をしたこともありませんから」


 刑務官は少し口を閉ざして、考え込む仕草をした。それを見たシャリィは不安になったのか、双子の腕をますます強く握りこむ。リコリーが泣きそうな顔をする一方、アリトラはまだ余裕があった。


「勝負は接戦だったようだが、負けそうになって焦ってしまったりとか、あるいはちょっと腹を立ててしまったりとか、そういうことはなかったかな?」

「私が勝負に負けそうになったから、オルバさんを殺害したとでも?」

「例えばの話さ」


 シャリィは一瞬、顔を引きつらせた。怒りや戸惑いが混じりあった複雑な表情を浮かべたまま、絞り出すような声を出す。


「私はそんなことは致しません。第一、どうやって殺害したと仰るのですか」

「理屈としては簡単でね」


 刑務官は双子のことを一瞥してから話し始めた。二人が聞いていようといまいと、そんなことは関係がない。そんな態度だった。

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