5-5.幼馴染の動機

「二つの話が同じものだとすると、ポイントはレミー女王に火傷を負わせた「火」だと思う。これって戦火のことなんじゃないかな」

「確かに戦争では火薬を多く使うから、「戦火」って言うね」

「火を鎮めるには「水」。「財を守って水をもたらす」っていうのは、火事になった時に水を出して消火してくれるってことなんじゃない?」

「あ、そっか。でもそれなら店の中に吊るすんじゃないかな?」

「リコリー、これは「気球」だよ」


 アリトラは思い出させるように言って、ガラス球の表面を指で突いた。


「多分この中には魔法によって凝縮された水が入ってるんじゃないかな? それが全部外に出されると、このガラス球は宙に浮くようにできているのかも」

「何のために?」

「火事が起きたって皆に知らせるため。大臣の気球が必要な時に皆を助けたように、このガラス球も必要な時だけ浮き上がる。使用してしまったガラス球は浮いてしまうから、未使用か使用済みかはすぐにわかるしね」

「なるほど……。じゃあもしかして蛙も?」

「当たりー」


 店の中に軽快な拍手が響いた。


「同じ話から生まれた二つの話。さらにそこから生まれた「お守り」。同じ効果を持っていてもいいんじゃない? 蛙がコインを吐き出したのは、火事の後。あの置物の蛙はコインを抱えていたけど、もしそれが「使用済」という意味だったら?」

「……質屋の人は、使用済のものをくれたってこと?」

「そう。それらを踏まえて考えると、蛙を持って行ったのはオスカーさん。オスカーさんは気球の仕組みを知っていて持ってきたぐらいだから、蛙の置物のことも知っていたんだと思う。どちらもラスレ地方の品物だしね」


 ありえるな、と黙って作業をしていたカルナシオンが呟いた。


「一年も向こうにいたみたいだし、あいつの専門は骨董商。フィンで売りつけられそうなものは一通りチェックしているだろう」

「ラスレ地方のものだからアタシ達は置物のことは知らない。だけど、見る人が見たら使用済みだってわかる。火災が起きた証拠、みたいな品を改装した店に置いておくのは良くない。オスカーさんはそう思って、すり替えようとしたんじゃないかな」

「だったら黙って持っていかなくても」

「中古を押し付けられたなんてアタシ達が聞いたら気を悪くすると思ったのかも。マスターが言うには、気を遣う人らしいし」


 同意を求めようとしてアリトラはキッチンの方に目を向けたが、カルナシオンは返事の代わりに器に積まれた苺を差し出した。砂糖やチョコレートがかかっていて、刺して食べるためのピックが添えられている。


「ニーベルトの小僧が持ってきた中に入ってたから、お前たちだけで食え。俺はあまり好きじゃないし」

「苺だ」

「ありがとうございます」


 二人はピックで苺を刺し、それを口の中に入れた。甘酸っぱく、少し冷えた感触が口の中に満ちていく。


「苺はそのまま食べるのが美味しいよね」

「ジャムも捨てがたいけど、寒中苺の美味しさは絶品」

「シャーベットには雪苺かな」


 元いた席に戻って、二人は苺の食べ方について談義を始める。

 カルナシオンはそれを微笑ましく見ていたが、ドアベルの音に気が付くとそちらに顔を向けた。


「戻ったか、オスカー」

「何だぁ? 俺のこと待っててくれたわけ?」


 今度は紙袋を抱えてやってきたオスカーは、嬉しそうな表情を浮かべてカウンターへと近づく。


「蛙持って行っただろう」

「バレた? ちょっと俺のと交換してほしくて」


 悪びれもせずに言いながら、オスカーは紙袋の中に入っていた瓶を取り出す。質屋から貰った置物と殆ど変わらないが、アリトラの推測通りコインを持っていない蛙が入っていた。


「……別に俺は使い古しの置物でも気にしないけどな」

「あ、そっちもわかってるのか。流石、カンナだなぁ。でもほら、縁起が悪いだろ」

「縁起?」


 意味がわからず問い返すカルナシオンに対し、オスカーはどこか神妙な顔つきで蛙の置物をカウンターに置く。


「あんなことがあったら、客足も遠のくかもしれないし」

「どうせうちは制御機関相手に商売してるようなもんだから、そこは問題ないぞ?」

「本当は派手な花とかも持ってきたかったけど、不謹慎って言われそうだし」

「誰に?」

「え?」


 何やら話が噛み合わないことに気付いたオスカーは、きょとんとした顔をした。


「だって爆発で従業員が一人死んだんだろぉ?」

「死んでねぇよ!」

「ラスレで商売仲間から聞いた」

「噂話が捻じれすぎだろ! そこで苺食ってるのが、吹き飛ばれた従業員だ!」


 指さした先で苺を食べている双子を見たオスカーは、ますます不思議そうに首を傾げる。


「あの子、なんだかシノ・セルバドスに似てるな。……あ、まさかお前」


 オスカーが皆まで言う前に、カルナシオンは客席側に出てくると、右手で相手の口を覆って黙らせた。


「お前の中で色々な勘違いが起きていることはよーくわかった。とりあえず表に出ろ。看板とそのガラス球の設置しながら、細かく教えてやる」

「なんだよぉ。横暴だぞ」

「お前の勘違いに比べれば無害だ!」


 看板とガラス球と幼馴染を抱えて、カルナシオンは店の外へと出ていく。

 中に取り残された二人は、砂糖がたっぷりかかった苺を口に含み、自然と笑みを零した。


「マスター楽しそうだね」

「アタシも思った。でも気持ちはわかるな」


 『マニ・エルカラム』の再開を誰より待ち望んでいたのは、制御機関の人間でもなければ、商店街の人間でもなく、他でもないカルナシオンだと双子はわかっていた。


「リコリーも偶には来てね」

「気が向いたらね。ここ、すぐに満席になっちゃうから」


 二人はいつものようにのんびりと言葉を交わす。店の外ではカルナシオンとオスカーが噛み合わない話をしているのが、長いこと続いた。


END

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